第383話 大事なモノを守るために

「解せんなぁ」


 翌日になって向かったパルメラ内部の避難所。


 ゴロゴロと山積みになった石材の上に座り、多くの人達が集まるのを眺めながら、そんなことを呟く。


 別に王様の立ち位置が面倒そうとか、狩りに行く時間が減りそうとか、そんなこともまぁかなり思ってはいたけれども。


 それでも俺なりに考えていた狙いだってあったのだ。


 名前で脅すというやり方を取るにしても、それが王である必要はない。


 マリーや勇者タクヤだって同じなわけで、所属している国がはっきりしているならば十分世間には通じると思っていた。


 だからゼオを国のトップとし、ついでにゼオの名前が拡散される機会を多く作れば、それだけ魔人の情報が得られやすくなるかなーと、そう判断していたわけだが。



(うーん……ゼオの名前が広まること自体あまり良くないのかな)



 アリシアのあの必死っぷりは何かありそうなものだけど、それこそ魔人消失に関わるトップシークレットになるため誰も教えてくれず。


 結局モンモンとしたまま、国の政治に関係することは手伝うからとか、まっ………たく当てにならない言葉を頂きながら、俺の意見は押し込められたわけだ。



「ロキ君、ルルブに向かっていたハンター達も戻ってきたわよ」


「これで外に出ている者はいない、全員だ」


「アマンダさんもヤーゴフさんも、ありがとうございます」



 見下ろすような高い位置から、これだけの数を前にして話すなんて昨日までは思いもしなかった。


 ヴァルツ兵に宣告した時とはまるで違う。


 今後を見据えた、凄く凄く大事な話。


 だからこそ、俺も覚悟を持って口を開く。



 ――【拡声】――



「えっと……皆さん、作業を止めてしまってすみません。僕はロキと言います」



 皆、何があって集められているのかはよく分かっていない。


 だがこの場所まで避難を促した俺が、ベザート唯一の戦争参加者であることは周知されていたからか。


 知っている人も知らない人も、戦争になにかしら大きな進展があったのだろうと、不安と期待が入り混じった表情を浮かべながら、静かに続く言葉を待っていた。


 だから俺は、最新の戦況を。


 まだ敗走した兵が少なからず存在しているものの、ヴァルツとの全面戦争は一先ずの終焉を迎え、戦争の最たる原因であったヴァルツ王家が亡びたこと。


 旧ヴァルツ領土はこれからラグリースに併合され、管理されていくことを伝えた。


 と同時に沸き起こる、どよめきと歓声。


 突如として攻められ窮地に陥っていたラグリースが、なぜか相手方の領土まで奪っているのだ。


 結果だけを聞けば謎の大勝利ということになるわけで、これは当然とも言える反応なのかもしれない。


 だが一人。


 周囲は諸手を挙げて喜んでいる中、先日ヤーゴフさんとの話を中途半端に聞いていた靴屋のオヤジだけが、未だ渋い顔をしたまま声を張り上げる。



「坊主! 急場で裏切りやがったジュロイの野郎はどうなったんだ!?」



 その声に、再度周囲は静まり返った。



「そちらは残念ながら、まだ解決まで至っていません。現状目立った動きはありませんけど、ラグリース南西のオーバル領がそのままジュロイの領土に切り替わっている可能性が極めて高く、予断を許さない状況は続いています」



 その他、マルタから敗走したであろう兵によって、ベザートの町や周囲の畑も荒らされていること。


 ラグリースの東側全域が同様に大きな被害を受けているため、今後ヘディン王も心配していた深刻な食糧危機に陥る可能性があることも付け加えておく。


 無事乗り切り、戦争に勝ったとは言っても被害の爪痕は非常に大きく、そして人手が減少したため回復も遅い。


 その上で今後をどうするか。


 あとはベザートや避難してきた人達自身で決めてもらうしかない。



 すぅ――……


 一度大きく息を吸い、改めて覚悟を決める。



「避難所として作ったこの地をそのまま活用されるか、ベザートや故郷の町に戻って復興されるか、それは各人のご判断にお任せしますが、ラグリースのヘディン王と話し合ったいくつかの重要な事実を皆さんにお伝えするため、わざわざこの場に集まってもらいました」



 まさかの王という言葉が飛び出たことで、再びざわつく中。



「まずこの避難所ですが、継続して活用される場合、ラグリースからの支援は一切ないものと思ってください。どこも甚大な被害が出ているため人手が足りないということもありますけど、この避難所がラグリースの領土ではないというのが一番の理由になります」


「じゃ、じゃあ、ここってどこの国になるんだ……?」



 目の前で鍬を持ったおじさんの口から、疑問がそのまま零れ出る。


 皆の困惑した表情を見ていると、今まで気にしたことがないから事実を知らないって人もかなり多いのだろう。



「パルメラ大森林は終わりの見えない未開地であり、かつ広大な魔物の巣ということもあるので、土地の占有権を主張するような国はありませんでした」


「ん? それってどういうことなんだ?」


「さぁ、俺に聞くなよ」



 様々な疑問の声が聞こえてくる。


 その全てに答えられるかは分からないけど……



「なのでこの度、パルメラ大森林の内部に住んでいる僕がその占有権を主張し、新たにパルメラ大森林全域を領土とする、『アースガルド王国』という名の国を興す運びとなりましたことを、皆さんにお伝えします」



 いくつかの案を出し、その中でゼオ、カルラ、ロッジの4人で決めた国の名前。


 それらを伝えれば、見事に全員がポカーンと。


 口を半開きにしたまま、時が止まったように場は静まり返る。


 ならばついでに、これも伝えておこう。



「ちなみに実情は同盟国のようなものですけど、ヘディン王の希望によりラグリース王国は今後『アースガルド王国』の属国に変わります」



 ここでも全員理解が追い付かずポカーンと――。


 そう思っていたら、一人素早く回復したのは、目の前で腕を組みながら話を聞いていたヤーゴフさんだった、が。



「ちょ、ちょっと待てロキ! それは予想外にもほどがあるぞ! 何がどうなってそんな話に……、いや、そうか、国を興すということは、まさかそのまま公表するつもりなのか?」 



 疑問を口にしながら、そのまま答えに辿り着けるのがヤーゴフさんらしい。


 その問いに、視線を向けながら黙って頷く。



 大事なモノを守るには、もうこれ以外に方法が見当たらない。


 今回、ヘディン王の提案に乗っかった一番の理由だ。



 俺が何よりも恐れていたのは、ベザートに余計な火の粉が飛ぶこと。


 だからこの長閑な町の変化を嫌い、行き過ぎた発展に繋がらぬよう、今まで静かに見守ってきたつもりだった。


 極力目立たぬように。


 平凡でも、この町が平和であり続けられるように。


 高位の素材をハンターギルドに卸せば、町は潤い活性化する――そうと知りながらも持ち込むことはせず。


 いくら余ろうと、提供するのは極力消費すればすぐに消える食料のみに止め、過剰な装備や日用品などを流すようなこともできる限り避けてきた。


 この町で商売をしようとする案も。


 パワーレベリングで望む知り合いを強くさせてしまう案も。


 初めて守りたいと思う人や場所を見つけ、その難しさに気付いてからは、変化による外部からの襲撃を恐れて控えてきたつもりだったが……


 そんなだけでは守れないことが、今回の戦争でよく分かった。


 ベザートが今回助かったのは、俺が反応するのを恐れたというただそれだけの理由であり、ヴァルツ側が深く俺の足取りを追わなかったら、他の町と同じく全てを奪われ蹂躙されていたことは疑いようもない。


 結局、守りたければ――大事なモノは手の中に収めるしかなく、この名前で大きな抑止に繋がるというのならば、俺自身が表舞台に立つことも厭わない。



「まずは多くの皆さんに黙っていたことをお詫びします。改めまして、僕は異世界人、ロキ。自分の名前と力で守れるモノを守りたい。そのために王というか、代表みたいな恰好になりましたので……ここに残る人達も、故郷の復興に向かう人達もよろしくお願いします」


「「「……」」」



 そう言いながらペコッと頭を下げる。


 出会った頃のヤーゴフさんのように、異世界人に対して悪感情を持っている人達だっている。


 だからどこまで受け入れてもらえるかは分からず、相応の反応――それこそラグリースが属国にされたなどの批判や罵声もある程度は覚悟していたが。



「きゃー! ロキ君が王様だって!」


「すげっ! 俺、王様と友達なんだけど!」


「お、王様に貰った盾と首飾り……すごぉ!?」



「まさか、ルルブで一緒に組んだヤツがこんな立場になるとはな」


「考えてみりゃあよ、どう考えてもあん時からおかしかったよな」


「ですね。年齢不相応にもほどがありましたよ」


「実年齢は何歳なのかしら……」


「おいおいロイズ、まさかロキ神を狙うのか?」


「さすがに無謀」



「ちょっとパパ! お得意様のロキ君が異世界人で王様だって!」


「も、ももも、もちろん聞いてたよ。店ができたら王家御用達の看板でも作ろうか」


「王家御用達のかぁりぃか……その看板、うちも乗っからせてもらおう」


「かーっ! 俺も乗っかっとくぜ! うちは王の歴代彼女が愛した靴屋、だな」



 知り合いの声が各所から聞こえ、しかしすぐに呑み込むような歓声へと変わっていく。


 うーん、これは予想外だな……



 そんな感想が顔に出ていたのか。



「なぜ当の本人が意外そうな顔をしている。自分が何をやったか忘れたのか?」


「え?」


「少なくともベザートには兵が一人、逃げろと伝えに来ただけ。マルタがそれどころではなかったというのも当然あるが、ベザートの連中は国や領主ではなく、ロキに救われたという認識しか持っていない」


「そうですか……」


「まったく、王様になるんならシャキッとしなさい。この中でロキ君を怖がっているのは、うちのペイロくらいよ?」


「はは、ペイロさんって、なぜか過剰に異世界人を怖がりますもんね」



 このような宣告をしたというのに、特に変わらず接してくれる二人の存在がありがたい。


 そうか、目立った反対意見は無しか……そっかそっか。


 ならば俺は俺のやり方で唯一の町――、いや町とも呼べないこの開拓村を発展させ、そして可能な限り皆が笑って過ごせるよう環境を整えるのみ。


 果たしてこの地を守るために何ができるのか。


 そんなことを考えながら、ひとまずは川沿いに男女別の巨大な共同風呂を作り、俺は王都へ正式な報告に向かった。







 こうして、アムシュラ40462-夏。


 パルメラ大森林全域という、ほぼ全てが森ではあるが、しかし大陸最大規模の領土を誇る『アースガルド王国』が建国。


 その事実と共に、国のトップが第五の異世界人『ロキ』であること。


 その『ロキ』の怒りに触れ、ラグリース王国に対し戦争を起こしたヴァルツ王国は、約50万の兵と数多の傭兵を失い、王家も一夜にして壊滅。


 ラグリース王国も旧ヴァルツ領を併合したのち『アースガルド王国』の属国に下ったと、戦争の経緯なども含めた細かな内容がラグリース王家からを含む各所に報じられ、瞬く間に広まったその話は大陸中を震撼させる。


 これは決してヘディン王の放った鳥による報だけが理由ではない。


 各国は当然のように間諜を放っており、旧ヴァルツ王都『エントラ』に潜伏していた者達は、確かにその様子を見ていたのだ。


 まるで王宮方面を照らすように、何百何千という巨大な雷が、恐怖を掻き立てる音と共に落ち続ける様を。



 長く動きのなかった大陸中央に、突如として現れた新勢力。


 これに他の異世界人は何を思うのか。


 知る機会が近く訪れることを、ヘディン王に正式な返答をしたばかりのロキはまだ知る由もなかった。






 --------あとがき--------

 ここまでご覧いただきありがとうございました。

 ここで11章は終わり、『ロキの手帳⑨』の後に少し短い12章『アースガルド王国編』がスタートします。

 ただ今回はその間にもう一つ、まだ未完ですが『登場人物紹介』も挟みます。

 どうしても世界観を広くとると国や登場キャラも豊富になってしまうので、早見表と言いますか、このキャラなんだっけと疑問に思った際はご活用ください(ただし通常のキャラ紹介よりも少し深いので、軽いネタバレに繋がる部分もあります)


 19日・・・『ロキの手帳⑨』

 20日・・・『登場人物紹介』

 21日・・・12章―384話スタート


 こんな流れで投稿予約しているので、今後も楽しめそうな方はまったりお楽しみください。

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