第121話「生きる励み」
ブレーズの機嫌が良くなったところで、リオネルはお願いをする事にした。
但し、自分の為の願い事ではない。
「サブマスター、お願いがあるのですが……」
「何でしょう?」
「ミリアンとカミーユの件です」
「ほう、君自身の願いではなく、モーリス殿の身内のふたりですか? ふうむ、言ってみてください」
「はい、ミリアンとカミーユは素質のある子達です。これから冒険者登録をし、ギルドの講座を受講、基礎をしっかり学び、実践した上でデビューする予定です」
「ああ、そうなるでしょうね」
「つきましては、ふたりをサポートする総本部の担当職員さんの人選に、サブマスターからご配慮をして頂きたいと……何卒、何卒宜しくお願い致します!」
何度も何度も、丁寧に頭を下げるリオネル。
そんなリオネルを、ブレーズは興味深そうに見つめている。
「ふむ……」
「このようなお願いをするのは理由があります。少し前までは学生で、世間知らずだった俺がここまで上手くやれたのは、相性が良く、丁寧で熱心な担当の方に巡り合ったからです」
「ほう! リオネル君がデビューした王都支部の職員ですね? でもウチの職員は全員が皆、丁寧で熱心ですよ」
「はい、サブマスターがそうおっしゃるのは、お立場上、理解出来ます。ただ人間には相性があります。あのふたりは繊細で優しい子なので、あまりストレートにガンガンおっしゃる方とは、折り合いがつきにくいかもしれません」
「成る程、相性ですか? リオネル君の言う事は、一理ありますね」
「はい! 俺、本当に運が良かったんです。担当だった職員さんは、デビュー当時、とても気弱だった俺を力強く励まし、優しく導いてくれました」
「ほう!」
「だからミリアンとカミーユにも、ふたりが良きスタートを切り、冒険者生活が上手く行くよう、相性の良いサポート役をつけてあげたいんです」
「ふむ……王都支部における君の担当は、ナタリー・モニエですか?」
ブレーズは、リオネルの王都支部での業務担当が、ナタリーだと知っていた。
「え、ええ……そうです。サブマスターがおっしゃる通り、ナタリーさんです」
「うむ、『荒くれぼっち』リオネル君の噂は、以前より総本部所属の冒険者達から、いろいろ聞きましたし、先ほど伝えたように、王都支部のギルドマスターからも連絡は貰いましたよ」
「『荒くれぼっちって』……あ、あのぉ、それよりも、俺がお願いしたミリアンとカミーユの件は?」
「まあ、待ちなさい。モーリス殿からリオネル君のキャナール村での行いを聞き、実際にリオネル君と話し、アルエット村の村民の難儀も救った事も判明した。そして、今のお願い事も聞いた。以上で私は、改めてよ~く理解しましたよ。君の事をね」
「え? サブマスターが改めて良く俺の事を理解……したとは?」
「うむ! 納得しました! ずっと落ち込んでいたナタリーがあんなに元気になったのは、やはり、リオネル君のお陰だったのだなと」
「え? ずっと落ち込んでいたナタリーさんが元気に? 俺のお陰? どういう事ですか、サブマスター。ナタリーさんはいつも笑顔で元気でしたよ」
「いや、とても元気になったのです! 君のお陰です、間違いないですよ!」
ブレーズは確信したという趣きできっぱりと言い放った。
しかし、リオネルは不可解である。
「え? どうして、そんな事が、わ、分かるのですか?」
「うむ、実はですね、王都支部の職員ナタリー・モニエは、可愛がっている私の身内です」
「え!? み、身内!? ナタリーさんが、サブマスターのお身内なんですか?」
「はい、彼女は、私と血がつながった遠縁の子なのですよ」
「えええええっ!?」
驚いた!
ブレーズとナタリーは血縁の身内であったのだ。
「ははは、驚きましたか?」
「ええ、ま、まあ……あ!」
ここでリオネルは、ピン!と来た。
ブレーズと会った時に覚えた
イケメンの彼は、遠縁の王都職員ナタリーの美しい面影を有していたのだ。
「うむ、リオネル君、確かに君はナタリーの亡き弟に、雰囲気が良く似ていますね」
「え!?」
「ナタリーはね、少し前に、溺愛していた弟を病気で亡くしてからは、ずっと失意のどん底へ陥っていたのですよ」
「ずっと!? 失意のどん底!? で、でも、ナタリーさんはそんな様子は全くなく……」
「そりゃ、彼女もプロですから。仕事の時はそんな様子は……醜態は見せないでしょうね」
「は、はい……」
「少し前に、ナタリーから手紙を受け取りました。緊急の魔法鳩便で送られて来たのです」
「ナタリーさんからの緊急の手紙が、サブマスターの
「はい、ナタリーの手紙には、『最近とても元気になった。もう大丈夫』とつづってありました。そしてリオネル・ロートレック君、君に出会い、もう二度と会えないと思っていた亡き弟が、遠く離れた天国から、苦労してはるばる会いに来てくれたような気がした。だから自分も、一生懸命、応援してしまったと書いてありました」
「……………」
「リオネル君がひたむきに頑張る姿を見て、心が
「ナ、ナタリーさんが!? 俺の事を『生きる励み』に!?」
「ええ、そして最後に、リオネル君がまもなくワレバッドへ行く。ギルドの総本部を訪ねたら、力になってあげて欲しい、宜しく頼むと何度も書いてありましたよ」
……ナタリーからは、リオネルが亡き弟に似ていて、つい力が入った……
と言われていた。
彼女を好きで初恋の相手だったから、振られた失恋のショックは相当強烈であった。
しかし、もはやそんな事はどうでも良い。
弟さんを亡くした悲しみを一切見せず耐えていた、ナタリーさんが元気になってくれた!
彼女が自分を『生きる励み』にしてくれた!
それだけで充分、否! とても嬉しい!
心の底から嬉しかった!!
実家から勘当され、頼る友もなく、孤独であった当時のリオネルにとって……
アンセルムの鼓舞、そしてナタリーの笑顔が『生きる励み』であったからだ。
「よ、良かったです! ナタリーさんが元気になってくれて、ほ、本当に良かったです!」
絞り出すように声を発したリオネルの目には、涙があふれていた。
そんなリオネルをブレーズは慈愛を込めた目で見つめ、
「改めて、私からもお礼を言いましょう、リオネル・ロートレック君! 我が身内、ナタリー・モニエを救ってくれて本当にありがとう!」
「サ、サブマスター……」
「リオネル君の言葉と行動で私には分かった! 君はとても優しく思いやりがある。誠実で頑張り屋である君との心の交流で、傷心のナタリーは、立ち直る事が出来たんです」
「……………」
「リオネル君、私はナタリーとの約束を果たします。それに私は個人的にも、君を、とても気に入りました」
「……………」
「ほら、涙をふきなさい。今後はリオネル君の為なら惜しまず力を尽くしましょう! モーリス殿の出した要望も含め、私に任せておきなさい」
ブレーズは、自分のハンカチを渡し、リオネルに微笑む。
リオネルは慌ててハンカチを受け取り、涙を拭いた。
「まずは君の出した希望、ミリアン君とカミーユ君の担当者に関しては、最大限の配慮をしますよ!」
「あ、ありがとうございます! ご厚意に感謝します、サブマスター!」
「ははははは! リオネル君、感謝するのはこっちですよ!」
ブレーズは高らかに笑うと、
「私に心当たりがありますよ。ミリアン君とカミーユ君の業務担当候補者には、ナタリーに近いタイプの、世話好きな女子職員をピックアップすれば宜しいですね?」
自分の胸を軽く叩き、悪戯っぽく笑ったのである。
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