第251話 顔合わせ

「えーそれでは、お互いに自己紹介をお願いします」


 誰も家を作れる人がいないという事実に直面してから二日後の朝。


『下台地』と呼ぶようになった湖の畔で、謎の美人と子連れチョイ悪親父のお見合い会場が開かれていた。


 仲人は俺しかいないのでもちろん俺である。


「では、男性陣からどうぞ」


「名はゼオ・レグマイアー。下台地を自由にしていいという話なので、二人この地で暮らすことになった。大抵のことは自らやってきた故、人並み程度にはできるはずだ。よろしく頼む」


「カ、カルラ・ウォルブド・アッケンリーベルです。師匠ほど多くのことはできませんけど、皮はなめしたり解体するのは得意だと思います。よろしくお願いします」


 ゼオは堂々としているが、カルラはかなり緊張しているっぽいな……そして相変わらず、名前が長い。


「では、"アーシア"も」


「はい、アーシアです。『上台地』の代表をしております。家の作り方をはじめ、色々なことを勉強させてください。よろしくお願いします」


「この他、上台地には5人の女性がいるけど、ゼオ達と同じくだからあまり気にしないでね。お互い触れられたくないこともあるでしょ?」


「なるほど、了解した」


「うん分かった!」


 ゼオには取り残された元魔人であり魔王という経歴が。


 カルラも自分の過去にはあまり触れられたくないはずなので、二人ともすんなり納得してくれる。



「ではさっそく、家の基本となる作り方だが――」



 こうして始まった実演付きの勉強会に、俺も護衛を兼ねつつ手順の基礎を習っていく。


 とりあえず俺がそれぞれの台地に石で6面の壁を作り、無理やり玄関用の穴を開けた6畳程度の仮宿を作っておいたが、さすがにずっとこれじゃあ味気ない。


 というか、それなら崖の途中に穴でも開け、自由に内部を加工した方が間違いなく快適だ。


 ならばまともな家を作れる講師から学べば良い。


 ここがパルメラ大森林の奥地と伝えたらゼオは驚いていたが、まだ魔人がこの広大な森のどこかに隠れ潜んでいる可能性も捨てきれないからね。


 そう伝えたら納得したようにゼオもやる気になっていたので、この地を拠点にしながら徐々に全容を解明していけば、何か見えてくるものがあるかもしれない。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「カルラッ! そっちにもう1匹!」


「まかせて!」


 正面から荒れ狂ったように突進してくる、体長4メートルはありそうな赤黒い牛。


 上方、左右、前方と計6本存在する巨大な角を無理やり掴んで眉間に膝蹴りをかませば、ヨダレをまき散らしながら悶え苦しむ。


 しかし、まだ倒れない。


 全力で攻撃を加えても、スキル未使用では一撃で仕留めきれないことも多いのが拠点周辺のAランク狩場だった。


 角を振り回され宙に投げ出されるも、すぐに剣を握り、首の中心に突き入れる。


 これも刎ねる勢いで斬撃を浴びせても、そもそもとして首が太い上に骨か手前の筋肉が硬いのか。


 ゲーム的視点で見れば『防御力』になるのだろうけど、どうにも一発で落とせないことが多いので、仕留めるためには点で押し込む突きの方が確実であることを実戦の中で学んできたところだ。


 地に伏す牛を確認したのちすぐにカルラの方を見やれば、マンティコア相手にスピードで翻弄しているところ。


 やはり、速度は断然俺より速い。


 だが――



 ゴッ!



 マンティコアの顔面を蹴り上げたその動きから、筋力が俺より大きく不足していることが分かる。


「カルラ! 貸した剣でブスッといっちゃえ!」


「だからボクは、短剣が得意なんだってば!」


 貸した2代目ショートソードを無理に振り回してはいるも、【剣術】のスキルレベルが低くて行動のアシストがあまりかかっていないのは丸分かりだった。


 しかし、よほどの事態でもなければ手は貸せない。


 ここで生活をしていくのなら、カルラ一人で周辺の魔物を倒せることは大前提になるし、それが難しいなら前の洞窟で過ごしていた方が二人にとっても幸せだろう。


 それに――俺の【洞察】に間違いがなければ、カルラはこのくらい問題無く倒せるはずなのだ。


 なんせ俺と似たり寄ったりの強さはあるはずなのだから。


 きっと、言えない何かを隠している。


 というよりは、まだ俺に本気を見せられるほど信用されていないのだろう。


 カルラが信じるのはゼオであり、ゼオの意向があるからついてきているわけで……


 それはしょうがないことだし、俺だってまだ言えていないことがいくつもあるのだからお互い様だ。


 上台地にいる神様なんて、素性含めてさらに言えないことを多く抱えている。


 上手いやり方が分からなくて、まだ色々と歪で、それでもかつて憧れた『仲間』を形にしてみたくて――



(不慣れでごめんだけど、頑張るから)



 ズーン――……



 そう心の中で謝罪したのと同時に、マンティコアが横に倒れていった。


「やっと終わったー!」


「お疲れ~武器が無くても一応は倒せるね。まったく攻撃は食らってないし」


「でも象なんてたぶんボクじゃ無理だよ?」


「魔法は?」


「一番得意なのは【氷魔法】かな! あと【闇魔法】も師匠に教わって結構使えるかも」


「お、じゃあ今度【闇魔法】教えてよ。いまいち魔法が想像できなくてさ」


 俺の中で一番苦手な魔法だ。


 発動結果を雷や氷のように頭の中でイメージできていないので、発動できる魔法のバリエーションがかなり限られてしまっている。


 ゼオに聞くのが一番だけど、でもきっと、こういうことが大事なのだ。


「いいけど、ボクのもすんごい普通だよ?」


「いいのいいの。あ、それとそのうち埋めてある装備拾ってくるから、どんな武器使いたいか考えといてね」


「なにそれ?」


「盗賊とか山賊討伐した時の戦利品。だから難点は装備の質が悪い!」


「へ~じゃあ練習用には丁度良いね! ボク槍使ってみよっかな!」


「オッケ~いっぱいあったはずだから色々と試してみたらいいよ。しっくり来るならちゃんとした素材のやつ作ってもいいしさ。って、ゼオの皮むき作業終わりそうじゃん! 早く木を運ばないと!」


「ぎゃ~師匠に怒られちゃう~♪」




 ……――ズズズズッ――……




 俺がスパスパと【風魔法】で伐採し、二人して木材をせっせと湖の畔にいるゼオへ渡せば、器用にコロコロと回しながら木の皮をむいていく。


 少し湖から離れた高台には、俺が【土魔法】で生み出した、硬く、そして深く刺さった石の土台が。


 ここからは部分的に削った木をパズルのように組み合わせながら1段ずつ積み重ねていくらしい。


 講習会で3段目まで積み重なった状態を見ても、俺じゃ絶対に無理だなと分かるほど非常に綺麗な出来栄えだ。


「周囲の木は遠慮なく伐採してくれ。そうすれば魔物がここまで寄ってくる確率は大きく下がる」


「んん? それって魔物の生息エリアが縮まるってこと?」


「そういうことになるな。森に住む魔物はその境界をなぜか意識することが多い。目の前で餌が逃げている状況でもなければ、好んで森から出てくることもないはずだ」


「まだ動物の方が出てくるよね~」


 それはパルメラとかルルブでも体感していたことだが、まさか森の真ん中をくり抜いても有効になるのか?


 それならこの地を拠点化するにあたって、これほど素晴らしい情報はないだろう。


 湖畔から周囲2~3㎞くらい平野を作れば、それだけで相当な安全を確保することができる。


 森に住む亜人の多くはこの程度の知識くらい普通なのかもしれないけど……それでも頼り甲斐マックスなこの魔王様。


 どこかの女神様達とはほんと大違いである。




 ……――ズズズズッ――……




「じゃあもっと安全圏増やすために、本気の伐採しまくってくるわ!」


「まだまだ木材は使うからよろしく頼む。カルラは薪割りだな。皮がついたままのやつをどんどんやってくれ」


「はーい!」


「それとロキ」


「ん?」


「先ほどから地鳴りのような音が響くのだが? これはなんなのだ?」


「あ――……こっちに影響が出るモノじゃないと思うけど、もうちょっと周囲を綺麗にしたら念のために見てくるよ」


 どうせ犯人は上台地の神様達なのだ。


 何をやればこんな地面が揺れるのか分からないけど、きっと、どうせ、というか絶対。


 今はここぞとばかりに好き放題やっている真っ最中なのだろう。



(家を作っているはずなのに、どうなってんだよ……)



 そう思いながらも、まずはこの場で唯一死ぬ可能性があるゼオの身の安全が最優先と、魔物と森をセットでぶった斬っていき――小一時間した頃。


 それでも断続的に続く地鳴りの様子を見にいけば、上台地は変わり果てた姿に変貌していく真っ最中だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る