第51話「ママは悪くない!」

「ライ麦パン、美味しい!」

「ママ! ウサギもおいし~!」

「黒パンとチーズ、合いますね!」


エレーヌ、アンナと摂った夕食は、リオネルにとって、とても楽しいものであった。

温かい!

家族のぬくもりを感じる。


そういえば……自分が旅立って宿の主アンセルムはどうしているかと思う。

アンセルムも、失った家族のぬくもりを教えてくれた。


話はどんどん盛り上がり、心の距離が縮まり……

リオネルは『プロフ』を根掘り葉掘り聞かれた。


だが、エレーヌとアンナに悪意がなくとも……

強制的に捨てるよう命じられた本名を、そして勘当、実家を追放された経緯を全て話す事など出来ない。


考えた末、リオネルは、


「今年、魔法学校を卒業したが、身に着けた自分の能力に全然納得が行かないと考えた。実力をつける為、自ら志願し、騎士のように修行の旅に出た。生活の糧を得るのも兼ね、冒険者となり腕を磨いている」


と言葉を戻した。


とどのつまり、ナタリーが主催してくれた、冒険者ギルド女子職員有志一同による送別会時と『同じ答え』となったのである。


エレーヌが更に尋ねて来た。


「リオネルさんは魔法使いって言ってたわね」


「はい、風の魔法使いです」 


「リオネルさんは冒険者ギルドに所属しているの?」


「ええ、所属しています」


「じゃあ! 所属登録証って、持ってる? 良かったら見せてくれるかしら」

「アンナも見たい~!」


所属登録証の名義は本名ではない。

父から強制された名前、リオネル・ロートレックと記載されている。


所属登録証は、ギルドを始め、街へ入退出の際等、あちこちで見せるものだ。

エレーヌとアンナに見せても問題はないだろう。


「はあ、こんなんでっす」


リオネルは、ベルトに付けた小物入れから、所属登録証を取り出した。

エレーヌへ渡す。


「ありがとう! ええっと、どれどれ……」

「アンナも見るぅ!」


所属登録証を凝視するエレーヌとアンナ。

一瞬の沈黙……そして!


「え~~っっ!?」

「わお! ママ、ど~したのっ!」


「アンナあ! 凄いのよ、リオネルさんって!」

「え? 凄い?」


「パパより強いかも……」

「えええ!? パ、パパよりも?」


……エレーヌは、リオネルのランクを確認し、驚いているようだが、

リオネルにはいまいち、状況がつかめない。


とりあえず静観するしかないと思い、見守っていたら、

エレーヌは再度尋ねて来る。


「えっと! リオネルさんはランクB、つまり上級冒険者、ランカーって事?」


「ええ、まあそうっす。ついこの前、ランクBになったばかりですけど」


「す、凄いっ! リオネルさんって、何歳?」


「……18歳ですけど」


「18歳って、びっくりよ! わ、わたし、ランカーって、何人か会ったけど、一番若くても20代後半、ほとんどが30代後半以上の方だったわ!」


「ですか」


「ですかって……はあ~、リオネルさんって、何かあっさりというか、淡々としてるっていうか」


エレーヌの言う通り、確かにリオネルはランカーとなった。

少しずつ自信もついて来た。


しかし……

リオネル自身は、コンプレックスの塊だ。

当然、彼にコンプレックスを持たせる最大の原因は、偉大な宮廷魔法使いの父と、

王国エリート官僚である兄達である。


3人に比べれば、冒険者ギルドで『ランカー』と称えられても、リオネルは満足など出来ない。


俺はゴミではない! 汚物ではない! 恥さらしではない!


そう言い返す為には!

もっと! もっと! もっと! 

遥かに上の実力をつけねばならない!


「いや、俺まだまだなんで、もっともっと上を目指して、頑張るしかないですから」


「……でも、リオネルさんがランカーなら、オークを簡単に倒すのも納得だわ」


こうして……

エレーヌの、リオネルを見る目が……

命の恩人への感謝に加え、尊敬の念も強くこもるものとなったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


「ママ、さっきから興奮して、どうしたの?」


「アンナ、村へ来る時にも話したでしょ? リオネルお兄ちゃんはね、パパと同じお仕事をしているのよ! それも凄く強いのよ!」


「うわお! それでリオネルお兄ちゃんは、やっぱりパパより強いの?」


「ええ、強いかもしれないわ! さっきアンナも見たカードにBって書いてあったでしょ? パパはCだったから! 冒険者ギルドでは強い順番が決まってるのよ!」


「パパより強いって、すっご~い! ねぇ、ママ!」


「なあに?」


「きっと死んだパパが、凄く強いリオネルお兄ちゃんへ、ママとアンナを助けてくれるようお願いしたんだよ!」


「うん! きっと、そうねっ!!」


「ママ!! 王都までお参りに行ったかいがあったね!!」


「ええ!!」


目の前交わされた母娘の会話で、リオネルには事情が分かって来た。

エレーヌの夫、アンナの父は冒険者であり、2年前に亡くなっているとは聞いた。

そしてランクCであり、ランクBのランカーには届かなかったらしい。


今回エレーヌとアンナが王都の聖堂へお参りに行ったのは、故人の冥福を祈る為……

偶然リオネルがふたりを助け、故人が守ってくれたとしみじみしている……


でも、亡くなったエレーヌの夫が、リオネルを襲撃現場に向かわせてくれたと考えて……母娘ふたりの気持ちが癒されるのならば、それも良しと思う……


ここで何気なく、


「でも村長のクレマンさんって、冒険者がお嫌いのようですね?」


と、リオネルが尋ねると……


「……それって、実は私が原因なんです」


エレーヌが渋い表情で言った。

するとアンナが、


「ママは悪くない! おじいちゃんが悪いんだ!」


むっとした表情で、きっぱりと言い放ったのである。

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