第349話 上位ハンター vs 上位傭兵

 何も状況は分からないし、ベザートの人達が知っているわけでもない。


 だからいつも通り上空に転移すれば、見慣れたマルタの街は、惨憺たる光景が広がっていた。


 街は至る所から火の手が上がり、上空まで聞こえてくるほどの怒号や悲鳴が、キプロとは違って今現在も戦争の只中であることを痛感させられる。



(覚悟はしてきただろ……今はやるべきことをやれ)



 俺が鎮火に回ったところで、どうにかなるような規模ではない。


 真っ先に向かったのは高確率で地下があり、子供を匿っている可能性の高いハンターギルド。


 急降下していく中で、入り口を守るように陣形を組みながら戦っている人達の姿が目に付き――その中には、見覚えのある顔もいた。



「イーノさん! それにラランさんも!」



 かつてBランクになるための昇格試験で戦った二人は、息はだいぶ荒いが大した傷もなく、しっかりと武器を握って扉の前に立ちはだかっていた。


 俺が空から降ってきたことで固まっている目の前の連中は――コイツらがヴァルツ兵か。


 揃いの鎧はなんとなく見覚えがある。



「はぁ……はっ……あ、あん時のガキか……!」


「あんた……いったいどこから現れたのよ……!?」


「それよりも、どこだってマズい状況なのは百も承知ですが、その中でも僕が向かった方が良いのはどこですか?」



 ここでハンターギルドを守るのが一番というのならそうするが、厄介なのはどれほど混ざっているか分からない傭兵連中だろう。


 これだけ広い街の中を闇雲に探し回るくらいなら、何かしらの情報を貰ってから動いた方が効率も良い。


 そう思っていると。



「ロキ君! ここはまだ大丈夫ですから、街の東に!」



 聞き覚えのある声だった。


 振り向けば、ハンターギルドの中から顔を出したのは、かつてリプサムで救出したヒーラー職のアマリエさん。


 なぜ、ここにいる?


 そんな疑問が真っ先に浮かぶも。



「そ、そうね。北と西から入ってくるヴァルツ兵くらいは、まだ私達でなんとかなるわ! どうせならあんたは傭兵を殺って!」


「詳しいことは分からねぇけどよ! 俺達じゃ勝てねぇような傭兵連中が東に相当な数いるって、ギルマスも東で応戦してるはずだ!」



 今はそんなことを気にしている場合じゃないな。


 東か……そこに縞模様のバカデカい獣人と、歪んだ顔の小人がいるのか。



「き、貴様らぁあああ! 何を呑気にしゃべっているか!」



 我に返ったのか。


 怒声を上げながら剣を振りかぶるのは、事態が飲み込めずに固まっていたヴァルツ兵の一人。


 その剣は真っ直ぐに俺の首元へ振り下ろされるので、気にせず飛びながらそいつの首を掴み上げる。


 丁度良い、あとは俺を殺しにかかったコイツから詳しく聞かせてもらうか。



「それじゃここはお任せしますからね。皆さん死なないでくださいよ!」


「ご武運を!」


「てめぇも死ぬんじゃねーぞ!」


「あんた強いんだから、一人でも多くぶっ殺してきなさいよ!」



「ま、まてまてまてぇえええええええ!?」



 ――【回復魔法】――『オートヒーリング』



(これくらいしかできないけど、頑張って)



 振り返ってまで反応を確認したりはしない。


 男を捕まえたまま再び上空へ舞い上がり、周囲を一瞥。


 その後、やたらとお喋りしてくれる男の情報を整理しながら、俺は東へ向かった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「オルタッ!」



 真っ先に目を引いたのは、舞いながら飛来してくる盾。


 そして奥で転がるように吹き飛ばされていくAランクハンターと、その後を追うように迫る鋭利な氷塊を横目で捉え、思わずその者の名を叫ぶが。



「ぬ…ぐおっ……」



 横腹に強い痛みを感じ、思わず握っていた槌矛を手元から落としたオランドは、よろめきながらも後退した。


 視線を戻せば牙を剥き、赤く染まったナイフを逆手に迫る獣人。


 僅かな隙を突かれた――そう感じながら、咄嗟に両腕で顔を守れば



「ぬぉおおおおおあああああッ! シールドバッシュッ!!」



 腕の隙間から見えたのは、仲間が盾に肩を寄せたまま目の前の敵に突撃し、そのまま勢いよく吹き飛ばされていく獣人の姿だった。


 飛ばされた敵はすぐに起き上がろうとするも、衝撃で手放し、宙を舞っていた短剣を掴んだ老人に喉元へ投げられ、そのまま動かなくなる。


 もう何度目か。


 目立つ動きをする者がいなくなったことで訪れた、一時の静寂。


 お互いが出方を窺うように警戒する中で、決して敵から視線を外すことなく、オランドは謝罪の言葉を口にした。



「ノディアス、それにウィルズ殿も、済まない……」


「問題ありません。それより、傷は?」



 ウィルズに言われてソッと視線を落とせば、痛む箇所を押さえていたオランドの手は、血で赤く染まっていた。



「くっ……はぁ……もう、うちのヒーラーも魔力がほとんど残っていない。ポーションで、なんとかなりそうか?」


「あぁ……この程度なら問題ない」



 咄嗟に吐いた嘘。


 既に所持していたポーションなど使いきっていたが、この誰もが苦しい状況で余計な心配など掛けてはいられない。


 オランドはそう判断し、内心弱くなったものだと自嘲しながら平然を装う。


 右目は潰され、左手は裂傷と深い火傷でろくに動かない。


 Aランクハンターとは言うも、まともな戦闘や訓練の記憶なぞ遥か昔で、少なくともここ10年ほどはギルドを大きくすることしか考えていなかった。


 それでも――そんな自分でも、ここで一人でも多くの傭兵を足止めし、仕留めなければならない。


 オランドはフラつきそうになる足取りを隠しながら、細く息を吐いて前方を睨み付ける。


 ヴァルツ側は――、減ってもなお、40以上はいる。


 対してラグリース側は最初から30にも満たず、その中から既に10名近い死者を出していた。


 強者が増えたと言っても、それは『魔宝石』を求めてであり、決してこの国を守るためではない。


 一攫千金を夢見た他国の者が、報奨もない防衛戦に参加する意味はなく、マルタに向かって行軍しているという報が入った途端、潮が引くようにこの街から多くのハンター達が去っていった。


 残ったのはラグリース出身の者――その中でも一部だけが、祖国を守るために奮い立った程度。


 それでもまだ戦いになっているのは、仲間同士が連携しているか否か。


 個人の報奨や武勇を狙う傭兵連中にチーム戦の動きはほとんど見られず、逆に阻害するような行動も垣間見えるため、まだ辛うじて『膠着』と言ってもいい程度の状況にはなっていた。


 だが。



「ダメだ、オルタがやられた!」


「くそっ、タンクが……」


「オ、オランドさん。3番隊はこれでもう残り4人、1番と2番に無理やり分けるしかないぞ」


「だが、そうすると右方はどうする……?」



 その均衡が崩れるのも時間の問題。


 多くがそう感じていただけに――



「さすがに、厳しくなってきたな……」



 ――唯一のSランクハンター、ノディアスのこの言葉が、周囲で武器を握る者達に深く刺さる。


 如何ともしがたい戦力差に加え、体力と魔力の枯渇。


 それは相手にも言えることのはずだが、数の問題か。


 敵はまだ余力があるようにも見えた。



 この状況でいつまで戦い続けるのか。


 戦い続けた先に、この街が救われる未来は果たしてあるのか。



 ――続く声がない中。


 静かだからこそ、はっきりと聞こえてくる『音』に反応し、オランドは一度、街の方へ振り返った。



「ここで引けば、街の中でコイツらは暴れ、大勢が死ぬ……そうだろう?」



 厚い城壁を通してでも、街の中から響く数多の叫びは聞こえてくる。


 指揮を取ることはできなかったが、街の中を守るハンター連中は上手くやれているのか。


 そして、遥か遠くからも。



 ドン――……



 幾度となく轟いていた音が、まだ僅かに聞こえていた。



「そうだな。この音、レイモンド伯爵が未だあの化け物と戦われているのだ。本来ならば我らが救援に向かわねばならぬところ……先に心折れては申し訳が立たぬ」


「折れる前にやれること、できることはまだありましょう」


「……ウィルズ殿、この状況で優先して倒すべき敵は?」


「後方にいる深い緑色の頭髪をした人間が【氷魔法】に特化していますが、他は弱い。中央と右方の間に立つ褐色の獣人も、唯一覗ける中では補助と回復に特化しているので優先すべきです」


「そうか……ならば俺が前に出て敵を引きつけよう。動き出したやつらから頼む」



 そう言いながら、オランドは先ほど宙を舞い、近くに投げ出されていた仲間の盾をゆっくりと拾い上げる。



「オランド、盾も扱えたのか?」


「……あぁ、オルタほどではないがな」



 身体を捻るだけで腹部に激痛が走るのだ。


 槌矛を振り回すことはもうできそうもない。


 だが、コイツなら持てる。


 握り、身を寄せ、耐えることならまだできる。



「……」



 ウィルズから向けられた視線を避けるように、2歩、3歩と敵の方へ進めれば、一瞬にして視線が集まり、場の緊張が急激に高まっていく。


 だからか、派手に盾を地面へ突き刺し、オランドは敵に向かって腹の底から吼えた。


 鬼の形相で、自分を奮い立たせるために。


 自らに残された役目を、全うするために。



「うぉらぁあああああああ!! かかってこいやクソ傭兵共がぁあああああああッッ!!」



 ――ざわっ――……



 感情が破裂したかのように、数名の傭兵が目を見開きながら地を蹴り上げた時。



 ズンッ!!



 両陣の間に物凄い速さで何かが飛来し、一瞬にして砂埃を舞い上げる。


 何事か――。


 誰もが動きを止めて見つめる中、目の前の砂塵ではなく、自分達の後方に目を向けたのは、この場にいた老人ただ一人。



「その叫び声、良い目印になりましたよ」


「ロキ様……?」

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