第十一話③ 貴女がいないと、困りますから


 私はドアをくぐり、ターミナルにあるステーション帰ってきました。もうだいぶ遅い時間になってしまいましたね。あの親子がターミナルに来るのかは解りませんが……やることはやったつもりです。あとは彼女たち次第でしょう。

 そのまま待合室へと向かった私が扉を開くと、中には長い金髪で紫がかった青い瞳を持った幼い彼女。ミヨさんが座って待っていました。


「あ、ランバージャックさん……」

「用事は済みました。行きますよ」

「……あの子、大丈夫だった……?」


 おずおずと、彼女が問いかけてきます。


「……ええ。あの注射で、ちゃんと意識を取り戻しました。リッチのタブレットも置いてきたので、その内ターミナルでも会えるかもしれませんね」


 正直私は、あまり会いたくはないのですが。


「そっか……そっかッ!」


 それを聞いて嬉しそうに笑っているミヨさん。気に病んでいた部分ではありましたので、懸念がなくなってスッキリした、というところでしょうか。


「……では、帰りましょうか」

「うんッ!」


 彼女を連れて、私は歩き出しました。ステーションを出て役所エリアを抜け、商業エリアを抜けて事務所兼自宅を目指します。今日は、スラおばさんがパーティをしようと張り切って準備しておりましたので、帰ったら宴会です。

 私も諸々の事が済みましたし、くたびれました。今日は久しぶりに、ムカ・コーラでも飲みたい気分です……ほどほどに。


「……あ、あのさ、ランバージャックさん」

「はい?」


 特に会話らしい会話もないままに歩いていたら、ミヨさんから声をかけられました。一体何でしょうか。


「トシミツから、あの研究所をぶっ潰したから安心して良いって話を聞いたんだけど……」

「ああ……」


 彼女が出したのは、トシミツの件でした。彼はあの後やることがあると言ってあの世界に残りました。何をするつもりなのかと聞いたら、ミヨさんがいた研究所を社会的に、そして物理的にぶっ壊すと言っていたのです。


 各種の非道な研究内容を洗いざらいまとめ、裏で支援していた方々の情報もすっぱ抜いてあの世界の警察機関に流す。更にはあの研究所自体を、スラおばさん達にも手伝ってもらって、証拠となる部分以外は完膚なきまで破壊してきた、とのことでした。

 彼のお陰であの世界では一大ニュースとなり、それによっての騒動も起きているみたいなのですが、張本人は良い笑顔でさっさとターミナルに帰ってきていました。


『安心しろ、ちゃんとミヨちゃんのデータは消してきた。今さら彼女を狙うような輩は、そうそういないだろうさ』


 彼からのチャットには、そんなメッセージもありました。アフターケアもバッチリですね、流石はイケメン。女性が惚れてしまうのも、無理はないでしょう。

 当の本人は心に決めた人がいると言っておりましたが、一体誰なんでしょうか、こんな彼を射止めた方というのは。是非お会いしてみたいものです。


「彼が色々とやってくれたみたいですからね。済んでしまったものはどうにもなりませんが……少なくとも今後、貴女のような方が出ることはないでしょう」

「……うんッ!」


 口元に笑みを浮かべながら、ミヨさんは短くそう言いました。ええ。貴女の身体について等は今後調べていかなければならないでしょうが、少なくとも今後、彼女と同じ目に遭う方々がいなくなったのは、良いことでしょう。


「あと……その、あの……もう一つ、良い……?」

「? なんですか?」

「……どうして、助けに来てくれたの……?」

「…………」


 彼女から、そんな問いかけが投げられました。私は一度歩みを止めて、彼女の方を見ます。どうして、ですか。改めてこう聞かれると、すぐに上手く言葉が出てきません。


「……まあ、良いですか」


 道の途中で立ち止まった私は、持っていたカバンから書類を三つ、取り出します。そしてそれを、彼女に向かって差し出しました。後で渡すつもりでしたが、もう今で良いでしょう。


「こ、これ……」

「ターミナル永住許可認定書です。申請が通りましたので、貴女はもう一時滞在者ではなく、ターミナルの住民です。貴女専用のタブレットも、その内届くでしょう。もう一つは、氏名を変更してきました。これでもう、貴女は被験体No.34ではありません。ミヨさんです。今後名前を聞かれたら、ちゃんとそう答えるように」


 一枚は、ターミナル永住許可認定書。これによって、彼女は晴れてターミナルの正式な住民となりました。また彼女の分の住民税も収めなければなりませんが。

 もう一枚は、彼女の名前の変更届です。いつまでも、あんな名前ではいられませんからね。研究所も無くなったのであれば、尚更です。


「じ、じゃあ、これは……?」

「……採用通知書です。お渡しする前にいなくなってしまいましたので、苦労して探させていただきました。貴女はもう正式にウチの社員……私の助手です」

「ッ!?」


 受け取った彼女が、目を見開いていました。そんなにびっくりする程のことでしょうか。


「わ、わたし……ランバージャックさんの所に居ても、良いの……?」

「……むしろ、居てくれないと困ります」


 何を言っているのでしょうか。雇うことを決めたのですから、ミヨさんには居ていただかないと、私が困ります。せっかく作った採用通知も無駄になってしまいますし。


「ッ!!!」


 すると、ミヨさんがこちらに向かって駆け寄ってきたかと思うと、私に抱き着いていました。


「あり、がとう……ランバージャック、さん……わたし……頑張る、から……いっぱいいっぱい、頑張る、から……うう……うううッ!」

「…………」


 しがみついて、涙ながらにそうおっしゃっているミヨさんですが……困りましたね。何せここは、天下の往来です。私達以外にも出歩いていたり、車や馬車やその他の生物に乗って道路で信号待ちをしている方々もいます。

 色んな人や人以外の皆さんが、なんだなんだとこちらを見てきており、とても居心地が悪いです。ため息をつきつつ頭をかく私でしたが、ミヨさんは全く気が付いていないのか、ギュッと私の身体を抱きしめてわんわん泣いておりました。


「……そろそろ、帰りましょう。皆さんが待っていますから」

「……うんッ!」


 少し待ち、彼女の様子が落ち着いてきた辺りで、私は言いました。いつまでも、道の真ん中で立ち往生している訳にもいきませんからね。道々を行きかう方々からの視線は痛かったですが……涙を拭いながら良い笑顔で笑っているミヨさんを見たら、もう、なんか、良くなってきました。

 そのまま彼女の手を取り合って、私達は再度、歩き出しました。まだ少し涙している彼女ですが、顔はとても嬉しそうです。


「…………」

「……ランバージャックさん、笑ってる」

「ッ!?」


 やがて、ミヨさんからそんなことを言われました。迂闊、でしたね。まさか、知らず知らずのうちに緩んでいたところを、彼女に見られてしまうなんて。私は繋いでいない反対の手で顔を隠すように覆うと、そっぽを向きました。


「……なんでもありませんよ」

「……ふふっ」


 何やら笑っているミヨさんですが、ええ、なんでもありませんとも。しかし、何だか恥ずかしい気持ちがこみ上げてきて、私は彼女の手を払い、早足で歩き出しました。


「……早く帰りましょう。スラおばさん達が待っていますから」

「あっ。待ってよッ!」


 さっさと帰りましょう。色々と、ムカ・コーラを飲んで忘れたいですから。

 先を進む私の後ろを、ミヨさんが付いてきます。いつの間にか、ターミナルの空はオレンジ色に染まってきていました。そろそろ、日が暮れそうですね。

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