第387話 クアド商会

「おぉ! ここが俺っちの新しい職場――……って、空地ぃ!?」



 ここはパルメラ内部の開拓地。


 ギニエまで迎えに行き、数回に分けて18人全員を引っ張ってきたら、早速煩いクアドが頭を抱えながら横で騒ぐ。



「皆は知らなかったかもしれないけど、ヴァルツとラグリースっていう国が、ここ20日くらい戦争してたんだよね」


「マジかよ!? ヴァルツって俺達がいた所のすぐ横じゃねーか!」


「ってことは、戦争跡地……どっちの国になるっすか?」


「ここはその戦争から避難した人達の開拓村みたいなもんだよ。ちなみに場所はパルメラ大森林の中だから、アースガルドっていう俺が興した国の領土内になる」


「んんん?」


「ボス、すまんよく聞こえなかった。今なんて言った?」


「だからどっちの国でもないんだって。避難した先は領土主張する国がなかったから、脅しをかける意味で異世界人の俺が国を興したの。兵すらいない場所でこのまま暮らすってなったら危ないでしょ?」


「い、いせ、異世界人!?」


「そんでもって、王様!?」


「「「「しぇ、しぇしぇしぇーーーーッッ!!?」」」」



 相変わらず煩いな、この連中は……


 って思ったけど、異世界人であることはまだ伝えてなかったかもしれない。



「とりあえずお店の準備をするから、皆はそうだな……挨拶がてら、ここにいる人達の家造りでも手伝ってあげてよ。ギニエの復興作業でもう慣れたでしょ?」



 呆然としている皆を後目に、俺は早速準備開始。


 まずはヤーゴフさんを見つけ、ある程度伝えていた計画を実行に移すことを伝える。



「場所は川を挟んだ向かい側か?」


「ですね。これで魔物が川を渡って襲ってくる心配もかなり減ると思いますから」



 女神様達が空地にしてくれたのは、川の東側のみだからな。


 西側方面は手付かずだったので、ここにデカい建物を造れば必然的に魔物の襲撃を妨害できる。


 魔力残は――、まだ2000弱か。


 さすがにこの人数を運んでくると魔力をゴッソリ持っていかれるが、それでもこのくらい残っているなら拠点の倉庫くらいは造れるだろう。


 まずは……



『貫け、風刃』



 ズババババババババ―――………ッ!



 唱えたのは【風魔法】レベル9。


 しかし【短縮詠唱】がレベル8まで上昇しているので、前方180度の半円を一気に裂く巨大な風刃をイメージしつつも、言葉にする節は2つだけで済んでしまう。


 うーん、だいぶ前よりも楽になったけど、それでもやっぱり【無詠唱】は欲しいなぁ……


 途中の盛り上がった大地もお構いなしに切り裂いていき、かなり広範囲の伐採が終了したら次の工程だ。



(イメージは、川よりこちら側の切り株や大きな岩を、全部地表に浮かす感じかな)



 念のために奥の方まで飛び、そこで来る前に数度練習した【精霊魔法】を唱える。



『精霊よ、大地を、耕せ』



 すると、一瞬だけ視界――というより、空気が反応を示すように茶色く染まり、地面が蠢く。



 ゴゴゴゴゴゴゴゴッ………



 ゼオには前提となる範囲が広大でも、多少の制御は可能だと聞いていた。


 なんか、川の向こうから僅かに悲鳴のようなモノも聞こえるが……


 地面が揺れているわけではないのだから、たぶん大丈夫だろう。


 よしよし。


 これで拠点の倉庫よりも10倍くらいは広い敷地を確保できたが、問題は倉庫をどうするかだな。


 中で働くのはクアドやベッグ達なのだから、身体能力とスキルでなんとかしろよという、拠点風の気合が入り過ぎた倉庫では上階が全て死ぬことになる。


 誰でも働ける職場となると、ここで高さを追求するのはご法度。


 幸い土地はいくらでもあり、木材もまだまだ必要なのだから、ゆとりある1階建てのお店を目指した方が良さそうかな。


 歩きながらそこら中に転がる木や岩を簡単に集め、次々と収納していきながらもそんなことを考えつつ。



『精霊よ、大地を、平坦に』



 綺麗になったら、柔らかくなっていた大地を均して一面が完了。


 これをあと1回繰り返し、川の反対側にある開拓村と同程度の空地を完成させる。


 うーん……時間が掛かり過ぎだな。


【重力魔法】があれば、より効率的になるのにと思うと、早く欲しくて堪らない。


 まぁいずれ必ずゲットするから、それはいいとして――



『石の床を、生成』



 厚さは30㎝ほど、今できる最大規模の平坦な石を生み出せば、概ね想定通りだな。


 以前よりも遥かに大きい石の床が生まれ、茶色い大地を灰色に染めていく。


 あとは巨大なモノも保管できるよう、10メートル程度の高さは確保しつつも適度に支柱を置き、拠点同様上部に換気用の隙間を作っておけば、これで広大な倉庫の完成だ。


 中の薄暗さも、拠点倉庫に大量の光源魔道具が転がっているので、あるモノだけでどうとでもなるだろう。


 あとは川を渡れる橋――、というより硬い石の板をそれっぽく造ってーっと。


 まるで日本にもあった海外の大型スーパーだなと思いながら開拓村に移動すれば、全員が口を開けたまま、手を止めこちらを見つめていた。


 時間をあまり掛けたくなかったのだから、多少派手になるのはしょうがない。



「ロキさ~ん! マジっすか! マジっすか! マジっすかー!? あの巨大なのが俺っちの働く店っすか!?」


「そうだよ。ちなみに名前は『クアド商会』でいくからね」


「えぇ!? なんでまた……金出してるのロキさんなんだから、『ロキ商会』じゃないんすか?」


「いいのいいの。俺は様々なモノを仕入れてくるというだけで、商人になるつもりはないからさ。クアドが商売担当の仲間なんだから、自分の城だと思って頑張ってよ」


「ッズホァ!!? 自分の、城……あんな巨大な、倉庫が……自分の……感動で、前が見えねーっす……」


「まだ中身は空っぽなんだから、そんなんじゃ売り物持ってきた時にビビッて死んじゃうよ?」


「ッ!?」


「あ、アマンダさーん、川の向こうでゲットしてきた資材、奥の資材置き場に纏めて放出しておきますからね」


「え、えぇ……頼もしいのは間違いないんだけど、あなた、ますますおかしな存在になってきてるわね……」


「ん~まだまだこんなもんじゃないですよ? やっとスタートラインに立てたくらいなんですから」


「……」


「あ、そうだちょっと大事な話がありまして、ヤーゴフさんと、まだお会いしたことのない町長さんになるのかな? 町の中心になっている方を集めてほしいんですよ」


「いいわよ。奥の資材置き場でいいの?」


「はい。その間に資材の整理しておきますんで」



 というかこの量は、整理しないと置き場がない。


 うーむ。


 これは開拓村の方も、もう少し安全を確保するために土地を広げた方が良いかもしれないな。


 そう思って資材放出後。


 クアドとベッグ達にも手伝ってもらいながら、また森の開拓作業に精を出していると、背後から声を掛けられた。



「ロキ君、連れてきたわよ」


「あ、わざわざすみません」



 振り返れば、ヤーゴフさんとアマンダさんに挟まれながら立っている、杖を突いた初老の男性。


 頭はツルツルで髭はモジャモジャ、逆さから見ても顔に見えそうなこの爺さんがベザートの町長さんか。



「初めまして、じゃな。ワシがベザートの町長をやっておったダンゲじゃ。その、本当に言葉遣いはこんなものでよいのか?」


「初めまして、ロキです。もちろん構いませんよ。畏まられるのは苦手なんで」


「そうか。王様であろうというのに、なんだか調子が狂うの」


「だから言っただろう。よくいる貴族連中や役人とは違うと」



 その言葉に苦笑いしつつ、こちらが連れてきた者達も紹介する。



「向かって左に立つのが、川の向こうに建てたクアド商会の責任者、クアドです」


「ここで商売させてもらうクアドっす! スチア連邦出身の獣人っす! 皆さんの役に立てるよう頑張るんでよろしくお願いしまっす!」


「次いで右側の大きい人が、従業員を纏めているベッグです」


「ベッグだ。俺を含む18人があの倉庫内で売り物の振り分けや品出しなんかをすることになる。デカいモノは俺が馬車を使って家まで運ぶ予定だから、なんかあったら遠慮なく言ってくれ」


「で、僕があの倉庫に売り物を補充する係ですね」


「ちなみに、あそこでは何を売るつもりじゃ?」



 町長からそう問われ、少し考えるも……はっきりとした答えは出てこない。



「なんでも、ですかね。僕はハンターと傭兵をどちらもやっているので、魔物を倒した時の素材や食材なんかもあれば、様々な悪党を殲滅した時の戦利品なんかも売り物になります。そちらは日用品から高級なモノまで様々ですかね」


「ほう。この何もない状況であればそいつは助かるの」


「しかし、元から商売をしていた連中にとっては売り物が被る可能性もある。やむを得ないとは言え、何か考えはあるのか?」


「それもあって今回はクアドだけでなく、ベッグも紹介させてもらいました。何か特定の品を売り続けるというわけでもないので、完全に売り物が被るのはパイサーさんと魔石屋のお姉さんくらいかなと思っていますが……必要があれば雇用し、こちらで一緒に働いてもらうことも考えています。レザーなどの素材や鉱物もかなり大量にありますから、加工や裁縫など、得意な部分をそのまま活かしつつ生産側に回ってもらってもいいでしょうしね」


「なるほど。パイサーならそれで納得するだろうな」


「でも20人近く働き手がいるのに、人を雇用できるほど物は売れるの? 言っちゃなんだけど、皆逃げるようにここへ来たんだからお金ないわよ?」



 そりゃそうだろうなぁ……


 おまけに今は最低限の生活基盤を整えようとしている段階で、仕事をする環境はまったく出来上がっていない。



「どこも似たり寄ったりですから少し時間は掛かるでしょうけど、それでも大丈夫だと思いますよ。先ほどマルタに行って領主に挨拶してきましたから。パルメラの入り口まで、街道を造ってもらうことも約束してもらっています」


「人の出入りが生まれるようには、既に手を打っているわけか」


「そうしないと、とてもベザートの人達だけで消化できる量じゃありませんから。それに魔物の素材はランクに関係なく、この辺りでは取れないモノばかりが並ぶので、認知されれば確実に売れると思っています。もちろんヤーゴフさんがここにハンターギルドを作ろうと動かれるなら、僕も合わせられる部分は合わせますしね」



 言いながら視線を向ければ、ヤーゴフさんは珍しく顎に手を当て、暫し考え込む。



「多くの者達の収入にも繋がっていたのは確かであり、周囲がそのまま狩場というこの環境もある。私は作るべきだと思うが……しかし、ロキが他所で得た魔物素材を新設したハンターギルドに卸すのは愚策だろうな」


「周囲で獲れない魔物素材じゃ、ハンターを呼び込む材料にはなり得ませんしねぇ」


「あぁ。ラグリース国内であればまた少し違うが、ここがアースガルドという時点で他所は気にする必要がなくなる」



 ヤーゴフさんはやんわり濁したけど、きっとギルドにも成績や管轄する町の規模によっての力関係などがあったのだろう。


 ならばたしかに、アースガルドはハンターギルドが存在しないのだから、敢えてギルドを経由するメリットはほぼ無いに等しい。


 それよりも、アースガルドの窓口であり唯一でもあるこの町には、見慣れぬ魔物素材を多数置いた巨大な商店があると。


 人を呼び込むための広告塔のような存在にしてしまった方が、よほど町全体にとってもプラスになるはずだ。



「じゃが、人の出入りが多くなれば、それだけ厄介事も多くなる。敢えてここはロキ王と呼ぼせてもらおう。税はどのようにかけ、どのようなところに使う予定じゃ?」



 町長らしいな。


 たしかに安全が確保できればの話。


 メリットもあれば、当然デメリットもある。


 が、そこはもう決めていた。


 我儘だが、俺が狩りと自身の成長を楽しめるように。


 煩わしい物は徹底的に排除させてもらう。



「この国に税はありません。面倒なのでフリーです」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る