第353話 ここからが本気の殺し合い
南部といっても、爆発音のようなモノが一度聞こえたくらいで、どこで戦っているのかは分からない。
だから7位の存在も意識しつつ上空を飛行して向かえば、ベザートに向かう街道上。
それこそマルタ南門の真南に位置する平野でいくつかの動く姿を捉えた。
しかし、どうにも様子がおかしい。
戦っているのは4人と聞いていたが、動く数はそれ以上にも見える。
まさか、7位も参戦しているか?
下降しながら【洞察】を使い――、ッ……。
一瞬身体が麻痺したように硬直するも、意を決して地面に降り立てば、3つの視線がすぐに俺を捉えた。
剣を支えに、辛うじて立っているように見える老人。
どこかで会ったような気もするが、この人がおじさんの言っていたレイモンド伯爵か?
そしてその老人と対峙しているのは、ローブを纏った俺よりも一回りは小さい男。
覗く顔は決して子供のような幼顔ではなく、いくつものパーツを組み合わせたような、歪で不気味な"仮面"を連想させるが……
それ以上に気になるのは、周囲で妙な動きをしている土や石の塊。
アレに先ほど、上空からの奇襲を邪魔された。
小男が気付いているような素振りを見せなかったということは、自動反応の類なのか。
中にはどう見ても形が『ゴーレム』のような、人型の形状に寄せたモノまで存在している。
そして問題は、肩越しにこちらを見つめている獣人だ。
(アルトリコさんよりもさらにデカいな……)
聞いていた黄と黒の縞模様はまさに虎で、容姿には個人差があるも、明らかに今まで見てきた獣人の中でも獣寄り。
背中を丸めていてもなお2メートルを優に超えるその体躯は、魔物と言われてもすぐに納得するほどの威圧感を発していた。
ふぅ――……
視線が合わされば余計に肌が粟立つも、このくらいであればまだ耐えられる。
【洞察】の結果が全てでないことは、ガルグイユ戦で既に判明していること。
大丈夫、きっと大丈夫だ。
「アンタ、誰?」
発せられた声だけは女性のモノだった。
双眸を細め、剣呑な雰囲気を漂わせながら放たれた言葉に、俺は素直に答える。
「ロキと言います」
「異世界人の?」
「そうですね」
「おぉ!?」
この答えに満足したのか。
小男はやや興奮したような声を上げ、虎女は裂けたと勘違いするほど大きな口で嗤いながら、ようやく身体をこちらに向けた。
引き摺るように、見覚えのある人を掴みながら。
「え? 町長……?」
周りと比べても際立って黒い肌に、土埃で汚れていようが雪のように白いと感じる頭髪。
それに今は力なく項垂れているけど、それでも分かる巨体は紛れもなくリプサムの町長だ。
まだ生きてはいるようだが……
アマリエさんといい、なぜこの町にいて、しかもランカー傭兵と戦っているんだ。
「ジルガ、アンタが頑なに『人』であり続けようとしたのは、コイツを待ってたから?」
「し……るか…よ……」
「うふふっ、向こうはアンタのこと知ってるみたいだけどねェ」
「……」
「まぁいいさ。現れるかも分からなかった『レア物』が、こうして目の前に登場してくれたんだ。アンタが呼び込んでくれたってんならお手柄もお手柄、お礼に最後は気持ちよく殺して――」
「あー、ちょっと待ってください」
間違いない。
このままだと、町長は確実に殺される。
「僕と戦いたいんですよね? なら二人は解放して街にでも帰してあげてください。そうしないと、このままマルタは捨てて王都に行きますよ?」
だから矢継ぎ早に告げたのは、目の前の『餌』が消えるという脅しだった。
二人の反応からして、東にいた傭兵連中と同等――もしくはそれ以上に俺と戦いたがっていることはまず間違いない。
強いからこそ、より金では得られない"特別な報奨"とやらが現実的に見えているんだろうからな。
虎女の言葉で、離れた位置にいる小男も動こうとしていた。
伯爵だけなら強引に救出もできそうだが、町長はたぶん難しく、二人共なんて以ての外。
ならば強者相手に力技より、口で攻めた方が可能性も上がるだろう。
どうせ王都にいる傭兵連中も報奨を目的に動いているのは変わらないだろうし、何より王都攻めには、3位のファニーファニーよりもさらに上位の傭兵が参加していると、投げ捨てた兵士から聞いているのだから。
「黙って行かせると思ってんの?」
「行けますよ。僕がどうやってここに来たか分かってます?」
「あぁ……そういえばアンタ、空を飛ぶんだっけ」
空を一度見上げ、納得したのか。
虎女がパッと手を放せば、町長は力なく地面に崩れ落ちた。
「ふん、バリーに取られるのだけは許せないからねェ……コイツを仕留めたらジルガ、アンタをもう一度"解放"まで導いてあげるよ。エヴィゲラ!」
「へーい。まさかのレア物とあっちゃしょうがないですね」
「この御恩は、必ず、のちほど……」
金属鎧を身に纏ったボロボロの伯爵は一礼し、横を抜けて町長の下へ向かっていくも、俺の視線が前方の二人から動くことはない。
先ほどのような、余裕のある相手とは明らかに違う。
ここからが本気の殺し合い。
だがこの程度を乗り越えられなければ、王都に向かったところでまず勝てる見込みはなくなる。
「姉さん。あの異世界人、見た目はガキのクセして、目つきがやべーんですけど……俺はあの目、苦手です」
「獣と同じ目してんねェ。エヴィゲラ、最初から全力で防御武装しときな。アタシらは傭兵、律儀に一人ずつ相手する必要なんてない」
返事もないまま口が僅かに動き、青紫の魔力が放出された途端、小男の体中に土や岩が生み出されては張り付き、重厚な岩の鎧が形成されていく。
(早い……それに、不思議な使い方だ)
次第に持ち上がり、巨大化していく小男の身体。
そのまま顔まで完全に覆ったその姿は、まるで人型の歪なゴーレムに搭乗したような恰好になっていた。
しかし、これでは終わらないらしい。
手に纏わりついていた大きな岩の塊は、次第に『盾』のような形状に変化していき――
ゴトン。
そのままなぜか両の手とも地面に落ちれば、落ちた岩の盾は自らの意思を持ったように、不規則な動きで周囲を旋回し始める。
その他にも時折視界を塞ぐように蠢きながら流れる土や岩の塊。
それらに意識を向けていれば、失った部分を再生するように、新たな岩の手が形作られる真っ最中だった。
「くははっ」
自然と漏れ出る笑み。
自分の知らない使い方をしている者が、目の前にいるのだ。
これらが果たして【土魔法】でできることなのか、それとも何か別のスキルが必要なのか。
当然のように二人のスキルは見通せず、その答えは分からない。
だが、殺せば分かる。
この『悪党』を殺せば、きっと――
「ねぇ、もういいじゃないの?」
待てないのか。
長い舌で口回りを舐めながら、虎女は言う。
ソッと視線を横に向ければ、肩を貸し、町長と共に町の方へ歩いていく姿はもうだいぶ小さくなっていた。
たしかに、このくらいまで距離が離れれば十分だろう。
ならば、まずはその性能を見させてもらうか。
俺も傭兵。
律儀に開戦の挨拶なんてする必要もない。
『放て、雷槍――
「あぁ?」
まずは不足している強さを補うために、
――高速で、外装を、ブチ貫けぇえええ!』
横の小男を、全力で殺す。
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