転生守銭奴女と卑屈貴族男のお忍び旅行事情 04
数日後。
「――っ、凄い! 海だ!」
馬車の窓に張り付くようにして外を見て、そんなことを言ってから、ふと、我に返る。おかしいな……誘いを受けたときは、年も年だし、全然落ち着いて旅行くらいできますけど? なんて思っていたんだけど。おかしいな……。
軽く咳払いをしてから姿勢を正し、ディルミックの方をちらりと見ると、彼は穏やかに微笑んでいた。完全に、ほほえましい子供を見る目である。これでも、既に貴方の子供を何人も産んだ女なんですけど……。
子供に見られたら親としての威厳がなくなる程はしゃがない、と思ってついてきたのに、早々に声を上げてしまって、普通に恥ずかしい。
わたしは、気まずさに耐えかねて、髪の先をいじりながら、「しょうがないじゃないですか、本物の海を見たの、初めてなんですから……」と言い訳を述べた。
今世では、田舎は田舎でも山の方の育ちだったので、交通手段のなさから海へと行くのは難しかったし、前世では、海へと出かけるような余裕はなかった。前世は今世程、海が遠い場所に住んでいたわけじゃないから、子供の頃、遠足や課外授業で行ったことはあるかもしれないが、少なくとも、記憶にはない。
なので、記憶にある限りでは、初めて見る海なのである。
「今から向かう、メイナルは、グラベインの中でも数少ない港町なんだ」
ディルミックの説明を受けながら、義叔母様に見せてもらったことのあるグラベインの地図を思い出す。確かに、グラベインはそもそも海と面している場所が少ない。そして、その、海に面している箇所すべてを港町にできるわけじゃない。
そうなれば、おのずと港町の数も少なくなるのだろう。
「ということは、結構貿易が盛んなところ、ということですか」
「そうなるな。様々な人種が行きかっているし、グラベインやマルルセーヌでは見られない輸入品なんかも数多く並んでいるぞ」
海路での輸入ルートが限られていたら、自然と集中するのだろう。きっとにぎやかに違いない。……ディルミックとはぐれないようにしないと。まあ、護衛も付き添いでいるわけだから、そう簡単にはぐれることもないか。
今回の旅行は、平民の結婚の見届けと、街長という、街のトップとの会談がメインの目的で、あとは、ディルミックがお忍びで行く街の視察にわたしもついていく、という予定になっている。結婚の見届けと会談に関しては、わたしは出席しなくていいことになっているので、そこで自由に街並みを見て回れるようだ。
せっかくなら、珍しい茶葉とか見つけられないかな、今は無理でもお土産に買いたい、と思っていると――。
「残念だが、メイナルでは茶葉が禁制品と決められているから、輸入品の中に茶はない」
――なんて、ディルミックの一言が。
……えっ?
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