第4話 誓約…『せいやく』



『ハァ、ハァ、ハァ…』

「もう、…限界…。」


 俺はクリスと共に走っていた。

 いや…、走らされていた。


 バカ広い屋敷の回りを何周も走り、外で洗濯物などを干して仕事をするメイドや、重い食材等の荷物を運ぶ見習い料理人等の中をくぐり、走り抜けた先に身なりの整った執事『セバス』はペンダントウォッチを見ながら立っていた。


「お嬢様、タイムが落ちてますよ!

 もっと、体力を付けなくてはいけませんね。」


『ゼェ、ハァ』

「もう…」

『ハァ、ゼェ』

「無理…。」


 疲れて地面に倒れようとした俺を、クリスは優しくきかかえ椅子に座らせる。


 息一いきひとみだしていないクリスに感心かんしんする…。


「スゴ…いね…。疲れて、ないの…?」


「そうですね。

 準備運動でしたから、疲れるほどでは。」


(なに、この子!?

 イケメン指数高すぎない!?

 ペテン師の癖に生意気な!!)


 イケメン…もとい、『ペテン体力たいりょくバカ』に座らされ、セバスは何故、走らしたかの講義こうぎを始めた。


「まず、始めに魔法とは身体にあるマナ『生命力』を使い使用します。

 ですが、マナが尽きたら何も出来ません。

 魔法使いは、それが1番の欠点けってんだと言われています。

 その欠点をおぎなうとしたら何をしますか?」


 俺は、部屋に監禁されていた時に読んだ本を思いだし、元気よく右手を上げた。


「はい!

 マナポーションを飲み、マナの回復を促します!」


「正解です。

 では、ポーションを飲み続けて、手持ちのポーションが無くなってしまったら、どうしますか?」


「剣で戦うとか…、逃げるとか…、ですか?」


(俺、剣とか使ったことないんだけど。

 中学と高校も、運動部とかじゃ無かったし戦うとか走ったりするのは自信ないなぁ…。)


「それも、半分は正解です。

 答えは、自衛の能力を高めること!


 これから、お嬢様には気道という柔術を学んでいただきます。


 相手の力を利用して、制圧する技術の事です。

 その日の課題をクリアすれば、合間あいまに魔法も教えます。


 お嬢様は非常に、魔法には感心が有ると『クリス』から聞きましたので。


 なので、訓練中は私の事はセバスではなく『師範代しはんだい』とお呼びください。


 それと、屋敷に貴族の人が来ないとも限りません。

 なので、ついでに貴族の礼儀作法もお嬢様には学んで頂かなくてはいけません。」



(うわぁ、マジかよ…。)



「ですので、近日中には講師のメイドをあてがいますが、ちゃんと勉強に励んでくださいね。

 それと、訓練中は、誰かが来たら魔法は絶対…、絶対に!、使わないでください!!

 わかりましたか?」



 恐ろしく近くに顔を持ってくるセバスが、いや、『師範代』が反論は許さないと目で語っている。



「わ、わかりました。」



「では、まず初めは体力作りから始めましょうか。

 走りながらマナを手に集めるのを意識して下さい。


 それと、訓練中の返事は『押忍オッス!』が基本です。

 間違えないように気を付けてください。


 でわ、私は、グラン様…もとい旦那様の仕事を少し見てきます。


 クリス、あとは頼みましたよ!」



「はいっ。

 セバス様。」




 ―――――スパァン―――――




 乾いた音が俺の横から聞こえてきた。


 ――『ドッ』――

 ――『ドンッ』――

 ――『ズサァー』――


 何かが後ろで勢い良く、地面に擦れる音が聞こえてくる。


「……えっ?」

 

 乾いた音がした方に振り向くとクリスの頭があった場所には、セバスの伸ばされた握りこぶしだけが、そこにはあった。


 セバスが突き出していた拳につけている白い手袋の甲の部分には、少しだけ、赤い『何か』が付いている。


 俺の正面で凄い剣幕けんまくで睨んでいるセバスが…。

 もとい『師範代』が伸ばしたていた手をハンカチで、赤くなった部分を綺麗に拭き取り、ゆっくりと元の位置に戻していく。


 辺りを見渡すと、クリスは顔を押さえ、後方の遠くまで吹っ飛んで倒れていた。


「えぇっ!?

 くっ、クリス!!??」


 『師範代』は姿勢を元に戻し、倒れているクリスに言葉を荒げる。


「訓練中は『師範代』と呼べ、と言っただろう!

 このたわけ者!!


 クリスっ、貴様はお嬢様の護衛であるのと同時に、共に訓練を受けているということは、私の弟子にもなっているのだ!!


 付き添いであっても、なまける事は決して許さん!!


 認識が甘かったのなら貴様にも、特別にメニューを追加してやるっ!

 成果がなければ、『死』が待っていると知れ!!!」


『……………。』


 心の底から、体が震え上がったのを初めて感じた。

 怖い、怖すぎる…。

 俺…、あんなに吹っ飛ばされたら。

 頭が、もげちゃうよ……。


 第2の人生、すぐに死ぬなんて、ごめんだ。

 『師範代』、今のは、パワハラで訴えられたら、絶対勝てないレベルだよ…。


 椅子の上で体を震え上がらした俺とは対象的に、クリスは鼻から出る血を押さえながら立ち上がる。


 多分、『裏拳』だと思われるそれを当てられ、吹っ飛ばされたクリスだが、起き上がった顔には、どこか嬉しそうに微笑ほほえんでいるように見えた。


(あんた、何で笑ってんのさ。

 怖いんだけど…。

 ペテン師体力バカなのに、ドMも追加されちゃったの?

 クリスさん、あんたは一体…、何を目指そうとしているんだ…。)


 『ドMエムペテン体力たいりょくバカ』、になってしまったクリスは再び、俺の横に鼻血を滴しながら戻ってきて、睨む師範代に目を向けた。


「押忍っ!!」


 肘を曲げ、両手の腕を胸の前で交差させたクリスは、腕を素早く同時に、両側の腰の辺りに引き戻して叫んだ。


 それは、もう空手に使う挨拶みたいなのと変わらない。


 それを見ていた師範代が頷き、視線を椅子に座る少女に移す。


 『ハッ!』っとなり、慌てて俺も椅子から立ち上がりクリスの真似をする。


 あと数秒、返事が遅れていたら、どうなっていたのだろう…。


 お嬢様と呼ばれてはいるが、実際に『師範代』の言うことを無視して遊んだりしたら…。


 そう思うと、『流石さすがにそこまではしないだろう』と思いつつも、吹っ飛ばされた『クリス』を思いだし、チビりそうになった。


 ―――『師範代の言うことは絶対』―――

 

 この日から、俺の心には深く『誓約せいやく』という太いくいが『心臓』に突き刺さった。


 俺の訓練が終われば、次はクリスの番だと言い残し、師範代はグランの様子を見に『執事』に戻り、執筆部屋まで歩いていった。




――――――





◇◇◇◇◇◇

名前『ドMエムペテン体力たいりょくバカ』


「皆さん、どうもこんにちは。

 クリスです。


 無事、私もセバス様の弟子になることができました。


 これからも、よりいっそう活躍できるように精進しょうじんしていきますので、宜しければ続きを見てください。


 レビューやコメントもお待ちしていますよっ!」



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