第19話

 刺繍と編み物では手順から何から違う。

 指の動き、考え方デザイン、あまりに質が異なる。


 ダーシーは深いため息を隠し損ねてフライアに見付かった。

 彼女は柔らかく微笑む。

「大丈夫です。網目も良い感じにできています」


 フライアの手元にはすでにこの冬幾枚目かの毛糸の肩掛けが出来上がりつつある。

 彼女は王都で流行りのデザインを組み込んだ肩掛けをご夫人たちにプレゼントをしている。公爵令嬢から肩掛けを贈られたご夫人たちは鼻高々に自慢していると噂で聞いた。


「フライア様は本当に、器用でいらっしゃいます」

 ダーシーが少し目を離した隙に膝にのせていた毛糸が転がり、フライアの足元で止まる。

 彼女は軽い動きでそれを拾うとダーシーの膝に戻した。

「気分転換に指を動かすのは良いのだそうです」

「やはり、退屈ですか?」


 ロチェスターは田舎である。王都育ちのフライアにとって、物足りないのかもしれない。

 しかし、彼女は豊かな髪を揺らして否定した。

「いいえ、とても穏やかで心安らかな休暇を頂いているようです」


 日が暮れ、夕食が終わり、フライアの部屋で編み物の時間を取る様になった。

 暖炉を前に椅子を並べ、他愛もない話をしている。

 フライアは侍女を下がらせていた。

 同じ年頃二人でゆっくりと話をしたいと要望したためだ。


「王都は気忙しい。もちろん、そうでなければならない理由もあります。わたくしの立場では特に」

 フライアの瞳に暖炉の火が映る。

「このままですとフィンリー殿下が王になられた際は、わたくしは王妃になるでしょう。王妃というのはただ、陛下の隣に立っているだけではいけません。王妃としての職務があります。わたくしはフィンリー殿下を蔑ろにするつもりはありませんが、それがかなわぬ時もありましょう」

 その視線がダーシーを射抜く。


「フライア様、その件は本当に勘弁してください」

「ダーシーが王都を去った後、フィンリー殿下は重鎮たちの前で厳しく叱責を受けました。もちろん、わたくしも一緒に。そして、痛感いたしました。受け入れるだけではいけないのだと」

 暖炉に向き直ると苦笑する。

「でも、結局ロチェスターに来てしまったので、変わっていないのですけどね」


 春になり王都に戻れば確実に非難を受ける。

 フライアは手元を動かし続けるしか不安を解消することが出来なかった。


「大丈夫ですよ。意識し始めたということは変わろうとしている証です。今までの事を変えようとしているのです。そう簡単にいきません」

「ふふふ。ダーシーは優しいのですね」

「フライア様ほどではありません」


「いいえ。ダーシーは優しいのです。本当なら、わたくしたちは追い返されてもおかしくはない迷惑な客です。ただ、王族、公爵家であるためにそれが出来なかっただけ」

「それはあまりにひどい考えです。ロチェスターを管轄する叔父を貶めないでください」

「ほら、ダーシーは優しい。それは他人に対してばかり」


 フライアは何を見ているのだろうとふとダーシーは気になった。

 彼女は深い笑みを浮かべる。

「あの刺繍、どなたに差し上げたのですか?」


 ロチェスターで魔よけの意味を持つデザインが施された刺繍。

 指に何度も針を刺しつつ、何とか整えて完成させたのをフライアは知っている。

「兄、ですよ。当時はエルフィー殿下についてあちこち行っていましたから。しっかりしているように見えて抜け抜けでダメダメな兄なんですよ」

 言い訳をするように慌てて伝えると、フライアは嬉しそうだった。


「差し上げる方がいたのですね」

 穏やかな顔の奥、したたかなものがある。

 ダーシーは確信する。

 彼女はやはり、公爵令嬢なのだと。


 軽くなった髪のせいか、寒さが身をさすようだ。

 ダーシーはフライアから贈られた肩掛けの前を引き寄せた。

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