第7話 ペパーミント【マスターの休日】
久しぶりの休みに海に出てきた。
早めの春一番が吹き、コートを着ない日が増えたが、浜風に吹かれると肌寒さを感じる。厚めの生地でできたハンチングを被ってきてよかった。
なぜか、この時期には海に来たくなる。
店をするようになり、多くはないがそれなりの数の人と出会い、様々な背景を見聞きし、香りを燻らせる。
相当数の精油が店内にある。が、そこには絶対にない香り。それがここにはある。
潮の香り。打ち上げられた海藻の匂い。砂に残った日光の香り。
必ずしも”いい香り”ではないのだが、不思議と自分の全てがリセットされるようだ。
砂に腰掛け、携帯したフラスクボトルの蓋をひねり、口へ運ぶ。
ウヰスキーの芳香が鼻に抜ける。
波打ち際で貝掘りをする老婆がいる。
小さなアサリがこの海岸では獲れる。
ボンゴレに使えるらしい。
ウエットスーツを着たサーファーが少し離れたところを上がっていった。
午前中のオフショアはもう終わりだ。
わたしの休みはあと半日。
ゴロリと横になり目を閉じた。
日付変わって月曜。
カラン。
本日初のドアの開閉。
初めてのお客様だ。30代半ばの男性。タバコは吸わないらしい。
「サジーのハーブティーってあります?」
「はい。ございます。」
「ではそれを。それと、疲れの取れる精油ってありますか?」
「そうですね。いくつかございますが、こちらはいかがでしょう。」
わたしは、ペパーミントを選んだ。
軽い刺激のある香りは脳を目覚めさせ、集中力を高める。
ブルーマンデーにはもってこいの香りだ。
「馴染みのある香りですが、頭がすっきりしますね。少し元気が出てきた気がします。」
「気に入っていただけたようで、安心しました。休み明けの朝にはうってつけの香りです。」
休み明け、今朝の寝起きに使ったことを棚に上げ、他人顔で薦めている自分が少し滑稽だった。
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