普段はお淑やかで清楚な彼女、俺の家でしか甘えてくれない〜が、学校でも『甘えたい』って思ってしまったら……その、春斗に甘えますっ〜

楓原 こうた【書籍6シリーズ発売中】

プロローグ

 才色兼備。

 そんな言葉が、楪紅葉ゆずりは もみじにはよく似合う。


 腰まで伸びた艶やかなブロンドの髪を靡かせ、常に聖母のような笑みを周りに向ける。

 佇まいはお淑やか。どこぞの令嬢なのかと思わせ、小柄な体躯と可愛らしくも整った顔立ちは愛嬌をも醸し出す。


 容姿に至っては、同年代の中でも軍を抜くほどに美しくも可愛らしい。


『楪、この問題を前に書いて解いてみろ』


『こちらでよろしかったでしょうか?』


『流石、楪だな。正解だ』


 そして、勉学では筆を走らせる必要もないぐらいに完璧。

 学力テストでは、常に学年のトップを維持し続けている。


 更に他者に対して驕らず、優しさを振りまく彼女は他者からは絶大な人気を誇っている。


『楪さん……ここの問題が分からなくて……』


『私でよければお教えいたしますよ。もしよろしければ、このあとお時間があるので、その時にでも』


『わっ! ありがとう、立花さん』


『やっぱり、楪さんは優しいよね!』


 同棲のみならず、異性にまで。

 それも当然。容姿端麗という言葉がここまで似合う彼女だ、人気も好意を寄せられることも必然と言えよう。


 これぞ、理想の姿———それを、彼女は体現しているようだった。


 人望、学力。

 どれも文句をつける場所はない。


 誰かが噂していたのを聞いたことがあるのだが……どうやら、密かに彼女は「どこかの財閥のご令嬢なのでは?」と疑問視されているみたいだ。


 理由はなんとも浅い「幼少期に英才教育を受けていそうだから」っていうことらしい。

 ……実際はそうじゃないんだけどなぁ? と、口にしてしまいそうになった。


 まぁ、結局のところは「彼女が完璧すぎてそう見えてしまう」という部分が一番なんだろう。

 それほどまでに、彼女は完璧すぎるのだ—――


「はるとぉー」


 などとプロローグに耽っていると、座っている俺に向かって唐突に下から声がかかる。

 声のする方に視線を向ければ、地面に胡坐をかいている俺の足の間に座っているブロンドの髪をした少女が見上げていた。


「どした、紅葉?」


「へへっ、呼んでみただけですっ」


 なんじゃい、この可愛い生き物は?

 まるで子供のような無邪気な笑顔を向けてくる少女に、思わずお持ち帰りをしたいと思わせられてしまった。


 ……いや、ここは俺の部屋だし。

 お持ち帰りしていると表記してもいいのかもしれない。


「こんの、可愛いやつめ」


「わわっ、やめてください春斗!」


 お返しと、俺は少女―――楪紅葉の髪をわさわさと撫でる。

 やめてくださいと言っているのにもかかわらず、どこか嬉しそうに笑う紅葉を見て俺は構わず続けることにした。


「も、もうっ! 髪が乱れちゃうのでダメです!」


「そうだよな、すま―――」


「優しく撫でてください!」


「……おう」


 強弱の有無を直接指摘されるのは初めてだなぁ。


「えへへっ……」


 撫でる力を弱めて優しく撫でると、紅葉は気持ちよさそうに目を細めた。

 そして、これ見よがしに俺の胸に頬ずりをしてくる……猫か。猫なんだな、うぅん?


「……まったく、普段のお淑やかさはどこに行ったのかね?」


 自室の天井を仰ぎながらポツリと呟く。

 皆から慕われ、人気を博し、容姿端麗という言葉を当て嵌めながらお淑やかな雰囲気を一身に纏う。


 それが今や、猫のように頬ずりをしてくる甘えん坊さんへと変貌している。


「……春斗だけですもん。春斗だけが、私の癒しなんです」


「なんじゃい、その理由」


「学校では、こうして甘えることはできませんから……」


 普段の様子から、いきなりこんな甘えん坊な姿を見せることは恥ずかしいと思う。

 普段のお淑やかな彼女から一変―――愛嬌しかない女の子になってしまえば、要らぬ視線を浴びて恥ずかしい思いをするだろう。


 それも、今の紅葉の人気を考えれば、その視線の量も数多なはず。

 だけど———


「でもさ、せっかく恋人になれたんだし……学校でも甘えようぜ? っていうか、自慢したい」


 俺が紅葉という女の子と付き合ってから半年。

 付き合った経緯は省くとして———俺と紅葉は学校では付き合っているということを公にしていない。

 友人面子は知っているが、それは紅葉の「は、恥ずかしいので……秘密でお願いしますっ」というお言葉+上目遣いに負けてしまったからだ。


 だからこそ、学校ではこうして甘えてくる様を見せてくれない―――そんなことをすれば、一瞬にして付き合っているというのがバレてしまうから。


「春斗の気持ちは分かります……ですが、ダメですっ! 私はものすごい恥ずかしいですっ!」


「だけど紅葉はん!? 高校生活での愉悦って彼女がいることだと思うのよ! それなのに、皆にアピールできないって……一種の生殺しじゃない!? っていうか、一緒にする学校イベントが何にもできねぇよ!」


 俺は紅葉の肩を掴み、必死に力説する。


「俺って幸せ者なの! 紅葉という可愛らしい女の子を彼女にできて幸せなの!」


「か、かわっ!?」


「でも、もう少し愉悦を味わってもいいじゃない! 学校イチャイチャイベントを味わってもいいじゃない! 俺はそれぐらいまで……所構わずイチャイチャしたい!」


 それに、付き合ってから半年が過ぎているが……もう、我慢の限界なんだ。

 紅葉が他の男に話しかけられたり遊びに誘われたり告白をしようとしていても……彼氏じゃないって皆に思われているから、止めることもできやしない!


 これじゃあ、いつかお預けと嫉妬でおかしくなってしまいそうだ。

 ……こんなに好きなのに。


「わ、分かりました……」


 俺の力説が終わると、紅葉は顔を赤くして一つ咳ばらいをした。


「確かに、これは私の我儘です。私が恥ずかしいからという理由で、春斗に我慢させるようなことをしてしまいました」


「それじゃあ!?」


「ですがっ!」


 紅葉は俺に向かってピシっと指を向けた。


「私にも私なりに譲れないものがあります———だから、勝負をしましょう」


「勝負?」


「はい」


 唐突に言われたことに思わず疑問符を浮かべてしまう。

 そんな俺を無視して、紅葉は大事なことを口にするのであった。


「春斗は学校で私に「甘えたい」って思わせてください。それで私が学校でも「春斗に甘えたい」って思ったら私の負けです。どうです? いい勝負だと思わないですか?」


 少しだけドヤ顔で「いい提案をした」と胸を張る紅葉。

 正直、そこまで「すごいですよねっ!?」っていう案ではないような気がせんこともないが—――


「乗った」


 俺は「甘えてほしい」という欲望に身を任せ、その勝負を受けることにした。


 ───こうして、俺はカノジョである紅葉と、不思議な勝負をすることになった。


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