第63話「リオネルの信条」
丘の頂上に陣取ったリオネルとクレマンは、しばし様子を見た。
だが、眼下の光景に変化はない。
洞窟からオークの残党は出て来ない。
散らばったオークの
だが……何か、洞窟内部に大きな気配を感じる気もする。
洞窟の中、少し奥へ入らないと索敵は効かないだろう。
リオネルが「明日確認しよう」と思ったその時。
心へ伝わって来る、おぞましく強い波動があった!
こ、これは!?
人間のモノではない!!
そしてリベンジに燃え盛る『魔物』の、どろどろに煮えたぎった残虐非道な殺意だ。
『……コロス! ナカマヲコロシタ、マホウツカイ、オマエヲコロス! カナラズコロス! コロシテクッテヤル!』
な、何だ、こいつ!!
俺が倒したオークの群れのリーダー!?
人間の言葉を話せるのか!?
も、もしや!?
じょ、上位種なのかっ!!
『ワガスミカ、チノソコヘコイ! ハヤクコイ! コナケレバ、オマエトイッショニイルジジイヲコロス!』
え!?
村長を?
魔力感知で、気配を読んだのか!?
しかし魔物の声は更に言う。
『ジジイノムスメモ、マゴモミナコロス! コロシテクラウ! ソノシュウラクニ、スムニンゲンモ、ミナゴロシダ! スベテヲ、クイマクッテヤル!!』
こいつ、もしや!?
魔力感知だけでなく!!
俺やクレマンさんの『心の中』を読み取り、俺へ話しかけている……のか!?
……俺が洞窟へ来ないと、アルエット村の人達を皆殺し……だとぉ!?
笑顔のエレーヌとアンナ、村民達の顔が浮かぶ……
……リオネルは
くっそおお!
冗談じゃないぜっ!!
そして、こう返事をするしかない。
心の中で、気合を入れて叫ぶ!
『おう! てめぇ! 行ってやるぜ! 思い切りぶっとばしてやるから、待っていろよっ!』
……そんな事が起こっているとはつゆ知らず、
クレマンが、散乱したオークの死骸を見て、笑顔で尋ねて来る。
「ねえリオネルさん、それにしても、相当倒しましたねえ、あれ? ぼうっとして、どうしました?」
リオネルは必死で平静を装う。
「い、いえ、何でもありません!」
「そうですか、顔色がひどく悪いですよ」
「だ、大丈夫です。……それより、村長。村民の方々へ討伐の報告をする際には証人となってください」
「当然です。ワシと一緒に数えましたよね。115体も居ましたよ! 大勝利ですな!!」
「は、はい! 115体ですね……」
リオネルは、急いで魔法使いの呼吸法を使い、息を整える。
気持ちを無理やり落ち着かせる。
先ほどの怨念のような巨大な波動は……洞窟の底から伝わって来た。
やはり!
『上位種』だと思う。
オークソルジャー、オークオフィサー、オークカーネル、オークジェネラル、そして奴らの王と言われるオークキング……
俺は今、たった『レベル13』の魔法使い。
何とか『レベル15』のオークノーマルタイプを倒せるレベル……
『レベル20』前後のオークオフィサーは倒せるとしても……
『レベル35』のオークカーネル、それ以上のオークジェネラル、オークキング……
たとえ習得したスキルに『15』の補正があったとしても、レベル的に勝てる相手かどうかなのか、不安だ……ムリゲーにならなきゃいいけど……
しかし今、思い悩んでも仕方がない。
リオネルは状況を考え、ぱぱぱぱぱぱ! と、やるべき優先順位を決めて行く。
今日は
倒した死骸はすぐ
死霊術等、何か人為的な力がなければ、すぐ不死者化する可能性は低い。
もしもゴブリンシャーマンのような死霊術の遣い手が居れば、
すぐ
今の時点で死骸のままなら……とりあえず大丈夫だ。
『オークの上位種への対策』は村へ戻ってから、じっくりと考えよう。
今、この場で答えを出す事はない。
但し、あまり悠長な事はやれない。
決めた!
最短で明日だ!
明日、ここで戦う事を念頭にして、村で作戦を考えよう!
という事で、リオネルは再び大きく「ふうう」と息を吐き、
改めて『ひと休み』する事にした。
何とか気持ちが落ち着いた。
リオネルはバッグから、一旦仕舞った紅茶入りの金属製水筒、マグカップふたつを再び取り出す。
クレマンへ普通に座るように指示し、自分も座る。
マグカップへ紅茶を注ぎ、クレマンへ渡した。
「村長、とりあえず、中締めのカンパイをしましょう」
「な、中締めの? カ、カンパイ? どういう意味でしょう?」
「ええ、このまま、もう少し様子を見て、何も異常がなければ下へ降り、奴らの
「ほう、葬送魔法! 先ほどおやりになったアレですか? 創世神教会の司祭様のように『ぱぱっ』と光を出して、
「はい」
「ふむふむ、オークの死骸を魔法で処理して無くしてしまうと、討伐の証拠が何も残らない。それで村長のワシを証人にと、成る程ですな!」
「はい、その通りです」
そう言いながらも……
オークの死骸を収納の腕輪へ回収しようと、冷静さを取り戻したリオネルは決めていた。
冒険者ギルドが死骸一体を銀貨5枚で買い取ってくれるからだ。
打ち解けたクレマンを騙すのは気が引ける。
しかし腕輪の秘密を、やはりオープンには出来ない。
「はい、それとクレマンさんはまた俺が『秘密の技』を使って、秘密基地から無事に下へ降ろします。それで今日は一旦撤収して村へ戻りますから、中締めなんですよ」
「きょ、今日は一旦撤収? とおっしゃると?」
「はい、明日の朝また俺ひとりで来て、この洞窟を探索します」
先ほど怨念の波動を送って来た、洞窟の中に感じる『気配』はとても気になる。
だが……
この場でクレマンを連れて深追いは出来ない。
腕輪の中で保護しても……同じだ。
万が一、リオネルが上位種に殺され
……そんなリスクは絶対に冒せなかった。
更にリオネルは話を続ける。
「今日は村長を、アルエット村まで無事にお送りします。明日の朝、俺が洞窟へ来て、もしもオークの残党が居たら倒した上、村長へ報告します。これで今回の討伐は終了です。しばらく危険はないでしょう」
リオネルの段取りは綿密で完璧だった。
そして平静さを装い……
オークの残党らしき『声の存在』を一切クレマンへは告げなかった。
基本的に冷静で、無謀な事をしない性格ではあったが……
リオネルには
血がつながった肉親の父、兄達に見捨てられた自分だからこそ!!
どんな事があっても!! 俺は絶対に友を!! 仲間を!! けして見捨てない!!
必ず守る!! 命を懸け、身体を張ってを守り抜く!!
そのような熱い、
心へ、しっかりと刻んでいたのである。
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