第309話 マリー様の威光
ふーむ。
残念というかなんというか。
落札した『技能の種』は淡く光る枝豆のような豆粒で、食せば案の定スキルポイントが『1』増えるだけの効果だった。
想定していたとはいえ、見事なまでの予想最低値。
これで1粒1.5億超えとか、どれだけ後半のレベル上げが重要なんだって話である。
そして『薄い技能の青書【漁猟】』は、持っていても何も変化はないが、本を開けば眩く光り、そのまま溶けるように消えてゆく。
ステータス画面を確認すれば、【漁猟】の経験値は20%。
地下30層にいたハンター達から奪った【遠視】では、スキルレベル6に対し1%も経験値が伸びなかったので、『技能の書』は経験値量が固定のアイテム。
薄い方がスキル未取得時で20%――スキルレベル1の魔物1匹相当ということで確定だ。
ついでに『職業の青書 『
やっぱり俺は、『職業の書』を使っても就職はできないらしい。
はぁ――……
『水』
「う……うぐっ……、ゲホッ! な、なんだ……?」
「あぁ、ようやく起きてくれましたね」
頭から水をぶっかけること数回。
随分と深く眠ったものだなと自分のスキルに感心しながら、地面に横たわっていた素っ裸の男を見下ろす。
「こ、ここは……? き、貴様ッ! この私に何をした! いったいここはどこなのだ!?」
「余りにも煩いんで、薬で眠らせてからこの森に運んできたんですよ」
「は、運んできただと……? いや、それよりもだ! こ、こんなことをマリー様の使いである私にしておいて、ただで済むと思っているのか!?」
「さあ」
「な、なんだその気の抜けた返事は……マリー様に本気で喧嘩を売ると受け取っても良いのだな!?」
「ん~そうなっても仕方がないですねぇ」
「は……?」
一瞬、想定外の事態に男の思考は停止したようだが……
すぐに左右へ首を振り、歪な笑みを浮かべながらクツクツと笑い始めた。
「くくくっ。これは驚いた……驚きで笑いが込み上げるなんて初めての経験だ」
「それはそれは、おめでとうございます」
「ここまでのマヌケは未だかつて見たことがない。ふははっ、貴様の主もどうせ、どこぞの田舎貴族なのだろう……?」
「……」
「いいだろう。確実に殺してやる。貴様も、貴様の主も。ふふ……家ごとだ。それこそ一族郎党皆殺しにしてやる」
「随分と威勢の良いこと言ってますけど、どうやって? まずあなたじゃ弱過ぎて兵士の一人も殺せないでしょう? 【算術】が多少得意なくらいで、あとは特筆すべき能力なんて何も無いんですから」
「……ッ。き、貴様ぁ……そんなもの、私がマリー様に告げればすぐにでも動いてくださる!」
「そんな簡単にトップを動かせるほど、あなたが重い立場に就いているとは思えませんけどね。まぁ仮にそうだとして……んで? どうやって告げるんです?」
「?」
「だからどうやって、あなたの大好きなマリー様にこの事実を伝えるんですか?」
現状を脱せられるようなモノは何もない――そう分かっていながら訊ねる。
この男の所持スキルを覗けば既知のモノばかり。
そんなことはオークション会場で最初に絡んできた段階から分かっていたことで、それでも念のため、真っ先にこの男の身包みを剥いで、所有物は全て俺が『収納』した。
それっぽい魔道具があれば、今後ありがたく活用させていただくつもりだったんだけどなぁ……
ラグリースが古代の魔道具として本に記すくらいだし、遠距離の伝達魔道具なんて仮に存在していたとしても、こんな男が簡単に持てるような代物ではないのだろう。
「マリー様は明日、サヌールへお越しになられる。その時、落札を妨害した者がいると伝えれば……ふはははっ、逆鱗に触れることは間違い無しだな!」
「ふーん、明日ですか。で、あなたはどうやってここからサヌールに帰るんです?」
「だから早く送り届けろこの小童がッ!!」
「殺す殺す言われてるのに帰すわけないでしょう。というか」
「ふざけるなよ貴様! 私はマリー様の使いなん―――」
「あなた、ここで死ぬんですよ?」
「は?」
「もしかして、マリー様の名を出せば生きて帰れるって、ずーっと思ってました?」
少し現実を理解し始めた。
そんな顔つきに変わってきたが、まだだな。
まだこの男は『マリー様の威光』で目が曇ったままだ。
「……ふははっ、もしそんなことをしてみろ。貴様、マリー様に殺されるぞ?」
「あなたのことを逃がしたって殺されるなら、逃がさないようにするのが普通ですよね。そうしたらマリー様にも誰がやったかなんてバレないでしょう? あなたは一生"行方不明"のままだ」
「……ふ、ふふ。そうか、そうだな。では、そういうことなら不問にしてやろう。マリー様には内密にしてやるから安心しろ。だからまずは服を返せ、そして私を町に送り届けろ」
「嫌ですよ。『悪党』なんて信用できませんし、あなたがこのまま行方不明になれば、あなたの落札物は僕の物になりますしね」
「ッ!!!? き、貴様ァアアアアアアアアアアッ!!」
「気付くのが遅いですよ。もしあなたの大好きなマリー様が明日サヌールに来て、落札物を何一つ持ってこないとなったらどう思いますかね。裏切られたと思って、それこそあなたの周りまで皆さん殺されちゃうかもしれません。えーと、"一族郎党皆殺し"でしたっけ?」
「ッ……ま、待て。ちょっと、待ってくれ」
やっと、だな。
ようやく現実を直視できたようで、この男の顔が急激に青ざめる。
全て自らの言動が招いた結果。
ならばそっくりそのままお返ししてあげよう。
「オークション落札物を身勝手に奪おうとするから逆に奪われ、安易に皆殺しなんて口にするから、あなただけではなく周りまで報復を受けるような憂き目に遭うんです。因果応報ですね」
そう言いながら立ち上がり、改めて男を見下ろす。
「あぁ、ここは絶対に誰も助けは来ませんし、抜け出すこともできません」
「ま、待て……」
「諸事情で僕があなたを殺すことはありませんが、周囲はあなたじゃまったく手に負えない魔物だらけですから、きっと綺麗にあなたの身体を食べてくれるはずですよ」
「待ってくれ、頼む……」
「それでは、お疲れ様でした」
「済まなかった!! 待ってくれぇええええ!!」
響き渡る、男の懇願。
その声に釣られ、枝を踏み鳴らしながら現れたのは、先ほどまで俺が【威圧】で近寄らせないようにしていた――しかし今は、【挑発】によって逆に興奮状態のゴブリンウォーリアだった。
あくまで標的は俺だが。
男の背後に立つ俺に向かって走り寄る魔物を視界に収め、自分自身の死を悟ったのだろう。
膝を突いたまま、一歩も動かずに頭を両手で抱える男に目をやり――
ここまでやればもういいだろうと、ソッと耳元で声を掛ける。
「僕の言うことを聞くのなら、助けてあげてもいいですけどね」
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