第258話 起動装置

 しげしげと、口元に指を添えながらマンホールを眺めるアリシア。


 俺はそんな姿とマンホールを黙って交互に見比べる。


 やはり、アリシアの反応は鈍い。


 俺と同じで、得体の知れないモノを見るような""を向けている。



「ロキ君が何かしても、まったく変化がないわけですよね?」


「うん。物投げたり、魔法撃ったり、ちょっと殴ってみたり……持ち上げようとしても一切反応がないし、かと言って地面に深く繋がっているわけでもない。でも【空間魔法】で収納はできたんだよね」


「……」



 アリシアがソッとマンホールに触れ、そのまま空を見上げるので俺も釣られるが、やっぱり上にだって何もない。


 まさかこれが、宇宙人の着地場所なんてオチもないだろう。


 ……ないよね?


 なんか急にそれっぽい案が出てきてしまい、一人心臓をバクバク鳴らしていると、暫く黙っていたアリシアが口を開いた。



「この素材が何かは理解できます」


「そうなの?」


「ロキ君も見たことがあるはずですよ?」


「んん……?」


「教会には必ず設置させている――」


「あ、黒曜板か!」



 ヒントを貰って、たしかに似てるわと一人納得する。


 この光を吸っているような感覚を覚える黒さは、あの謎のデカい板とソックリだ。


 久しぶりに存在を思い出したけど、あの不思議物質はたしかに今までの冒険でもだいぶ異質な雰囲気を醸し出している。



「正解です。そしてあの黒曜板はこの下界で自然に存在するモノではありません。<神子>の要望を聞き入れ、すべて神界で生み出し私達が下界に落としています」


「つ、つまり、神界産の素材で作られたやつが、なぜかここにあるってこと?」


「そうです。そして私が知らないのであれば、他の者も知りません。このような形状のモノを作るなど許されてもいませんから」


「ということは、フェルザ様に何かしらの意図があって置いているということか……」


「そういうことになります」



 その後もアリシアは固まったようにその場で立ち尽くし、「なぜ、こんなものが?」と、首を傾げながら本気でこのマンホールの意味を考えている。


 だが、考えても答えが出ないのだろう。


 ならば何かヒントになるものはと、改めて円盤の表面に視線を向ける。


 怖くて直接上に乗るのは躊躇っていたが、アリシアが既に乗っているのでたぶん大丈夫なはずだ。



「うーん、絵とか模様も見当たらないし、ヒントになりそうなのはこの窪みと、あとは広がる6本の線くらい?」



 一度【風魔法】で綺麗に土埃を飛ばせば、先ほどよりもはっきりと円盤の窪みが露出される。


 中心部にあった穴は少し大きめで、ただそれでも直径20cm程度の円形型。


 先日風呂作りでくり抜いたように、半球の穴がポッコリ空いている。


 そして周囲にある6か所の穴はそれよりもさらに小さく、半分に割ったピンポン玉くらいの大きさに見えた。



「全部穴が丸くて、線で繋がっているようには見えますね」


「だよねぇ……あーこれさ、何かを召喚するようのモノってことはない?」


「召喚、ですか?」


「そそ、現に地球人の魂を呼んで転生者が生まれているわけだし、その魂を召喚する装置、みたいな?」


「それはないでしょう。魂という精神体の移動だけであれば、さほど労力は要しませんから」


「肉体もってなれば、分からないってこと?」


「それは……たしかに分かりませんが、状況を考えればなおさらにあり得ません」


「ん?」


「これは間違いなくフェルザ様が置かれたものです。そしてそのフェルザ様は私達と違い、ロキ君のように肉体を伴った次元移動も容易く行えるわけですから、"召喚装置なるモノ"を必要ともしません」


「あーそっか」



 こんなものがなくてもできるなら、わざわざ用意する必要もないわな。


 女神様達用に用意したとなれば理屈も通るけど、女神様達が知っている様子もなければ必要性すら見えてこない。


 次元の亀裂に偶然飲まれてやってきた人が大昔にいたってくらいだから、この線は無しだろう。



「となると、やっぱり鍵になるのはこの『穴』だよね」


「そうですね……線が繋がっていることからも、この穴が独立したものではなく、繋がりがあって何かを起動させるのだと思います」


「……ねね、黒曜板って、何に反応してスキルが反映されるの?」



 何かが繋がる、そんな気がする。


 今俺の頭の中にあるのは黒曜板と、マルタのハンファレストにあった高性能魔道具『ストレージルーム』だった。


 あれの認証は個人の僅かな魔力。


 となれば、黒曜板もその可能性くらいしか――



「僅かながらの魔力ですよ」


「……」



 正解に近づくことで、徐々に心臓が高鳴ってくるのを感じる。


 となれば、『穴』は魔力に関する何かで間違いないだろう。


 ただこの『穴』の大きさでは、アレじゃ小さすぎる。


 となるとこっちか?



「え?」


「アリシアはちょっと全体を見ててもらえる? 特に繋がっている線を」



 咄嗟に取った行動は、自らの指を深めに切ること。


 最近慣れてきたこともあって、まず試すならこれだと思った。


 そのまま穴に『血』を注ぐが、特に反応は無い。


 血に魔力が混ざっているのは、【奴隷術】だったりゼオ達の蘇生の件だったりで十分把握している。


 この穴の『大きさ』ならもしやと思ったが――



「どう? 何か変化ない?」


「い、いえまったく……というか、穴に血を溜めて、何をやっているのですか?」


「血に混ざる魔力で何か変化が起きるかなって思ったんだけど、これじゃないかなぁ……」



 目の前にあるのはマンホールだけど、気分的には神話の時代に創られた聖杯に血を注いでいるような気分だ。


 だが自分で見ていてもまったく反応はなく、段々むなしい気持ちに襲われる。


 これ、全部やろうと思うと、特に中心の穴がかなりしんどい。


 それに俺の魔力量じゃダメって可能性も出てくるか。


 あとは――駄目元で収納から取り出したのは、そこら辺で採ったAランク魔物の魔石だ。


 魔物の魔石なんて綺麗な丸の形をしていないので、なんか違うかなーと思いながら周囲の小さい穴にハメるも、魔石が少し大きくて入らない。


 ならばと中心の穴に放り込めば、なぜか魔石から黒い煙が噴き出す。



「「……」」



 そして1分程度で煙は収まり、中心の穴を覗けば、色が抜けて白くくすんだ魔石がそこにあるだけだった。


 取り出せばまだギリギリ固形化しているが、すぐ崩れそうなほどに脆い。


 これが内部魔力を全部使い終わった後の魔石なんだろうなと、初めてでもすぐ分かる状態になってしまっていた。



「答え、ちょっと見えたね」


「え、えぇ。でもこの消費は、普通じゃないと思うのですが……?」


「だろうね。これ、Aランク魔物の魔石だし」



 もうここまでいけば答えは分かる。


 だが、俺の持っているモノではやっぱり『小さすぎる』から、もっと『大きいモノ』が必要ということ。


 ビー玉程度の『魔宝石』を収納から取り出し、周囲のピンポン玉くらいありそうな穴、そして中心のさらに大きな穴を見据える。


 この『魔宝石』がもし使い物にならなくなったら一大事どころではない。


 損失は数億というレベルではまったく済まず、俺はしばらく崖の深くに穴を掘って冬眠してしまうかもしれない。


 でも、オランドさんは言っていた。


 消費しても、魔力は回復すると。


 ならきっと大丈夫、大丈夫な、はず……


 何が起きるか分からない。


 でもこれがファンタジーであり冒険なのだと、中心の穴にソッと『魔宝石』を転がした。


 すると――



「お、おぉ?」


「ロ、ロキ君!? 少し光ってますよ!?」



 中心の穴からほど近い部分だけ僅かに光る6本の線。


 その光はとても弱々しく、周囲にある6個の穴までまったく届くことはない。


 でも、反応はした。


 たしかに反応はしたのだ。


 すぐに『魔宝石』を掴み取り、労わるように撫でながら状態を確認。


 大きく状態が変化したようには感じられなかったので、すぐに収納の中へ戻しておく。


 回復するということであれば、念のため寝る前には外に出して、自然の魔力に充てておいた方が良いのかもしれないな。


 そして何をすれば良いのか、今後何を目的に動けば良いのか。


 これからの目標に、また大きなものが一つ加わった。


 というよりも、これが最終目標になるような気もしてくる。


 どう考えても、あと一つ二つという数では足りないのだ。


 周囲の穴も含め、相当数の『魔宝石』が必要になる。


 しかも、もっと大きな『魔宝石』が。



 そして集めたその先にはいったい何が――



「アリシアはさ、これが『起動』したとして、何があると思う?」



 アリシアを含めた女神様達は、この答えを知らないのだろう。



「分かりません……でも、この世界が良い方向に進むと、そう願っています」


「それは、そうだよね」



 実際は吉と出るのか凶と出るのか、それは『蓋』を開けてみなければ分からない。


 知っているのは今のところフェルザ様だけで、世界を旅していく中で起動させることが極めて危険と見送る可能性だってなくはないだろう。


 でも、やっぱりここがファンタジーな世界であるならば、条件を整え起動させてみたい。


 そう思いつつマンホールから視線をズラせば、アリシアの横顔からは僅かに陰があるような、そんな気配を感じてしまった。

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