第619話「ほう、余計なバイアスか? ……アウグストと何かあったのかね?」

翌日、ゴーチェ達護衛陣と同行し、

リオネルとヒルデガルドは冒険者ギルド総本部の馬車で商業街区へ向かった。


以前リオネルが町村支援策を行った際、馴染みとなった商業街区の各商会へ赴き、

様々な物資を購入する為である。


ヒルデガルドが尋ねたところ、

リオネル曰はく、この物資は、イエーラ国民への支援用と、

設立する公社が使う販売用にする予定だという。


そんなこんなで、馬車が商業街区へ到着し、訪問した各商会の会頭へあいさつをし、

生活必需品、食糧、調味料などなどを、大量に購入したリオネルは、

公社設立の件も伝え、今後イエーラの特産物を売りたいという話もした。


まだ具体的な話にはなっていないが、鎖国状態のイエーラと交易が出来るのは、

各商会にとって願ってもない話で、どこの会頭も前向きに話を聞いてくれた。


このような商取引は、ヒルデガルドにとっては全くの未知の世界。

ただただ、傍らで聞いているだけであった。


その後、案内された商会の倉庫にて、商品の引き渡しを行う際のリオネルに、

ヒルデガルドは改めてびっくり。


先日の買い物、昨日の書店巡りの際、収納の腕輪へ仕舞われるのを、

何回か見ていたとはいえ、今回は桁が違った。


用意され、うずたかく積まれた超大量の購入品は、リオネルの『搬入』のひと言で、

煙のように消え去ったからだ。


これで買い物は完了。

ヒルデガルドの人間族社会経験値の蓄積も含め、

今回の旅の目的の大半は果たしたと言って良いだろう。


買い物は午前中いっぱいかかり、リオネルとヒルデガルドがホテルへ戻り、

レストランでランチを摂り、部屋へ戻って打合せをしていたら、

ブレーズからフロントへ連絡があり、魔導通話機で折り返し連絡を入れたところ、


「先ほど、ワレバッドを治める領主ローランド・コルドウェル伯爵が、領地の巡回からお戻りになった」


との事。


……リオネルが出立してからローランドは、更に多忙となった。

巧みな統治の腕を見込まれ、王国から任される領地が著しく増えた為だ。


領地の実務は指示をした現地の管理官達に任せてはいるが、

監査と確認の為、ときたま巡回をする事が必要なのである。


それゆえ、冒険者ギルド総本部の実務はブレーズとゴーチェが中心となり、

取り仕切っていた。


巷の噂では、近々、陞爵しょうしゃくがあり、ローランドは侯爵になるという。

王家の信頼は厚く、ソヴァール王国の中でも、

王族や宰相に匹敵する立ち位置になりそうだ。


ブレーズは更に、


「ローランド様は、国賓のヒルデガルド様は勿論だが、リオネル君とも久々だから、ぜひお会いしたいそうだ。いきなりだが、これからの予定はどうなっているんだい?」


と尋ねて来た。


対してリオネルは、


「そちらからスケジュールを出して頂ければ、すぐにヒルデガルドさんと相談して調整します」


と答えたところ、


「分かった! ではとても急なのだが、今夜の夕食を、午後6時から、ローランド様のお屋敷において、ともにするというのはどうかな?」


とブレーズが打診して来た。


今日の今夜!?

という常識外の信じられない打診だが、ローランドは帰還後の多忙な中で、


ヒルデガルドとリオネルに会いたくて、無理に時間を作ったのであろう。

また食事の手配も既に完了しているに違いない。


ワレバッドの街へ来る前に、

ローランドの立ち位置、人柄等はヒルデガルドへ伝えてあった。

今後、ソヴァール王国と付き合って行く上で、

よしみを通じて、おくべき重要人物だという事も。


傍らに居るヒルデガルドへ尋ねたところ、

「構わない」という返事をすぐに貰えたので、リオネルはお誘いを受ける事にした。


「ただ今、ヒルデガルドさんへ確認しました。了解です、つつしんでお誘いをお受け致します」


と答えた。


するとブレーズは、


「分かった! 本当に助かるよ! 無理を聞いてくれてありがとう! では私とゴーチェで、午後5時にホテルの部屋へ迎えに伺う。ギルドからは馬車でローランド様のお屋敷へ移動して貰うよ」


と、最終の返事が戻って来たのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


それから数時間後、……予定通りの午後5時。


とんとんとんと、リズミカルにノックがされ……


ブレーズとゴーチェは、リオネルとヒルデガルドを迎えに来た。


要人と会う場合も考え、用意してあった正装に着替えていたふたりは、

用意された馬車で、コルドウェル伯爵邸へ。


ヒルデガルドは勿論だが、実はリオネルもコルドウェル伯爵邸へ行くのは、

初めての事である。


これまでローランドへ謁見したのは、

全て冒険者ギルド総本部の執務室であったから。


馬車で走る事約10分で、ローランドの屋敷へ到着。


ローランドは自ら玄関前で、大勢の使用人とともに、

リオネルとヒルデガルドを待っていた。


馬車から降り立ったヒルデガルドとリオネルは、


「初めまして、ローランド・コルドウェル伯爵。お目にかかれて光栄です。イエーラのソウェル、ヒルデガルド・エテラヴオリですわ」


「ご無沙汰しております、ローランド様、リオネルです。本日はお招き頂き、ありがとうございます」


「おお、これはこれは! 初めまして、ヒルデガルド様! ようこそ我が屋敷へいらっしゃった! お目にかかれて光栄ですぞ! リオネル君も久しぶりだな! 無理を申し上げ、急にお呼びたてして本当に申し訳ない!」


フレンドリーに簡単なあいさつを交わした後、

満面の笑みを浮かべたローランドは、屋敷の応接室へ先導してくれた。


護衛陣ではブレーズとゴーチェのみが同行する。


全員、応接室へ入り、着席。

改めてブレーズがヒルデガルドを紹介し、あいさつのやり直し。

更にブレーズは、現在のリオネルの立ち位置とそうなった経緯も説明してくれた。


加えてリオネルが、ヒルデガルドの旅の目的を話し、

続いてヒルデガルドはリオネルのアテンドで、

ワレバッドの街において経験した事を、楽しそうに話したのである。


「おお、成る程、成る程。ヒルデガルド様はいろいろ良いご経験をされているようだ。リオネル君が傍についていれば間違いはないだろう」


「ええ! 本当にリオネル様は頼りになるお方ですわ。私の祖父イェレミアスもリオネル様を相当見込んでおります」


ここでリオネルが挙手。


「申し訳ありませんが、ローランド様に、ひとつお願いがあります」


「何かね? リオネル君の頼みなら、可能な限り、尽力しよう」


「ありがとうございます。単刀直入に申し上げますと、アクィラ王国の王都リーベルタースにある、冒険者ギルド支部のギルドマスターを ご紹介頂ければと思います」


「ふむ……リーベルタース支部のギルドマスターをかい?」


「はい、アクィラ王国王家や貴族家から出ている上級ランカーあての依頼があれば受けたいと思いまして」


リオネルの話を聞いたローランドは、納得したように頷く。


「……そうか、成る程。分かったぞ」


「分かりましたか?」


「うむ、これからアクィラ王国と交易を始めるにあたり、その依頼を遂行し、前もって信用と人的な足がかりをつくるという事だな」


「はい、その通りです」


ローランドは、リオネルの思惑をすぐ見抜いた。

ちなみにこの話は、既にヒルデガルドへ伝え、了解を得ていた。


リオネルは更に言う。


「イエーラはず~っと鎖国をしていましたし、自分もアクィラ王国とは伝手つてがありませんから。正面からいきなり、イエーラと交易しましょうと言っても、あっさり断られるか、無理難題を投げかけられ、足元を見られるかもと考えました」


「成る程な。だがアクィラ王国とは伝手つてがないと言うが、リオネル君は、フォルミーカ支部のギルドマスター、アウグスト・ブラードとは面識があるだろう?」


「ええ、会って話をしたので、面識はあります。お願いすれば話を通してくれるかもしれません。ですが、フォルミーカ支部から、王都リーベルタース支部へ連絡を入れて頂いても、巡り巡っての伝言ゲームで遠回りですし、余計なバイアスがかかるのは嫌ですね。自分が直接リーベルタースで話した方が早いし、確実です」


「ほう、余計なバイアスか? ……アウグストと何かあったのかね?」


「特には……」


無表情で口をにごすリオネル。


交易の話をすれば計算高く、徹底した合理主義のアウグストから、

『過度な見返り』を求められるのは間違いないだろう。


ややこしくなる事は避けたいし、アウグストに変な弱みを握られる事もごめんだと、

リオネルは思う。


そして、サブマスター就任付きギブアンドテイクのオファーをアウグストから受け、

あっさり断った事は、敢えて言わなくとも構わないだろう。


「ふふふ、それ以上言わなくて良いぞ。察したよ。リオネル君とアウグストは性格的に合わないのだろう」


「ええっと……」


「分かった! 私が王都リーベルタース支部ギルドマスターへの紹介状を書き、君に託す。更に魔法鳩便で、いずれ訪問すると記した、手紙も送っておこう」


ローランドはそう言うと、にっこり微笑んだのである。

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