第262話 鍛冶工房バルニール
グロムさんから聞いていた鍛冶師の店『バルニール』という店に向かえば、町ゆく人が高確率で知っているのも納得というほどの大きく綺麗な建物が待ち構えていた。
だが中に入れば、本当にここは鍛冶屋なのだろうか? と首を傾げてしまう不思議な光景が。
壁際には展示装備品が飾られていて、素材は下位っぽいけど「あぁ、こりゃカッコいいね」って、素直に思えるデザイン性の高い品がいくつも確認できる。
そして長いカウンターにはドワーフ、人間、獣人とそれぞれ種族の違う女性が一人ずつ座っており、チラリと見える奥の工房には、少なくとも6人の男性ドワーフが作業をしていた。
カウンター背面の壁には代表的な鍛冶師になるんだろうか。
それぞれ異なる顔をしたドワーフの絵画が4枚飾られていて、一応グロムさんから最高峰の鍛冶師がいるお店とは聞いていたけど、どうにも鍛冶師を纏める『総合工房』といった印象が強いな。
「あのー武器と鎧の新調を検討していまして、お話を伺いたいんですけど」
「はい、ありがとうございます。具体的な素材や形状などはお決まりですか?」
「素材? んーと、まだよく分かっていなくてですね。できれば凄く良いやつにしたいんですが……」
なんか、自分で言ってても恥ずかしくなる回答だ。
でもお金を気にしない場合、いったいどんなものなら作ってもらえるのか。
その判断基準が何もないので、まずはそこから教えてほしい。
受付のドワーフ女性は一瞬微笑ましそうな視線を俺に向けるも、すぐに気を取り直してカウンターの下から大きな木板を取り出す。
「当店はロズベリア四頭工匠にも選ばれている『バルク』を筆頭に、他の三工匠とも連携して装備を製作しております。なので上はSランクの装備作成も可能ですし、過去にはSSランク装備の製作にも携わった実績があります」
「おぉ……」
しかし、そのまま差し出された木板を眺めれば、「お、おぉ……っ?」と、金額を見て思わず声が上ずってしまう。
【武器製作料】
Sランク相当武器(3等級)・・・1億5000万ビーケ~ ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途5000万ビーケ
Aランク相当武器(4等級)・・・3000万ビーケ~ ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途3000万ビーケ
Bランク相当武器(5等級)・・・800万ビーケ~ ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途300万ビーケだが四頭工匠は不可
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【防具製作料(鉱物加工)】
Sランク相当防具(3等級)・・・3億5000万ビーケ~ ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途8000万ビーケ
Aランク相当防具(4等級)・・・1億ビーケ~ ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途5000万ビーケ
Bランク相当防具(5等級)・・・3000万ビーケ~ ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途500万ビーケだが四頭工匠は不可
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いやいやいや、バカ高ぇんだけど?
上位ランクしか興味がないので、そこだけに着目して比較していたわけだが、特に防具の製作料がヤバ過ぎる。
まぁ……理由は分からなくもないのだ。
これはきっとダンジョンのせいで、なぜか分からないけど、ダンジョンでは現物やさらに大当たりの特殊付与付きを引いても、武器と装飾品しか出ないと書かれていた。
だから防具はどうやっても高レベルスキルと、卓越した技術を持つドワーフに製作依頼するしかない。
だから高い、高くても依頼がくる。
きっとそういうということだろう。
しかし、これは――
「この製作料って『最低』って意味ですよね?」
「そうなります。武器ですと短剣ほどの小型サイズならばという値段です」
「もしこの武器と同じくらいのショートソードをSランク素材で作ってもらうとしたら、製作料はおいくらに?」
「その程度のショートでしたら2000万加算で済みますから、製作料は1億7000万ビーケになりますね」
「そ、素材料は、どのくらいかかるのでしょう……?」
「アダマンチウムはかなりの希少素材な上に人気も高いので、そのショートサイズと言えど、軽く5億以上は……まず、それだけの素材を集めるのが大変だと思いますよ? 皆さん何年も掛けて少しずつ素材を集めるものですから。もしお金に糸目をつけないということでしたら、当方の素材収集サービスを利用されれば、かなり期間を短縮できると思いますけどね」
「……」
あっれー。
こんなところでMMOっぽくしなくていいんだけどなー。
武器作るための素材集めに年単位とか、俺がやってたゲームかよ!
その後もAランクに落とした場合の総額費用や製作期間、指名料の意味とその効果などを確認していく中で、マルタのギルマス、オランドさんが以前に"阿漕な商売"と言った意味が分かってきた。
良くも悪くも、ここのドワーフ達は賢いのだ。
まともな上位装備を作れる人が限られている中で、その者達が結託し価格を統一させる。
それだけでなく、四頭工匠と呼ばれるネームバリューを持ったドワーフ達は、直接の依頼受注を断ち、窓口をここ『バルニール』に統一させている。
だからこその指名料なのだ。
それもあって職人は自分達にしかやれない職人仕事に専念することができ、作業に無駄な被りや空きが発生しないように受注管理もされ、おまけに客側からすれば割り当てが分からないため、担当という希望を付ければさらなる費用を要求される。
それぞれが個人でやっていれば手に入らない指名料という別収入も、窓口の統一化をさせただけで一部の客が勝手に払ってくれるわけだ。
そして客側は、世界が狭ければ、この値段の高さに気付けない。
気付いたとしても、移動手段とその移動に費やす時間のロスを考えれば、上位ハンターほど値段に納得せざるを得なくなる。
淘汰されていないということは、質でしっかり納得させているんだろうしな。
【防具製作依頼料(レザー加工)】
Sランク相当防具(3等級)・・・3億ビーケ~ ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途8000万ビーケ
Aランク相当防具(4等級)・・・6000万ビーケ~ ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途5000万ビーケ
Bランク相当防具(5等級)・・・2000万ビーケ~ ※素材料は別途 鍛冶師指名は別途500万ビーケだが四頭工匠は不可
見せられた木板に書かれていた、レザー加工装備のランク分け料金一覧。
今のBランク防具を250万ビーケの製作依頼料で作ってもらった俺からすれば、冗談だろ? って思うような値段設定だ。
でも悪いことじゃない。
俺個人の気分はクソ悪いが、こんなの法整備がまともな日本だって当たり前のようにしていること。
金のためにズル賢くなる人の醜い部分が、今回は少し垣間見えてしまっただけだ。
(ローエンフォートのあのドワーフ、もしかして村八分にでもされたのかな……)
こんな時、足並みを揃えられないやつがバカを見る。
どんなにそれが実直で、善行に溢れた行いだとしても、利害が対立すれば潰し潰されるのが人間だ。
それは子供の頃から、当たり前のように――
(嫌だねぇ……)
実際にどうだったのかは当人にしか分からない。
俺が知っていることは、ここで2000万ビーケの製作依頼を250万ビーケ程度で、しかもここだと先行製作依頼の費用を追加で払っても20日待ちのところ、6日で仕上げてくれた人がいるという事実だけだ。
俺は丁寧にお礼を言ってから店を出て。
もし作ることが可能ならば、やっぱりあの人に。
お金の話だけではなく、自分自身が信じられる『良い人』にお願いしたいと、少し寄り道をしてからローエンフォートへ転移した。
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