転生守銭奴女と卑屈貴族男の新婚旅行事情 04
王都の街に出ると、ディルミックが少しだけ、わたしに近寄ってきた。仮面を付けずに大勢の前に立つのが怖いのだろう。結婚式のときも仮面を外していたが、それとはまた別なのかもしれない。
すぐ傍に護衛がいて、正確に二人きり、というわけではないのだが、まあいいか、とわたしはディルミックの手を握った。
「大丈夫ですよ、ほら、皆、わたしたちのことなんて気にしてませんって」
わたしはディルミックを安心させるように言った。気休めなどではなく、実際、わたしたちのことを気にしている人なんて誰もいない。
時折、ちらっとディルミックの顔を見る人もいるが、すぐに興味をなくしたように歩いて行ってしまう。
ディルミックはわたしの言葉に返事をする代わりに、きゅっとわたしの手を握り返してきた。
「さて、行きますか」
――と言ったものの、これと言って目的地があるわけではない。
マルルセーヌの王都の一番の観光地と言えば、国内一有名な劇団がある歌劇場なのだが、今は丁度公演の切り替え時期らしくて何もやっていない。タイミングが悪いと言えるが、ここのチケットは前売りで席が完売することがほとんどなので、どのみち当日券はよほど運がよくないと買えないだろう。
次に有名なのはお茶の資料館。茶葉や茶器は勿論、書物やモチーフ雑貨など、様々なものが売られていたり、お茶に関するテーマの芸術作品が飾られていたりする。あとは期間限定で、『有名人のお茶展』なるものが開催される。生きている有名人だったら、お茶のこだわりやおすすめを話すトークショーや、監修の茶器が売られるし、故人だったらその人の経歴やお茶に関するエピソードが展示される。
わたしはそれなりに興味があるが、ディルミックは全く関心がないだろう。わたしがぽろっとこぼす小話は興味深そうに聞いてくれるけど、あんまり長時間お茶話に浸りたい、という感じでもないし。
わたし自身、出身の田舎村から出ることはほとんどなくて、生活圏は村か、たまに隣接している町、というくらいで、王都には詳しくない。なので観光を、と言っても、こうして街並みを歩くのがメインになってしまっている。
とはいえ、そこは領主という立場のある人間だからか、他の国の街並みを見る、というのはなかなかに楽しそう……というか、勉強になる、というところなのだろう。興味深そうにあちこちをきょろきょろしている。
「……ロディナ、茶屋と製菓店が多くないか?」
「まあ、マルルセーヌですからねえ」
流石王都、と言うべきか。あっちこっちにお茶屋さんがある。そしてその隣は大体製菓店だ。もしくはパン屋。
なので、少し歩いてお茶屋、また少し歩いてお茶屋……というのは珍しくない。
わたしの田舎にでさえ、三店舗お茶屋があった。
「こんなに茶屋があって、客の取り合いが大変じゃないのか?」
「うーん、わたしは経営側のことは分からないですけど、あんまりお茶屋さんが潰れるってあんまり聞いたことないですねえ」
マルルセーヌ人は大抵お気に入りでひいきのお茶屋さんを一店舗持ち、あとは気まぐれにお茶屋さんを覗く。『この茶葉はこの店じゃないと!』からの、『他の茶葉は別にどこでも……おっ、今日はここの店に行ってみるか!』みたいなノリでお茶屋さんを梯子することが当たり前だ。そう考えると、絶対に来てくれる固定客がどこの店にもいるわけで。閑古鳥が鳴く、みたいな自体にはならないはずだ。
「店が近いどころか、大きな商業施設がまるっと全部お茶屋さん、という場合もありますよ」
まあ、その場合は流石に全店舗同じ商会グループの系列店、ということがほとんどだが。
あれこれ街並みを観察しながら歩くだけでもディルミックが相手ならば楽しいものだ。このまま大公園に出て、何か買い食いでもするか? と考えていると、小さな女の子に「お花はいかがですか?」と声を掛けられる。女の子の持つかごには、色とりどりの花が。
「どうします?」
ディルミックに聞くと、少し迷ったのち、「じゃあ、一つ貰おうか」と買っていた。
「ありがとうございます!」
女の子はにっこりと笑顔でディルミックにお礼を言う。その対応に、ディルミックはえらく感動していた。うーん、グラベインでのディルミックの扱いがひどすぎる。
紫の花を一本買ったようだ。
「――好きだろう? 紫色」
そう言って、ディルミックはわたしの髪に、その花をさす。嬉しい反面、ちょっと複雑でもある。
あのね、ディルミック、この花、乾燥させてハーブティーに使う花なんだ……。
別に髪飾りにしてもおかしくはないだろうが、マルルセーヌ人なら皆、飲む花、というイメージの方が強いので、一瞬アレッ? ってなるのは間違いない。
でも、嬉しいのも事実なので、わたしはありがたく貰い、そのままにした。
これは飲まずに大事に取っておこう。
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