転生守銭奴女のメイドと卑屈貴族の護衛の恋愛事情 04

 奥様が屋敷にやってきて、数日が経った。

 このたった数日で、奥様に抱いた『平凡そう』という印象は、簡単に覆された。


 平民がこんな屋敷にきて、しかもあの旦那様の子供を産むためにここにいるはずなのに、馴染むのが早い。悲壮感をただよわせて部屋にこもることもなく、かといって、貴族の屋敷に馴染めなくて、周囲を警戒している様子も見られない。マイペース、という言葉はこの人のためにあるのでは、と思わされるほどだ。


「――ミルリ」


 旦那様たちが食事を終えた場所を片付けていると、旦那様が食堂に戻ってくる。珍しい。いつもは食べたらすぐ、彼の部屋にこもってしまうのに。

 ぎくり、とわたしの体がこわばる。貴族である雇い主に話しかけられて緊張する、という気持ち半分、旦那様に話しかけられている、という嫌悪感半分。感情を悟られないように、無表情を努める。


 わたくしの反応に気が付いていないのか、それとも気がついた上で無視しているのか、旦那様はわたくしに構わず話しだした。


「ロディナが街に出かけたいそうだ。護衛にハンベルを呼んで連れていけ」


 「片付けはモナにやらせろ」と旦那様は言う。モナはこの別館と本館を兼務している、予備のメイドだ。ただ、彼女はこの別館の仕事が嫌いなので、なかなかこっちにはこない。かといって、今寝ているであろう、夜勤のノルテを起こすのは可哀想だ。


 モナがサボるにしても、誰かしら代わりを寄こすだろう、と思い、「かしこまりました」とわたくしは頭を下げた。どのみち、旦那様の命令に反論するわけにはいかない。わたくしはメイドだし、旦那様の命令は、何ら不当なものではない。


「それから――これを」


 旦那様が、小さな袋をわたくしに差し出す。一瞬、受け取るのをためらったが、仕事上、無視するわけにはいかない。

 袋を受け取ると、ちゃり、と中で硬貨がこすれる音がした。


「ロディナが何か欲しがれば、これを使って買え」


 そう言って、用件は済んだとばかりに、旦那様は食堂を出て行った。


「……」


 中身を覗いてみると、結構な数の純銅貨が入っていた。旦那様は一体、奥様がどれだけ散財してくるつもりでいるのだろうか。

 日帰りで戻ってこられる街、といったら、カノルヴァーレくらいしかない。たしかにあそこには店が多くあるし、店が多い分、高級な物を扱うところもそれなりにある。

 だとしても、大金を使うことに慣れていない平民が一日で使い切れるような金額ではないだろう。


 まあ、わたくしには関係ない話か。

 わたくしはポケットにお金が詰まった袋を入れ、ハンベルとモナを呼びに行くために、食堂を後にした。

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