第617話「今日もいろいろと学んだ一日」
リオネルとヒルデガルドは数多の露店を回り、様々な料理を購入。
護衛が確保してくれていた席に座り、食事を楽しんだ。
お茶と焼き菓子を売る露店もあったから、ティータイムも万全である。
「リオネル様、お料理、どれもこれも本当に美味しかったですわ」
「ヒルデガルドさんに気に入って貰えて、良かったです」
「はい、お店の形態は全く違いますが、ホテルのレストランの食事と似ていますわ、露店って」
「ははは、そうかもしれませんね」
ヒルデガルドの言う事は分かる。
気に入った露店でテイクアウト購入し、オープンなフードコートで食べる作法が、
好きな料理を取り、席で食べるビュッフェ形式風の食事と重なると感じるのだろう。
「でも、リオネル様」
「はい」
「ここはホテルのレストランと違い、マナーがない場所なんでしょうか? 少々お行儀が悪いと思いますが」
ヒルデガルドの視線の先には、リオネル達も購入した串焼き肉を、
歩きながら食べているカップルが居たのだ。
いわゆる『歩き食い』である。
「いえ、問題ありません。ここでは、あの食べ方もありです」
「え? そ、そうなんですか?」
「はい、長年この露店で行われた結果、決まったルールなんです」
「長年この露店で行われた結果、決まったルール……なんですか?」
「はい、この市場の露店の料理は、俺達のようにフードコートで食べたり、その場で立ったまま食べたり、歩きながら食べたり、持ち帰って自宅で食べるのもありなんですよ。ただし周囲に迷惑をかける行為は厳禁ですが」
「な、成る程」
「ヒルデガルドさん、郷に入っては郷に従えという言葉があります」
「郷に入っては郷に従えですか?」
「はい、新しい土地や組織に来たら、その風俗や習慣に従うべきだということです。マナーという大きな主語の下に存在する最低限の基本ルールはありますが、後はその場所により、様々な価値観が付加され、オリジナルなルールが生まれるんです」
「オリジナルなルール……」
「ええ、大事なのは、その場で折り合いたいのなら、相手の価値観を尊重し、オリジナルルールを厳守する事です」
「成る程」
「ホテルのレストランにはホテルのレストランルールがあり、市場の露店にはまた違うルールがあるんです。それぞれの場のルールを守り、食事を楽しむのがマナーなんですよ」
「分かりました。マナーとは、そういうものなのですね」
「はい、これは食事だけでなく、全てに通じます。例えばイエーラにはイエーラのルールがあり、人間族にもまた然り。ただお互いを尊重し、ルールを守りながらより良くする改善は可能ですから、その努力はすべきだと俺は思います」
「べ、勉強になります! だからリオネル様はイエーラでは、私達アールヴ族と同じように振舞っていらっしゃるのですね」
「はい、俺は人間族ですが、イエーラに居る時は、イエーラのルールに従うのは当然の事ですよ」
ヒルデガルドの問いかけに対し、リオネルはきっぱりと言い切ったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
……翌日、リオネルとヒルデガルドは再びワレバッドの街中へ出た。
今日の護衛指揮官はブレーズ不在の為、ゴーチェである。
昨日は街中のお店探訪がメインであったが、
本日は趣向を変え、博物館、美術館を回った。
ワレバッドの博物館、美術館は、王都オルドルに比べれば、スケールは落ちるが、
人間族の社会勉強をするヒルデガルドにとっては充分な展示物を有していた。
考古学的に価値ある遺物、美しい美術品を見て、ヒルデガルドは大興奮。
改めて、さしたる理由もなく、
人間族を
「リオネル様……」
「はい、なんでしょうか? ヒルデガルドさん」
リオネルが言葉を戻すと、表情が暗く、がっくりした感のあるヒルデガルドは、
「ふう」とため息を吐き、言う。
「私、自分の無知を情けなく思います。本当に恥ずかしいですわ。人間族って、こんなに素晴らしいもの、そして美しい絵や彫刻を作るのですねえ」
対してリオネルは、
「はい、素人の俺でさえも素直に凄いし、美しいと思いますよ。でも人間族の国よりも、はるかに歴史の長いイエーラには、これら以上のものがあるのではありませんか?」
「……古代の遺物はありますけれど、官邸内にある宝物倉庫の奥深く厳重に仕舞われておりますから、このように整頓され、見やすいよう、展示されてなどおりません」
「へえ、そうなんですか?」
「そして、基本的にアールヴ族は絵を描いたり、彫刻をする習慣がありませんから、美術品のたぐいはありません」
「それ、意外ですね。……成る程。じゃあ、博物館、美術館も造る相談をイェレミアスさんとしましょうか? 優先順位は後になると思いますが」
「わあ! 博物館、美術館を造るのですか! それ、素敵ですねえ! またやる事が増えてしまいましたわ!」
たっぷり時間をかけて見たから時間は午後1時過ぎ。
リオネルとヒルデガルドは遅めのランチタイムへ。
行先はリオネルがワレバッドで暮らしていた際、
良く利用したカフェレストランである。
店内はリオネル好みで渋い内装を施されているが、フレンドリーな雰囲気だ。
ピークタイムを過ぎているので、先客はランチを終え、店内は空き始めていた。
「ここは、何度も来ていますが、美味しい料理を出しますよ」
「そうなんですか? リオネル様のごひいきのお店ですね」
「はい、メイン料理が肉か魚どちらかか選べる、リーズナブルなランチコースが名物なんです」
「成る程、肉か魚か、どちらにするか、迷いますわ」
「じゃあ、こうしましょう。格式張った店ではないので、それぞれ頼んでシェアしますか」
「え? 宜しいのですか?」
「全然OKです。取り皿を貰い、取り分けましょう」
「はい!」
という事で、リオネルとヒルデガルドは仲良く、
メイン料理の取り分けをしてランチを楽しみ、食後は冒険者ギルド総本部へ戻り、
敷地内の図書館へ。
こちらは、魔導書から娯楽書まで揃った、ソヴァール王国最大級の図書館である。
館内はしんと静まり返っていた。
「わあ、改めて見ても、凄い本の量ですね」
大きな声を出す事が禁止なのと、見学に次ぐ二度目の訪問なので、
ヒルデガルドの興奮は抑えられていた。
見学の際は、文字通り図書館の仕様を「見る」だけであったが、
今日は司書に頼み、思う存分好きな蔵書を読める事となっている。
ヒルデガルドは魔導書とソヴァール王国の歴史書を頼んだ。
ちなみに蔵書の記載は世界共用語。
読むのに支障はない。
しばし経って本が届き、ヒルデガルドは用意して貰った席で早速読み始める。
リオネルが傍に居てくれるから安心して本が読める。
そんなヒルデガルドは、元々読書好き。
最近は執務に追われていて、本をゆっくり読む暇などなかった。
……魔法が大好きなヒルデガルドは魔導書も大好き。
そして訪れているソヴァール王国の歴史も興味津々であった。
ソヴァール王国の歴史書には、冒険者の発祥と発展、
ギルド創立の詳しい記載もあり……
愛するリオネルが冒険者である事から、興味津々なヒルデガルドにとって、
結構な面白さであった。
冒険者について、更に興味がわいたヒルデガルドは、
冒険者ギルド関係の書物を追加で頼み、むさぼるように読んだ。
夢中になって読みふけっていると、あっという間に夕方となってしまう。
今日もいろいろと学んだ一日。
そろそろホテルへ戻るタイムリミットだ。
「ねえリオネル様、明日は書店へ行き、いろいろな本をたくさん買いましょう」
図書館を出る際、ヒルデガルドはそう、おねだりしていたのである。
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