第361話 戦争の理由

「アトナー様……」


「ふん、死ぬ前に愚痴ぐらい零させろ。異世界人のせいでヴァルツは陥穽に嵌り、また別の異世界人によって止めを刺され、こうして沈むのだ。これほど滑稽なことはあるまい」


「……」



 また、マリー。


 なぜどこの国でも出てくるのだ、コイツは……


 しかも今回は規模が違う。


 国が変わる?


 あの強欲ババア、何をした?



「【空間魔法】だって万能じゃない。遠い東の地から一国を潰すほどの軍隊なんて送り込めないでしょうに、何をされたんですか?」


「……」


「あぁ、一応お伝えしておきますと、僕はその強欲ババアが死ぬほど嫌いですから」


「なんだと?」


「いずれどこかで相見えるでしょうし、それまでに金を吐き出させるだけ吐き出させてから僕が殺しますよ。もう害悪にもほどがありますしね」



 そう告げれば、アトナーは逡巡した様子を見せながらも、結局は口を開いた。



「……低迷した国内経済に活路を見出そうと、王家が異世界人から多額の金を借りた、私はそう聞いている」


「なるほど。そして首が回らなくなり、他所から奪うしか方法がなくなったと――そういうことですか」



 この言葉に返答はせずとも、軽くうなずくことで答えるアトナー。


 この世界に来て、初めて聞いた『借金』という言葉。


 そりゃ個人間や商業ギルドあたりでもありそうなものだが、国や王家という規模になれば、国そのものを担保にした契約書でも存在しているのか。


 どのようなやり取りかは分からないにしても、なら、不履行に対していつでも強制執行が可能な状態で、かつ利息を吸い上げ継続的な旨味も発生させることができていたはずだ。


 この方法で奪い取れば、軍も使わず飛び地が手に入り、中央攻略の足掛かりができると言ったところか。


 いや、もしかしたらこの戦争自体、ヴァルツだけでなくラグリースの領土まで視野に入れて、マリーが誘導している可能性もある。



 あぁ……


 西の脳筋っぽい二人とは明らかに違う動き。


 とことん、ウザったい女だ。


 本当に。



 だが、そうであったとしても、これで答えがはっきりした。


 知り合いがいるからというだけじゃない。


 俺がラグリースではなく、ヴァルツを敵とする理由。



「どういう事情があるにせよ、一方的に奪うことで解決を図ろうとしたヴァルツ側が『悪』であることに変わりありませんね」


「……」


「先ほどの二択の中に『ラグリースとの同盟』という選択を入れれば、もしかしたら助かる道はあったかもしれない」


「ふん、仮に経済が多少上向いたところで、実入りを得るには時間が掛かる。それでは間に合わん」


「もう少し待てば、新しい物流が生まれる予定だったんですけどね。同盟国のフレイビルやハンターギルドからはまだ何も聞いていないんですか?」


「どういうことだ?」


「近々大陸中央で、えーと、マリー風に言えば『転送』でしたっけ。まぁそれと同じ特別な物流の仕組みが出来上がる予定なんです。不定期なので、過度に期待をされてしまっても困りますけどね」


「なんだと……そんな話、一度も聞いたことがないぞ? まさか、どこか『属国』になった国が出たのか!?」


「いいえ、属国などにはならず、手数料で請け負うことになります――僕がね」


「……は?」


「運ぶのは僕、窓口は各ハンターギルドになる予定なので、きっと王都だけということもないでしょう」


「な、何を、言っている? 貴様が運ぶなど、空を飛べる程度では……」


「だから『転送』って言ってるじゃないですか。僕も【空間魔法】持ってるんですよ」


「ッッ……!?」



 言葉を失うとはこのことを言うんだろうな。


 両脇にいる兵士含め、3人は口を開いたまま放心したように固まっていた。


 気にはなっていたのだ。


 ずいぶんと調査能力は高そうだが、なぜか俺の足取りはフレイビルで止まっていた。


 オルトランに渡っていることまで把握できていないようだし、簡単に追いきれないから、過去へ遡る方に注力したということだろう。



「なので戦争を急がなければ、低迷していた経済が回復したかもしれないんです。状況が厳しいとなれば、僕だって便宜を図れたかもしれませんしね」


「な、ならば……ッ!」



 息を吹き返したように、一歩二歩とにじり寄ってくるが、この男。


 大きな勘違いをしているな。


 あくまで過去の話。


 急いでいなかった場合だ。



「でもあなた方は自分達の都合で結果を急いだ。結局のところ王家がやらかし、奪えそうな相手から奪って補填しようとしたってだけでしょう?」


「貴様、王家を愚弄する気か!?」


「王家だけでなくあなた方もですけど。既に数万という数ではきかないくらいの人が殺されている。家を失い、家族を失い、何も無いまま別の町に逃げた人達だっていっぱいいるんです。にもかかわらず、自分達に救いの糸が垂れたら掴めると、本気で思ったんですか?」


「ぐっ……」


「あぁ、ラグリースを選んだ理由でしたね。あなたのような、自分達が救われるためなら平気で人を踏み躙る『悪党』が死ぬほど嫌いだからです」


「こ、こちらの事情も知らずに……!」


「知りませんよ他人ですし、大した興味もないんですから。ただ状況によっては、僕がラグリースを危険と判断して攻撃することも想定していました。結果的にラグリース側の立ち位置になったのは、間違いなくあなた方が選んだ行動の結果です」



 ラグリースというよりは王都に対してだが、実際におかしな古代魔道具を持ち出そうものなら、そんな可能性だってあったのだ。


 あの本に書かれている限りでは大丈夫だと思うが、これも王都に実際行ってみないと何も分からない。


 だから話はもう十分。


 そう思って一歩踏み込めば、アトナーはおかしなことを口にする。



「ふ、ふはっ……もうお話は終わりか?」


「えぇ、もう聞くことも聞けましたし、そろそろ王都に行きたいので」


「そうか。ならば殺すがいい。我らの至上命令は南部の戦力をこの地で足止めすること。貴様をそう簡単に王都へは向かわせん」


「……? あなたじゃ足止めできないでしょう?」


「そんなことは百も承知。だが、私を殺したところで軍の攻勢は止まらぬ。ファニーファニーが敗れたと知った段階で、南軍の指揮系統など捨てているからな」



 ……なるほど。


 だから南軍のトップだというのに、守る者すらほとんどいないのか。



「さぁどうする? 徴兵した連中は盾代わりに連れてきただけだが、正規兵は最後の一人になっても退くことなく、ラグリースの人間に刃を向け続けるぞ。それでもマルタの兵を、マルタの民を見捨てて往くか?」


「もちろん行きますよ。マルタを自分達で守り切れるくらいの状況が出来上がったんですから、あとはこの町の人達がヴァルツ兵をしっかり殲滅してくれるはずです」


「く、くくっ、なんと薄情な者か。貴様が動けば確実に死者は減るというのに、見捨てて王都へ往くという。これでは貴様が殺しているのと変わら――」



 ブシュッ――。



 さっきから、何を言っているんだコイツは。


 腹に刺し込んだ剣を捻りながら、男に告げる。



「ぬごォっ……」


「殺しているのは間違いなくあなたですよ。もう負け戦だと分かっているのに……退けば多くの命が救われると分かっているのに、軍のトップであるあなたが職務を放棄しているなんて、あなたの存在価値はいったいどこにあるんですか?」


「ぎ、ぎざまぁ……」


「傀儡と化しているかもしれない王に従い、至上命令とか言っているんですから、ある意味幸せかもしれませんね」



 刺したまま剣を横に払いながら、武器を振りかぶっていた両脇の男達も斬れば――



「王都、は、こんな…んじゃ……地獄、を見…ろ……」



『【指揮】Lv6を取得しました』


『【算術】Lv6を取得しました』



 アトナーはそんな捨て台詞を吐きながら死んでいった。


 知ってるよ。


 確実にいるのは2位、4位、5位に500人近い傭兵。


 それに兵が40万近くいるんだろう?


 そんなことは兵から聞いて知っている。


 それでも――。



 俺は死体を回収し、すぐに王都へ転移した。

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