ふたり並んで

翌、月曜日。天気は雨。

気分は土砂降り。


サクラちゃんが運転する車の後部座席に

アタシは座って、外の景色を眺める。


車は学校じゃなくて市民会館に向かっている。


車内は花の匂いに満たされて、

気だるさが少し落ち着く。


家主は助手席。


アタシはピンク色のカーネーションを、

家主は黄色と白色の菊の花を持っている。


いつもおしゃべりなサクラちゃんも、

今日に限っては口数が少ない。


私はいつもの制服で、

家主は喪服もふく


祖父母を襲った列車事故から1年が経った。

アタシと家主は追悼ついとう式に出席する。


サクラちゃんが運転手を買って出た。


両親同然だった祖父母との別れは突然訪れた。

同じく家主も両親を亡くしている。


アタシと母ではまるで別だと思う。

母はずっと自由奔放に生きてきた。


だからいたむ気持ちを共有する気にはならない。


市長の式辞しきじがあり、黙祷もくとうささげ、献花けんかをする。

重松と彼女の父親らしき姿もあった。


色んな人が出席した。

生徒会長と彼の家族もいた。

中学時代のクラスメイトも事故に遭った。

松葉杖や車椅子姿の障害を抱えた人もいる。


遠くではたぶん事故の関係者が、

マスコミに囲まれている。


事故の当日はよく覚えていない。

学校から帰って、食事の準備をしていた。


母が血相を変えて家にやってきて、

アタシを怒鳴りつけて車に押し込んだ。


あとは病院の廊下でずっと座っていた気がする。


母が隣に座って、震える手で

アタシの手を強く握っていた気がする。


退屈たいくつ極まりない式の中で、

母が大きなあくびをした。

そのせいでアタシもあくびが出た。


横目で母がアタシを見てきた。

アタシも母のせいだと言わんばかりに見た。


母が照れくさそうに微笑んだので、

アタシは目をそらした。


アタシたちは嫌なくらいよく似ている。


「進路希望。」


「なに?」


「あたしが15で妊娠したとき。

 ママが、真円まどかのお祖母ばあちゃんが、

 学生なんだからやることはやりなさい、

 あとは自分の責任で好きにしなさいって。」


「なにそれ。」


好きにした結果、アタシはこの人に捨てられた。


「でしょ?

 自分の軽率けいそつな行動が引き起こした結果だけど、

 お腹に真円まどかを入れてたときに、

 あぁ責任って重いんだなって思ったの。」


そう言われて15歳で妊娠した母の気持ちを考えた。


当然、周囲の無関係なひとから、

自己責任と責められただろう。


15歳で妊娠した自分たちの娘を見た祖父母は、

たぶん唯一の味方だった。


祖父母は母がこれから生きていくために、

責任を負う立場になることを教え、支えた。


母の分の責任を一緒に負ったのが祖父母だった。


「大学へ行きたいなら行っていい。

 真円まどかの家賃が足しになるから、

 公立くらいなら通わせられる。」


「え? 家賃? なにそれ。」


アタシから徴収ちょうしゅうしていたはずの家賃は、

将来の学費として貯金をしていた。


「サクラから聞いてなかった?」


アタシは首を横に振った。

そんな話は聞いてない。


「あの子、口軽いから酔った拍子に

 べらべら喋ってんだと思ったわ。

 サクラの家賃も独立させるための、

 開業資金で預かってんのよ。」


「知らなかった。」


去年の家賃72万円の行方。

サクラちゃんは母からも信用ないっぽい。

サクラちゃん、金遣い荒そうだからかな。


居候いそうろうのサクラちゃんも当然、

いつかはいなくなるんだと思うとさびしくなった。


「あ、ただしひとり暮らしするなら、

 家賃は自分で工面くめんしてよね。

 サクラにも頼っちゃダメだよ。」


「…わかった。」


「別によそでセックスしても、

 まぁ妊娠しても、勉強だけはちゃんとしなよ。

 学校やめる口実にしないで。」


「わかったってば! …反面教師。」


「…この反抗期。」


アタシが黙ったので、母もなにも言わなくなった。

母とこんなに喋ったのは初めてな気がする。


親も子供は選べない。


――――――――――――――――――――


追悼ついとう式は昼には終わる。


アタシと母はマスコミを追っ払い、

市民会館から駐車場の雨の中走って

サクラちゃんの車に逃げ込んだ。


逃げるときに母が笑っていたので、

録画されていてもきっと使えないやつだ。


「お待たせー。」


「お疲れ様です。

 お昼、どうします?

 一旦帰ります?」


「冷蔵庫にご飯ないよ。

 夕方バイトだから、帰りに買う予定だったし。」


「んじゃどっか食べ行くか。」


「ご馳走ちそうになります。」


「サクラも食べてないの?

 じゃあどっか店の候補。」


「便利な検索機能じゃないんですよ。

 ならハルタはどうです?」


「えー? アイツんとこ?」


「アタシ、昨日行ったよ。」


「は? まさかデートで?」


母はちゃっかりアタシの予定を把握している。


「やっかまないでよ。

 自分もデートくらいしたら?」


「なんなの? ほんと反抗期なの。」


「なんでそんなことでケンカするんですか。」


「ヤな顔してたよ。春田はるたさん。」


無言でテーブルに料理を運んだ

『レストラン・ハルタ』の店主、春田さん。


「そりゃぁ、そうでしょ。彼氏連れなんて。」


「あのひとさ、責任取らせてくれって、

 夜、スーパーで会う度に聞かれるんだけど。」


「なんですかその情報。

 まどちゃんの交友関係どうなってんの?

 社長、知ってました?」


「サクラ、うるさい。」


「えー…すみません…。」


「お互い自業自得なんだから、

 いまさら責任とか関係ないって

 あいつには伝えてあるし。

 あとウザいって。」


「たしかにウザい。」


「今度、真円まどかに会ったら

 ウチの店出禁にするっておどしといて。」


りょ。」


アタシはうなずいた。

店主の春田ハルタさんは、たぶんアタシの実の父親だ。


あれで母とも年齢が同じだったりする。


後部座席から見えた母の顔は、

満足しているように思えた。


「それでお昼どうするんですか。

 店閉まっちゃいますよ。」


真円まどか、2日連続だけど?」


「出禁の店?」


「そう。出禁の店。」


りょ

 なんなら春田ハルタさんにおごらせようよ。」


「アハハ、それ酷くない?」


「この子、お祖母ちゃんに似たのよ。」


ウソつけ。

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