第256話 風呂職人ロキ

 翌日、魔力全快状態となり拠点に戻った俺は、それぞれに頼まれていたお使いの品を渡していく。


「ゼオはノコギリとか木槌とか、木工に必要そうな工具一式、あと釣り竿に糸も買ってきたよ」


「助かる。そろそろ魚も食いたい頃だろう? 我が大物を釣り上げてみせよう」


「もしアーシアが工具借りに来たらお願いね。んで~ほい、カルラはちょっと良さそうなナイフ、あと戦利品の中身はもう大丈夫?」


「うん。槍と予備の短剣はいくつか貰ったし、あとは大丈夫かな。その動物はボクのじゃないんでしょ?」


「これは上台地の人達用だから駄目だよ! カルラは飼うんじゃなくて血を飲んじゃいそうだし」


「これだけ血があるのに飲まないよ!? ねぇねぇ、ボクも飼っていい? こないだ魔物じゃない野豚を森で見つけたんだよね~」


「え? マジで? ってか、野豚なんて飼いたいの?」


 この環境で良く生きられるなぁとは思うけど、それでも森の中だからいないことはないのか。



 下台地は二人の好きなようにしてもらって構わないので、飼いたいならお好きにどうぞと伝えて今後は上台地へ。


 相変わらず屋根で何かをしているアリシアに声を掛ける。


「やっほ~みんなが欲しいやつ色々買ってきたよー」


「はーい、ちょっとお待ちくださ――って、ロキ君……? その手に抱えているのは猫ちゃんですか!?」


 ビヨーンと、屋根の上から大ジャンプかまして俺の目の前に着地するアリシア。


 この謎の身体能力、やっぱりこの人は神様である。


「そそ、王都にいたから拾ってきちゃったよ。凄い痩せてるし野良猫だと思うんだけど、なんか人懐っこいんだよね」


「そ、そんな。私、欲しいなんて一言も……追々ダンジョンに行ったらってお話でしたよね?」


「ん~でもあの本ずいぶんジックリ見てたでしょ? フィーリルとかフェリンの要望はダンジョン行った時でも良さそうだけど、アリシアはここにいること多いしさ。まぁまだ難しいなら、カルラが狙ってたから下台地に連れてくけど」


「だだだ、駄目です! わた、私が飼いますから! 責任をもって私がその猫ちゃん飼いますので!」


「そう? じゃあ下に落ちないようにだけしてあげてね。あとは――」


 そう言いながら鍋やフライパンっぽいやつにすり鉢など、料理器具を売っている店で買ったモノをどんどん並べていく。


 ついでに光源用魔道具を3つほど。


 日が落ちるギリギリまでアリシアは作業をしてるっぽいけど、【夜目】や【光魔法】を持ち込めば他の作業が進まなくなっちゃうからね。


「ほい、アリシアご希望の料理道具一式。俺は簡単な男料理しかできないから、もしかしたら使い道のない道具が色々混ざってるかもしれないけど……まぁ明かりを確保する魔道具も買ってきたし、ゆっくり試してみてよ」


「はぅ……ロキ君、ありがとうございます」


「ついでに山賊とか盗賊倒した時の戦利品ここに出しておくから、装備以外にもなんか色々ありそうだし、気になるやつあったら取ってっちゃって。俺はその間に皆のお風呂作ってくるわ!」


「え?」



 先日の話し合いで、風呂の形状と設置場所は確認している。


 というか風呂の主導権はほぼフィーリルが握っているようなものなので、絶対にココという圧力は皆を黙らさせ、誰一人として文句が言えなかったのである。


 まぁ初体験が川のど真ん中だったわけだから、分からなくもないんだけど。


 しかし今回の要望は本当にコレでいいのだろうか?


 腕は鳴るものの、風呂職人の俺としては不安と期待でいっぱいになってしまうな。


 ビューンと飛んで向かった先は、上台地の崖っぷち。


 前よりも少し幅が広い15メートルくらいはありそうな川を眺め、水が下へと落ちていくそのギリギリあたりで、1辺4メートルほどのデカい正方形の石を作成。


 前と同じ要領で大半を川底に沈め、川の流れではビクともしないことを確認してから【空間魔法】を使用した。



(石の中心から、半球をくり抜くイメージで――)



『消失』



 ……うーん、もうバッチリ過ぎて怖い。


 中心部は立ち湯にもなりつつ、あとは普通に座って景色を眺められるように、上面から50㎝くらいのところに平らな座面部分を半周ほどグルリと作り、ついでに滝と反対側の底部は掘りを深くしておく。


 ここを温めた石の置き場にしておけば、誰かが火傷することもないだろう。


 難点は神様専用風呂なので、水を入れる時も抜く時も魔法頼みということだが……


 まぁ【水魔法】は何も水を生み出すだけじゃなく、そこにある水も操作できると先日ゼオに教わったので、あの人達ならきっと余裕なはず。


 逆に風呂掃除と言って風呂が破壊されないか心配なくらいだ。


 ついでに、わざわざこの時のために用意したインクで、



『急ぎで石を温めたい時はロキまで』



 このように立て看板をぶっ刺しておけば、俺の【白火】がそれこそ豪快に火を噴くだろう。


 ちょっとどころじゃないほど、下台地からラッキースケベができてしまいそうな環境だが……実際ここで風呂に入れば、周囲は水面スレスレの川の湯に浸かっているような気分に。


 かつ前回とは違い、今回は正面が地面すら無いので、風呂に入りながら空を飛んでいるような気分も味わえるはずだ。


 景色だって視界を遮るモノが何もないのだから、逆に良過ぎて困っちゃうくらいだし……ふふふ、これでフィーリルもメロメロになること間違いなしだな。


 時間にすれば僅か10分ほど。


 あまりにも楽になった作業に【空間魔法】の偉大さを独り噛みしめていると、どうやらアリシアも戦利品の物色が終わったようで、その手には複数の折り畳まれた布が抱えられていた。


「へ~そんなのもあったんだ。それって衣服じゃないよね?」


「そうなる前の織物ですね。私もそれくらいしか分かりませんが」


「それじゃあ、そっから何かを作るわけだ。となると、布を切るハサミとか縫う針が必要になるのかな?」


「ど、どうでしょう……? まだ色々と先にやることがありますから、追々で大丈夫ですよ。私もその間に少し調べてみますから!」


「おっけ~じゃあカラの木箱を一個置いとくから、保存用にでも使っちゃって! そんじゃ俺は狩りに行ってくるね」



 猫に逃げられているアリシアが見送ってくれる中、俺は今や物置と化している石の家に不要な物を全部置き、身軽になった状態で狩場へと飛ぶ。


 スキルの最低目標とレベルアップまではあと少しだ。


 これが終われば、いよいよ中心部――


 そう思えばやる気も漲り、俺は上空から【夜目】を優先して取得すべく、フクロウの魔物――ストラスを両断した。

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