第260話 2ヵ国目

 ラグリースの王都ファルメンタ。


 その中にある商業ギルドへと向かい、そのまま3階へ。


 記憶に残るテカテカ七三頭を探せば、それっぽい頭は奥で机に向かって何かの作業をしていた。



「ワドルさーん」


「ん? あ、ロキさんじゃないですか。わざわざこの階にどうしたんです?」



 普通は用があっても1階だからね。


 まさかもう次ができたとは想像もしていないのだろう。


 だから、



できましたよ~」


「うぇッ!? ででで、ではすぐにコチラへ!」



 羊皮紙をヒラヒラさせながらこんなことを言えば、慌てるのも当然なわけで。


 個室に誘導され、書き写した『ヴァルツ王国の国内地図』を見せれば、ワドルさんは分かりやすく息を飲む。


「あ、あれから2ヵ月ほどしか経っていないと思いますが……もう、できたのですか?」


「飛んで移動してますしね。どうぞ、詳しい方がいるなら確認してもらっても構いません」


 そう言うと黙って頷き、地図を持ったまま奥に走っていくワドルさん。



 当初は本当にこの方法でいいのか、かなり悩んだものだが……対応の早さを考えれば、やっぱりこれで良かったなと思ってしまう。


 出来上がった『ヴァルツ王国の国内地図』をヴァルツの商業ギルドに卸すか、それともラグリースの商業ギルドに卸すか。


 公平を期すならもちろん前者だろう。


 どちらも国を跨いだ独立組織とは言え、ハンターギルドと違い所属国との関係はズブズブで、商業ギルドも暗にそれは認めてしまっている。


 ともすれば、このやり方は一方的にラグリースのみが情報を握る可能性も出てきてしまうわけだ。


 だがどう予想しても、ヴァルツ王国の商業ギルドに地図販売を一任するのは困難。


 できなくはないだろうけど、かなり時間がかかるという結論になってしまった。


 なんせ俺にはヴァルツ王国での後ろ盾がまったくないし、そんな関係を築こうとも思っていないからね。


 この地図は信用できるのか? という大前提で当たり前の疑問から始まり、それを証明してくれる人もいないとなれば、持ち込んだ手書きの地図など所詮は子供の落書き。


 持っていったところで委託販売の許可など下りないことは必至で、最悪は精査するとか言って地図だけ押収されて有耶無耶にされてしまう可能性もある。


 証明するための手っ取り早い手段は、繋がりのあるラグリースの商業ギルドへ確認を取ってもらうことで、そこでラグリースの王国内地図も俺が作ったという話が出れば、そこでやっと俺個人の信用が少し得られるといったところだろう。


 なら、もうね。


 色々と手順を踏むのが面倒だし、既に取引のあるワドルさんのところへ持っていった方が早いってわけだ。


 所持金総額からすると、俺もラグリースの商業ギルドから信用を得られてきたっぽいからな。



「だ、大丈夫です! と言ってもヴァルツ王国にそこまで詳しい人間はおりませんでしたが、把握していた町の配置に違和感を覚えないからこれで大丈夫だろうと。疑ってはいませんでしたが……いやはや、何よりもこの速さに驚かされますね」


「いえいえ、後々のトラブルは面倒ですし、多少慎重なくらいの方がこちらも安心できますよ。ラグリースの地図も、やっと精査が終わって売り始めたところでしょう?」


「え……いや、はは……そ、そんなことはありませんよ? 生産準備に多少手間取りましたけどね」



 誤魔化してるけどバレバレだな。


 ベザートに地図のお土産を持っていった時、ヤーゴフさんは素で驚きの表情を見せていた。


 つまり情報に敏いあの人が、俺が立ち寄ったあの時に初めて地図の情報を知ったということになる。


 ということは俺がヴァルツの主要狩場を巡っていた1ヵ月以上の間、国主導の詳細地図を作りながら、商業ギルドは地図の精査を最低限進めていた。


 そしてやっと販売に着手し始めたため、最近になって俺の総額表示の方に、不可解なお金の変動が見られるようになったというわけである。


 もしかしたら俺がベザートのお土産用に、自分で購入したのが切っ掛けだったのかもしれないな。



 まぁそんなことより、本題はここからだ。


 俺はばあさんと個人的な付き合いがあるというだけで、特別ラグリースに肩入れをするつもりはない。


 地図という余計な情報が入ったせいで欲を出されても困るし、ここだけはしっかり忠告させてもらう。



「それでこの地図、必ずヴァルツ王国の商業ギルドと手を組んで販売してもらいたいんですよ」


「と、言いますと?」


「今回こちらに持ってきたのは、ヴァルツ王国の商業ギルドと一から関係を築くのが面倒だったからです。そこまでの時間が僕にはありません。かと言って、僕はラグリース王国へ一方的に肩入れをしたいわけでもない」


「なるほど。ヴァルツでもしっかり売れと、そういうことですね?」


「まさに。ラグリースという自国の地図をヴァルツでも販売するかどうかは非常に勇気のいることでしょうから、僕が口を挟むべきではないと思っています。交易面でのメリットや人の流入、商業ギルド全体としての販売収益を上げるなら他国でも売れば良いでしょうし、防衛面のデメリットを考えるなら、信用のできる自国の商人などに裏で販売というやり方のままでも良いと思います。ただし、ヴァルツの地図をラグリースでしか売らないということなら、僕はこれ以上他国の地図をここで卸せなくなります」


 まだ所詮は2ヵ国だ。


 どこも地図が完成されていて同条件下ということなら別だが、自分達だけが情報を晒すというデメリットの方が今はまだ高いんじゃないかなと思っている。


 追々は広がっていくだろうけど、まだ一部の者しか地図は手にできていないわけだしね。


 だから無理をしてでも売り捌けなんて言うつもりはない。


 求めているのは、ヴァルツでもしっかり自国の地図が販売されてほしいという一点のみ。


 結果ラグリースとヴァルツが双方で、2ヵ国の地図をそれぞれ販売していくのか。


 それとも自国の地図だけを双方が取り扱い、情報を回したということでヴァルツで上がる売り上げの一部をラグリースが受け取る流れでも作るのか。


 商業ギルドの財布事情が分からないので、あとはギルド内で好きにやってくれってところだが、この条件が飲めるなら俺は今後も地図を作り、そしてここに卸すということを付け加えておく。


 地図の収入なんてあくまでオマケだ。


 大きく稼げるならそれに越したことはないが、俺の知る世界が広がり、この世界に住んでいる人達の世界も広がり、そのついでで何かの足しになる収入が得られればそれでいい。



 結局は前回同様、販売価格を一任した上での売り上げから15%が俺の取り分ということで契約完了。


 さすがにどう販売していくかはヴァルツ王国側の商業ギルドと協議が必要とのことなので、また次の地図が出来上がった頃にでも結果を聞くという話で合意した。


 ヴァルツ王国側の商業ギルドとは言うが、どうせその前にラグリースの上層部とも話し合いが行われることだろう。


 まぁばあさんなら無茶なことをするとも思えないので、とりあえずは放っておいても問題ないと思われる。




 というわけで、《エントニア火岩洞》のある『ローエンフォート』からそのまま東へ。


「すみませーん、お邪魔しまーす」


 一人謝罪の言葉を口にしながら、俺はあっさりドワーフの国――フレイビル王国へと足を踏み入れた。


 と言っても関所を通過しない、上空からのズルい入国だ。


 その分いっぱい素材卸して貢献するから許してくださいと心の中で呟き、エイブラウム山脈を左手に見つつ直進していく。


 Aランクハンターグロムさんからかつて聞いた情報だと、険しい山脈群の麓に鉱山夫達の住む町が点在し、その先にはAランク狩場 《クオイツ竜葬山地》を有するフレイビル最大の都市『ロズベリア』が。


 そして多くのドワーフ達が住んでいるはずなのだ。


 ここでの目標は主に装備。


 そして製作に必要な金を工面しなければならない。


 レベルはAランク狩場だともうまともに上がらない気がするけど、スキル収集だってしないといけないし……


 何よりまずは最優先してAランクに昇格しないと、依頼を受ける上で不利になってしまう。


 手には凄く偉い爺さん――ジェネラルマスターオルグさんからの実績や預け残高が記載された紹介状が。


 用が終わったら、パルメラ内部の素材報酬代金を移動できないからすぐに王都登録へ戻せと言われてしまったが、それを条件にということでタダで書面を用意してもらったのだ。


 たぶん普段手に入らないあの素材でオルグさんウハウハだろうからね。


 俺に他所で売らせない戦略な気がしなくもないけど、プチVIP待遇ありがとうございまーすってなもんである。




 しっかし、これはまるで監獄だなぁ……


 ずいぶん同じような作りの長屋が多いな~と思いながらいつものような感覚で町に降り立ち、ハンターギルドで魔物情報を確認しようとするも、この町の様子が通常と異なることにはすぐに気付けた。


 なんせたまに槍を持った兵士がウロついているくらいで、ほとんど町に人がいないのだ。


 ハンターギルドも見当たらず、村ならまだしも町と言える規模でこんな光景は初めてのことだった。



「小僧、貴様どこから入った!?」



 こんな言葉とともに、まるで侵入者のように扱われてしまったのですぐ上空へ逃げたけど、よく見れば町の周囲は高い鉄柵で覆われているし、きっとこれが犯罪奴隷の仕事場ってやつになるんだろうな。


 その後も普通の鉱山夫がいる町、寂れて人がまったく存在しない朽ちた町の跡などをいくつか通過し、ようやく遠目からでもはっきりと分かるくらいに規模の大きい街が視界に入ってくる。


 周囲を囲う重厚な石壁と、平地にドッシリ構える巨大なその姿は王都ファルメンタを連想させるほど。


 だが街の一部はまるで侵食するように傾斜を登り、鞄の取っ手のようにもう一つ別の高い石壁が、周囲を囲いながら山岳の一部へ深く食い込んでいる。


 さらに先の山間には、チラホラと空を飛ぶ何かが小さく見えるし、きっとあの辺りが《クオイツ竜葬山地》になるのだろう。


 さーてさて、果たしてこの町で、俺はどれくらい強くなることができるのかな?


 期待から胸の高鳴りを感じつつ、中心部にある一番屋根の大きな建物へと降下した。

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