第583話 多過ぎ問題

 正直に言えば、ミノ諸島に辿り着いたあたりからどうしようかは悩んでいた。


 そもそもこの地図に"端"という考え方があるのか疑問だが、RPG好きなら世界の"端"というのは大変魅力的に映る場所で……


 何もないまま地図の反対側へ出てしまう可能性も多いにあったが、ゲーム的な要素の強いこの世界ならば、歴史には残っていない隠し的な何かがひっそりと存在する可能性だって低くはないと思っていたのだ。


 だが、本格的に探そうと思うと相当な時間が必要になる。


 地図に反映されるかも怪しい小島から、探査も届かない海底奥深くまで、何ら得られるモノがないかもしれないのに、今このタイミングで広大な海の探索に手を出すのは、さすが順序が違うかなと。


 そう判断して、日中は賊をプチプチと潰しながらアルバート領内のマッピングを。


 夜は【転換】のスキル経験値を貯めつつ、再びグリムリーパーの骨集めに勤しんでいると、不意に視界がチカチカと青く点滅する。


 あれ、またか。


 昨日も報告することが溜まっているという理由で、ヤーゴフさんとダンゲ町長の二人に呼び出されたのだから立て続けだ。


 人が増え、町が大きくなってきているのだから仕方ないことではあるが……



(マンティコアのマイティー君から呼び出しってことは、南側か?)



 町の入り口を見張る、いつものギリオ君からでないことに首を傾げながらベザートへ飛んだ。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 カツン、カツンと、歩く度に音が響く。


 今は隠すように作られた、『暗部』の拠点となる石造りの地下空間。


 その中を歩いていくと、手前にあった大きめの部屋には鉄の拘束具や縄で縛られた者達がそこかしこに転がっていた。



「凄い数ですね……全部で何人くらいですか?」



 そうニローさんに尋ねると、嘆息を吐きながら答えてくれる。



「用意した部屋がまったく足りていないのですから、100人は確実に超えておりますな……ロキ王様、さすがにこの数は放っておき過ぎですぞ」


「ですよねー……」



 呼び出された理由がコレ。


 動き始めたニローさんから、多過ぎる間者の処遇をどうするのか。


 俺と会うこともないまま間者の捕縛が粗方済んでしまったらしく、いい加減指示を仰ぎたいという話だった。


 まあ、そりゃそうだよね。


 明らかに諜報員とは違う、世話係りのような人が数人見えるけど、それでもこれだけの数を処分保留のまま生かし続けるのはさぞかし大変だっただろう。



「して、どうされますかな? 聞けば国法もまだ整備されていないようですし、ラグリースのやり方に合わせてもよろしければ、私が責任を持って対処しますが」


「ちなみにラグリースではどうしていたんですか?」


「情報を吐き出させるだけ吐き出させてから首を落とすのが基本ですな。ラグリースが――というより、他所の国であっても間者の対応など似たり寄ったりでしょう」


「あ、どこもそんな感じなんですね……」



 案外重いんだな。


 そんな感情が伝わってしまったのだろう。


 ニローさんは若干冷ややかな視線で俺を見つめる。



「……これだけいればロキ王様が気付かないわけもないでしょうし、今まではどうされていたのですかな?」


「えーと、この国の出禁を伝えて、また来たら殺しますよって。それで町の外に、こう、ぽいっと放り出していましたね……」


「はぁ~~~だからこれほどの数に……いくらなんでも甘過ぎますぞ、ロキ王様」



 もう横から聞こえてくるクソデカ溜め息だけで察しています。


 ただ、俺が日本人ということもあってか、どうにも受け止め方が違うのだ。


 かつて俺の動向を監視していた爆速獣人の時にも思ったこと。


 直接的な敵意がない監視や情報収集なら、それこそ日本でもそこら中で行われていたわけだし、これで極刑というのはどうにもしっくりこない。


 そんな俺の考えを正すように、ニローさんは言葉を続ける。



「断言しますぞ。戦争の切っ掛けは様々にありますが、こと開戦の決定打となるのはこの者達が自国に上げる情報です。動向、戦力、資源、他国との関係性……内通者を潜らせてより精度の高い情報を拾い、勝てる見込みが高いと判断するから戦を起こす。だからあの時、ラグリースも襲われたのです」


「……」


「国を守りたくば、内に入り情報を拾い上げる者達を決して許してはなりません。その情報一つで国が滅び、数百万ではきかない死者が生まれることだってあるのですから」



 そうか……そうだな。


 そもそも扱う情報の質が違うし、うちに敵意や害意がなかったとしても、アースガルドと他国の関係性を調べ上げ、繋がりが薄いようなら第三国に攻勢を掛けるという流れだって十分あり得るのだ。


 収集された情報から広がる影響を考えれば呑気なことは言っていられないし、拾われる情報の程度で対処に差をつけるなんてことも現実的ではない。


 ならば……暫し考えを巡らせ、答えを出す。



「分かりました。では一部を除き、今回はひとまず解放しておきましょうか」


「へっ? ロキ王様、今の話を聞いておりましたかな……?」



 ニローさんだけでなく、口に布を噛まされた他国の間者も俺の言葉に様々な反応を見せるが、話をじっくり聞いた上での結論だ。


 どうせなら無駄にはしたくないし、これが自分の中で一番しっくり来るのだから仕方がない。



「ちゃんと聞いていましたよ。だからここにいる皆さんは、自国に戻り次第よーく所属する組織や国に伝えてください。アースガルドは他国からの諜報活動を硬く禁じ、うちの領土内で諜報活動をしていると判断した時は、程度に限らずもう人としての扱いはしないってね」



 そう告げると、多くの間者は布を噛まされていても分かるくらいに、嘲笑ともとれる笑みを浮かべた。

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