第283話 ギニエ浄化作戦

 目立たぬ明け方の時間帯。


 上空から慎重に町全体を確認していたが、例の兄弟は俺の【探査】に引っ掛からなかった。


 昨日も時間帯を変えて数度確認したものの、兄弟やこの町に住んでいるという領主の行方は知れず。


 理想は真っ先に頭を潰してしまうことだったのに、こうも居場所が分からなければどうしようもない。


 そもそもとして、この町にいない可能性も出てきてしまう。



(こうなるともう、手足から千切っていくしかないか……)



 どうしても手荒な方法になるが、見当たらないなら、騒ぎを起こしておびき寄せるしかない。


 覚悟を決め、大きく息を吐きながらいくつかのポイントを確認。


 次善の策を、闇に紛れて遂行していく。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「あぁ~眠っ……」


「なんだ飲み過ぎか? 途中で寝んなよ?」


「いや、"肉の日"でついつい盛り上がっちまってな」


「おまえ、まさか……また地下置屋から連れ出したのか?」


「へへ、あのスリルと、逃げられねぇのに逃げる感じが堪らねぇんだ。塀の外には出してねーから安心しろよ」



 大欠伸しているところを見られて門番に突っ込まれるも、コイツはちょっといけねぇと自分でも分かる。


 本気で寝ちまいそうな気配に、小袋から取り出した眠気覚まし用の薬草を口に放り込んだ。


 うぇぇ……


 相変わらずの苦みだが、それでも頻繁に飲み過ぎたのか、だんだんこの味にも慣れてきて効きが悪い。


 もうちっと強めの薬でも、今度見つけておかねーとなぁ。



「おう、タイラン。今日はどこまでだ?」


「『マリーク』の町までだ。戻りは明後日の夜だな」


「了解した。途中で寝るんじゃねーぞ」


「みんな同じこと言うんじゃねーよ。それ、今日で4回目だぞ」


「目が半分以上塞がってっから言ってんだよ! 荷を失ったらアシュー様に――……って、おい! ガキが乗ってんぞ!?」


「マ、マジだ! 脱走か!?」


「はぁ!?」



 眠気が、一瞬で吹き飛んでいく。


 検問担当のヤツラが俺に向かって叫んでるってことは、俺の馬車に紛れてるってことだ。


 脱走の手助けなんかしたと思われたら、確実に、俺は……



「じ、冗談じゃねーぞ!?」



 咄嗟に御者台から飛び降りて馬車の背後に回れば、幌馬車の入り口を塞ぐように仲間が武器を向けている。


 中を覗けば――、見覚えのないガキだ。


 小汚い服に小汚いローブ。


 木箱の隙間に隠れ、膝を抱えてビクついてやがる。


 どう考えても町ん中のガキ……俺の馬車を利用しようとしやがって……!



「このクソガキが……ッ!」


「おいタイラン! 一応確認するが、このガキを助けようとはしてねーよな?」


「当たり前だろが! こんなガキ一人を外に連れ出して俺になんの得がある!?」


「だが、を積まないように確認してから町を出るのも、荷運び担当の義務だろ?」


「そ、それは、そうだが……」



 サボってたなんて言えば、余計に立場がマズくなる……でも実際にそんなことやってるやつなんてそんな見かけねぇ。


 強引に脱走しようとすればどうなるかなんて、死にかけの老いぼれから赤子まで、この町のヤツラは全員知っているはずなんだ。



「規則だからな。タイラン、今日の荷運びは中止だ。後は査問の時に自分の口で説明しろ」


「ま、待ってくれ! 俺は本当にこんなガキ知らねぇんだって!」


「「……」」



 いつもは気安く話しかけてくる連中が、今はまるで腫れ物を扱うように視線を逸らし、ガキを強引に馬車から降ろそうとしていた。


 横目には、さっき話していた門兵が、縄を握って俺に迫ってくる。


 冗談じゃねぇよ……冗談じゃ……



「冗談じゃねぇぞおおおお!!」



 査問に掛けられたやつらで、五体満足のまま戻ってきたのなんてほんの一握りしかいねぇ!


 ならば、せめて、ここでグルじゃないことの証明を……!




「僕を、殺そうとするんですか?」




 ナイフを強く握ったところで、馬車から引っ張り出されていたガキが口を開いた。



 なんだ……?



 ジッと俺を見つめ、雰囲気がさっきとは違う気もするが――もう、止まれない。


 おまえのせいだ。おまえが紛れ込んだせいなんだよ。



 おまえをここで殺せば、まだ俺は――




「俺はおまえなんか知らねぇんだよ! 死ねや!!」





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





(最初の分岐はこっちね)


 そう思いながら、男の突き出したナイフを奪ってそのまま腕に軽く斬りつける。


 ここのギルマス、ホレスさんから、町を無理やり抜け出そうとした場合にどうなるかは聞いていた。


 大通りが交差する町の中心地に、膝下から切断された両足が置かれ、脱走した者の末路として見せしめにされると。


 だが荷運びや検問をしている者達が、どこまで関与しているのかは分からない。


 だからバーナルド兄弟の一味で、かつ巻き込んで仲間内に殺されても一切罪悪感の湧かないクズを候補に選んだ。


 脚を失っている女性をわざわざ野外で嬲り、弄んでいたんだ。


 その場で執行しなかっただけ感謝しろって話である。



「ってぇえ!?」


「……え?」


「な、何が起きた!?」



 ナイフを奪われ、血を垂らしながら傷口を押さえる男。



「き、貴様ぁあああ!」



 この予想外と言える状況に、いち早く動いたのは門兵だった。


 所持していた槍を突き出しながら向かってくる姿に触発されたのか、横にいた検問担当の2名も剣を構えるので、これ見よがしにナイフでゆっくりと、苦戦しているかのように装いながら、少しずつ相手の皮膚を斬り裂いていく。


 そうすれば、固まっていた一部の御者が。


 護衛役としてついていた、人相の悪い男達が。


 様子を見ていた商人風の男が。


 もう片方の道を検問をしていた者達も、騒ぎを聞きつけ武器を片手に走り寄ってきてくれた。



 最初は珍しい玩具を見つけたような、好奇の視線を向ける者も多かった。



「ぐあっ……ち、血がっ」



 だが、味方の傷が増えてゆくにつれ、戸惑いを感じだし。



「あ、足を刺された!」



 少しずつ焦燥に駆られていく。



 そして、やっと一人、慌てたように町の中へ駆け込んでいく姿を見届け――



「あはっ!」



 もう用はないと、逃げ出す者も含めて綺麗に始末し、死体や主を失った馬車は、馬だけを残して全て『収納』していく。



『【調教】Lv1を取得しました』


『【酒造】Lv1を取得しました』


『【採掘】Lv4を取得しました』


『【獣語理解】Lv1を取得しました』


『【調教】Lv2を取得しました』


『【泳法】Lv1を取得しました』


『【逃走】Lv5を取得しました』


『【拡声】Lv4を取得しました』




 ――【探査】――『バーナルド兄弟の一味』。



 ……なるほど。


 周囲には数台残った御者のいる馬車。


 その中の一人に視線を向ければ、男は股間を濡らし、悲鳴を上げながら地面へ転げ落ちる。


 唯一武器を握らなかった敵側の人間と、他はただ茫然としている普通の商人達。


【探査】だって万能なわけではなく、どこで『一味』の線引きを引いているのかなんて分かりはしない。


 言葉を少し変えただけで、一切反応しないなんてこともあったりする。


 ならば、ここまでだな。



「あなただけは償う気持ちがあるなら、この辺りで待機しておいてください。罪を背負ったまま逃げようとしたら死んじゃいますよ?」



 そう言い残し、俺はを出迎えるために町の中へと踏み込んだ。

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