第65話「やはり似ている」

午後半ば……太陽が西の地平線へ向かいつつあった時、

オークの巣窟そうくつと化した洞窟どうくつを後にし……

リオネルとクレマンは、帰還の為、アルエット村へ向かっていた。


否!

ただ向かっていただけではない。


何と何と!

リオネルがクレマンをおんぶし、脇道から王国街道へ出て、アルエット村へ向かって高速で駆けているのだ。


何故、そうなったか?

経緯はこうだ。

……クレマンを丘の上の『秘密基地』から降ろしたのは、連れて行った時と同じ手順である。


特異スキル『フォースドターミネィション』レベル補正プラス15―『強制終了』を行使、気を失ったクレマンを左手に装着した『収納の腕輪』へ『搬入』。

安全を確保した上で、『秘密基地』から一気に降下。


更に攻撃魔法で倒し、散乱したオークの死骸を全て腕輪へ『搬入』

激戦の痕跡を消した。


死骸回収の終了後にクレマンを『搬出』

特異スキル『リブート』――レベル補正プラス15『再起動』で、復活させたのである。


ここでリオネルから驚くべきというか、奇妙な提案が為された。


意識が戻ったばかりで「ぽけーっ」としたクレマンへ……

リオネルは告げたのである。


「さあ、アルエット村へ帰還しましょう。俺におぶさってください」


いきなり提案され、クレマンは「ぽかん」とした。


「は? おぶさるとは?」


「言葉通りです。俺が村長をおんぶします。その方が早く村へ帰れます。だまされたと思って! さあどうぞ!」


「ええっと、おんぶなぞ、恥ずかしいですよ。良い年をして、ウチのアンナと……小さな子供と同レベルでは?」


クレマンは思い出す。

リオネルがアルエット村へ初めて来た時。

助けた娘のエレーヌ、孫のアンナと一緒だった。

その時、アンナはリオネルに甘え、しっかりと背におぶさっていた。


しかしリオネルは思い切り……スルーした。


「お疲れだと思いますし、あっという間に帰れますから」


などと強引に押し切られてしまったのだ。

更に、しっかりつかまり、舌を噛むから絶対にしゃべらないようにと厳命された。


そして実際にリオネルの背に乗ってみれば……とんでもなかった。

全速力で疾走する馬……とまではいかないが、それに近い。


たたたたたたたたたたた!!!


「!!!!!!!!!」


……実は、最後の最後までリオネルは迷った。

ただ無事に、且つ早く連れ帰るだけならば、収納の腕輪へ入って貰ったまま、

全力でアルエット村まで走り切れば、それで済む。


……それをしなかったのは……リオネルのほんの少しの『わがまま』だ……


リオネルは亡き祖父の思い出が殆どない。

このような機会は滅多にないと思ったのだ。


一緒に戦い、分かりあえた『祖父』のような年齢のクレマンを、

自分の背におぶって走りたかった……のである。


……と、いうわけで洞窟へ至る獣道に近い脇道をあっという間に駆け抜け……

石畳が敷かれた街道へ出ると、気合が入ったリオネルの駆ける速度は更に上がった。


だが、「さすがに早すぎる」と思ったらしい。

クレマンは年配だ。

過激なショックを与えるのは宜しくない。


リオネルは、クレマンに「快適に乗って貰えるよう」速度を「ぐっ」と落とした。

それでも結局、洞窟から村までの約15㎞の距離を時速30㎞、たった30分弱で駆け抜けてしまったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


夕日に照らされたアルエット村へ到着し、正門前で、

リオネルとクレマンは声を張り上げる。


「ただいま、戻りましたあ!!」

「う、うむっ! い、今、も、戻ったぞぉ!!」


門番は……昨日と同じ、ドニ少年だった。


「村長! あ、お前もかよ! も、戻って来たのか?」


リオネルとクレマンの様子を見て……

やぐらの物見台に陣取ったドニは驚いて目を丸くした。

無理もない。

クレマンがリオネルにおぶさっていたからだ。


昨日エレーヌに叱責されたせいで、ドニはリオネルを敵視しているらしい。

物見台から、大声で叫ぶ。


「おい、お前、村長に何があった! 言え! 白状しろぉ!」


しかしここで、リオネルにおぶさったままのクレマンが怒鳴る。


「ごら! ドニ!! ワシはピンピンしとる! それよりいつまで待たせるのだ!! 早く門を開けよ!! ぶっとばすぞ!!」


ぶっとばすぞ?

この言い方……リオネルは、どこかで聞いた事がある。


そう、クレマンは愛娘エレーヌにそっくりの言い方をしたのである。

否、エレーヌが父クレマンにとても良く似ているという事、

やはり血がつながった『似た者父娘』という事だ。


少し経って、村の正門が開いた。


すると正門の向こう側には、大勢の村民が集まって来ていた。

村長クレマンが怒鳴ったのを聞き、心配して見に来たのである。


当然その中には、エレーヌとアンナの母娘も居た。


歓びの波動が伝わって来る!


ふたりは泣いていた。

つまり『嬉し泣き』なのである。


リオネルに背負われたクレマンの元気な声を聞いて……

『ふたりの無事な姿』を見て、大いに安堵したのだ。


……リオネルは嬉しかった。

『クレマンを無事に連れ帰った事』を改めて実感した。

そして『自分の無事』をも喜んでくれる人達が居る事を。


クレマンも、愛娘と愛孫が涙ぐむ姿を見て、感極まったらしい。


「エレーヌぅ! アンナぁ! す、すまなかったあ!」


大声で叫び、素直に詫びるクレマンに、今までの呪縛じゅばくが解けたかのように!

エレーヌとアンナは速足で駆け寄って来る。


「お父さ~ん!」

「おじいちゃ~ん!」


愛する者を亡くし、辛く悲しい思いをして王都より帰ってから……母娘はクレマンを『村長』と事務的に呼んでいた。


エレーヌからは久々に、アンナからは初めて『肉親』として呼ばれ、

感極まったクレマンは、目を潤ませ、再び愛娘と愛孫を呼ぶ。


「エレーヌぅ! アンナぁ!」 


リオネルとクレマンの前に立った母娘の言葉は好対照だった。


「もう! お父さんは、いっつも心配かけて! しょ~がないんだから!」

「あはは、おじいちゃん、リオにいちゃんに『おんぶ』されてる! アンナと一緒だあ!」


「おうおうおう! ふ、ふたりとも! す、すまなかったあ!」


泣き笑いで叱るエレーヌ。

泣き笑いで喜ぶアンナ。

泣き笑いでこたえるクレマン。


3人はやはり似ている。

そして心が離れているようでいて……そうではなかった。


『心の絆』は……か細くても、しっかり、つながっていた。

切れたり壊れたり、してはいなかった!


そんな3人を見て……

リオネルは心の底から安堵すると同時に、

肉親と決別した自分と比べ、とても羨ましいと思ったのである。

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