第163話 過剰な期待

《ビブロンス湿地》2日目。


 結局昨日は目ぼしい成果を何も得られなかった。


 いや、おまけでやっている人探しの方は成果無し、だな。


 奥地に入った後は範囲を広げた定点狩りに切り替えたため、素材というか魔石は特大籠から溢れかえるほどに貯まり、回収用の大きめな革袋までパンパンになっていた。


 ちなみにここでオランドさんの書状を使うつもりはまったく無い。


 たぶん使うとしたらいずれ訪れるAランク狩場だろう。


 つまりそれまではギルドに報酬を預けることができないわけで、魔石の個数が書かれた木板を持って俺は受付カウンターへと並んだ。


 その時なんとなく――昨日対応してくれた受付嬢を避けてしまった。


 別に俺が悪いことをしたわけじゃない。


 ハンターは依頼を受けるも避けるも自由。


 その中で、ついでとは言えやるだけのことはやったのだ。


 だが何も成果無し。


 何か事情があるとしか思えないほど必死に情報を教えてくれたその受付嬢を見ると、魔石だけはちゃっかり持ち帰っているという事実もあって、なんともいたたまれない気持ちになってしまう。


「お次の方どうぞ~」


「これ、お願いします」


「はーい。って、凄い数……しかも魔石だけ!? え、えーと、ギルドカードもお願いしますね」


「……」


 それぞれの依頼には受注制限を設けるためのランクがある。


 だが俺は常時依頼ばかりなので、厳密に言えばランクは関係ないはずだが―――


「通常依頼は受けていないのですが、それでも必要ですか?」


「常時依頼のみであればその通りなんですけど、あなたはこの町で見かけたことがなかったから。一応ハンターであることの確認という意味でお願いしますね」


「……分かりました」


 ハンター資格が無ければ換金すらできないのだから、初見となる新しい町でこういう展開があってもおかしな話ではない。


 納得のできる理由なので、恐々としながらギルドカードを提示する。


 頼むよお姉さん?


 そう思っていたのに。


「え?」


 マズい。


「君、Bランクなの!?」


 いちいち反応しないでくれ。


「道理でこれだけの量の魔石を……」


 止めてくれ。その分期待が―――



「Bランクの方だったんですか! ゆっ、行方不明者の探索はどうでしたか!?」



 あぁぁぁ……ほら、やっぱりだ。


 話し声が聞こえたのか、それとも無理やりにでも聞こうとしていたのか。


 例の受付嬢が業務を中断してまで話に割り込んできてしまった。


 勘弁してほしい。


 俺はそこまで行方不明者探索に意欲的なわけじゃない。


 ただ狩りのついでに、何か分かれば儲けものだなって思っただけで……


 そんな俺の思いとは裏腹に、レイミーと名乗るその受付嬢はすがるような、それでいて期待も織り込まれた視線を俺に向けてきた。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





 どうしてこんなことになっているのだろう。


 借りている宿の自室。


 俺の正面には受付嬢のレイミーさんがいる。


 時刻は既に21時を超え、この世界なら既に寝入る人もいるくらいの時間帯だ。


 そんな時間に男が一人いる部屋へ訪れるなんて、さすがに警戒心が無さ過ぎるんじゃないだろうか?


 まぁ、13歳の少年相手ならこんなものかとも思ってしまうが。


「こんな時間にお邪魔してごめんなさい」


「いや、構いませんよ。受付の仕事が終わってからじゃないと動けなかったんでしょうし」


「私の我儘で受付を抜けるわけにもいかなくて……」


「それは今回の行方不明者がギルドではなく、レイミーさん個人に関係しているということですよね?」


「……もう三日も行方不明になっている3人組パーティのリーダーが私の夫なんです」


「なるほど……斧が主武器のセフォーさん、でしたか」


「はい」


 レイミーさんの行方不明者に対する熱量は明らかに一人だけ異なっていた。


 となれば、何かしら行方不明者とレイミーさんに関係性があるのだろうと疑うのは自然の流れ。


 そして、予想していた中でも一番キツい部類がきたなと、レイミーさんに気付かれない程度の嘆息を漏らす。


 知人友人、恋人、兄弟姉妹に親や夫。


 レイミーさんは20代前半~半ばくらいか。


 その年齢からして子供が行方不明者という線は無いと思っていたので、親姉妹や夫といったパターンはできれば勘弁して欲しいと内心思っていたのだ。


 俺にはどうにも荷が重過ぎる。


「ちなみになぜ、こうして仕事終わりに訪れてまで僕に? レイミーさんはリプサムの受付嬢ですし、ここを拠点にしたハンターの知り合いなど沢山いるでしょう?」


「それは……すみませんBランクということを知ったからです。この町を通過するBランクハンターはいても、滞在して依頼までこなす人はまずいませんので」


「ランクが上がれば、都合よく人を見つけられるというものではありませんよ?」


「それでもです。Dランク狩場の広範囲探索ともなればある程度のリスクを負うので、この町のハンター達にはどうしても敬遠されてしまいます。現に緊急依頼として張り出したものの、詳細を求めにきた人はほんの数名程度でして……」


「たしかに対価とリスクが釣り合わないと判断すれば、自由が売りのハンターは手を引いてしまうんでしょうね」


 仕事で動くとなればそんなもの。


 そしてそれは俺も同じなんです……


 そう思いながらも、部屋に備え付けられた椅子に深く腰掛け、天井を見上げながら考える。


(少なくともあと二日は 《ビブロンス湿地》で粘る予定なのだから、そのついでに探すくらいは問題無い。どうせ籠は丸一日も掛からず埋まるわけだし、多少は【飛行】と【探査】を組み合わせた広範囲探索も可能だ。だが、もしその二日で見つからなかったらどうなる? レイミーさんは素直に諦めるのか?

 さすがに見つかるかも分からない人探しだけで、この場に長く居続けるのはいくらなんでも―――)



 ふと、テーブルの上でコンコンと、机を叩いていた手が包まれた。


 視線を向ければ、それはレイミーさんの手。


「私にできることなら……」


 声に釣られ、思わず包まれた手から、レイミーさんのやや赤みがかった瞳へと視線を移す。


 その瞳は意を決したように俺を見据え、しかし、その手は僅かながらに震えていた。


「もし探索にご協力頂けるなら、私にできることはなんでもさせていただきます。本来はBランクハンター相手の指名依頼をすればいいのでしょうけど、そのお金が私にはありませんので」


「……」


 そうか。


 少年相手だから無警戒だったんじゃない。


 逆に少年相手だから女を前面に出してきたのか。


 よく見なくても、レイミーさんは十分綺麗な女性だ。


 この国の傾向である目鼻立ちがくっきりした彫の深い顔をしており、周りと比較してもレイミーさんはかなり馴染み深い黄色人種の肌色に近い。


 髪も明るい茶色と、バリエーション豊かなこの世界の髪色の中でも受け止めやすいカラーをしているので、俺が務めていた会社にもしレイミーさんがいたなら、間違いなく社内のアイドルになってチヤホヤされていただろう。



(はぁ……なんだかな)



 そうまでして、藁にも縋る思いで現状を打破したい。


 身を売る覚悟を持つほどに、旦那を愛しているということがヒシヒシと伝わってしまう。


 そんな人に取引で相手をしてもらうとか、そんなの俺はとんだピエロじゃないか。


 それでもリステと会う前なら性欲に任せて色々お願いしていたかもしれないけど、今の俺ならそれはなんか違うと言い切れる。


 あーーーーーーーーーもうっ!



「――そこまで言うなら協力してくださいよ」


「は、はいっ」


「まず、このような短い間隔で行方不明者が出るようなことは、今までにも当たり前のようにあったのですか?」


「へ……?」


「ギルドの受付嬢なら情報を持ってそうだから聞いているんですよ?」


「あっ……えと、あります。ありました。でも――今回のようにパーティメンバー全員というのが続くのはかなり稀だと思います。一人二人が魔物にやられた、狩場ではぐれたというのは年に何回かあることなので、タイミングが悪ければこのように短い間隔になることも有り得ます。

 あと過去に魔物が上位種に変貌して被害が大きくなったこともありますね。私がギルド職員になる前の話みたいですし、まだ目撃情報はまったく無いんですけど、ギルドマスターはこの可能性が高いと思っているみたいです」


「ん? 上位種とは?」


「唐突に出現する、その狩場の該当ランクに見合わない魔物です。突然変異で同族の魔石を好んで食べると内包魔力が上がって別種になるとか、そんな話で色々な狩場でも稀に見られる現象ですね」


「ほほぉ。それは興味深い話ですね……」


 思いがけないところで良い情報が聞けたかもしれない。


 上位個体っていうと、ゲームの世界で言う"ネームド"のような存在?


 それがもしかして、こないだ出くわしてしまったキングアントみたいな魔宝石を有するような存在になるとか?


 それともついぞ見ることさえできなかった、ボイス湖畔の金色蛙と同じような存在なのだろうか?


 うーん興味は尽きないが、今重要なのはそこじゃないのでとりあえず措いておくか。


「今日奥地も含めて広範囲を探索したと思うんですけど、それっぽい上位個体というのには出会っていません。解体場でも突っ込まれていないので、気付かず倒したということもないでしょう。ただ今のお話を伺う限りはその線が濃厚そうなので、明日も継続してまだ行っていない範囲を探索してみたいと思います」


「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」


「それで一応確認しておきたいことがありまして」


「なんでしょう?」


「僕は上位種という存在を知らなかったので、二つのパーティに共通している『斧』を探しながら魔物を狩っていたんですよ。まぁ結果はご存知の通り見つからなかったわけですが。それで、湿地の魔物が沼に人を引き摺り込むとか、そんな話って耳にしたことあります?」


「……それは聞いたことがありませんね。魔物に気を取られて沼に落ちたという話くらいはありますけど、そもそもそんなに深くないはずですので、溺れたという話を聞いたことが一度もありません」


「そうですか……」


 となると、斧と一緒に沼に落ちたという線も無しだな。


 消去法でいけば、まだ俺が行っていない場所にいるとしか思えない。


 しかしそう考えると、事前にレイミーさんから聞いていた、行方不明パーティの狩りパターンからは大きくズレるような気がする。


 特に二人パーティの方は籠持ちすらおらず、大きめの革袋だけで戦果を回収していたそうだし、そんななパーティが自ら奥に入り込むなんて状況をまったく想像できない。


 まぁ考えても分からないなら、明日直接確かめるしかないか……


 その上でより確実な方法を取るかどうかは、レイミーさんが帰ってから考えるとしよう。


「明日も狩りながらになると思いますから、換金ついでに夜にでも報告しますよ。ただ酷な話ですけど、魔物のいる狩場で行方不明四日目となると、生存している可能性は極めて低いはずです。残念なご報告になる可能性もあることはご理解くださいね」


「そ、それは承知しています……ただそれでも、遺体が見つかっていない以上は生きていればと考えてしまいますし、せめてダメならダメで、何か遺品の一つでも見つかればと――そう思っています」


「そうですか……ならば善処しますよ」



 結局レイミーさんは、本当にこれでいいの? という顔をしながら帰っていった。


 Bランクへの指名依頼というのがいくらくらいなのかはさっぱり分からない。


 それでもギルド職員にとっては大金なのだろうし、それが無理だからと提案した身売りも、結局なぁなぁにされたまま帰らされたわけだからな。


 本来なら性欲溢れる思春期の少年にあのような交渉、一発KO間違いなしだろう。


 中身がおっさんの俺だって、ちょっとカッコつけすぎたか? と既に後悔しているくらいだし。



 無性にリステに会いたくなって布団を抱き抱えながらゴロゴロ転がり、薄い壁に激突してからの壁ドンで冷静になった俺は、より確実な方法を取るかどうかで考え込む。


 俺の【探査】はもうちょっとで上がりそうだがまだレベル1で、範囲は自分を中心に半径30メートル。


 女神様達なら高レベルを所持しているだろうから、本気で探そうと思ったら俺がマップを見ながら【飛行】し、女神様達の誰かに【探査】で行方不明者の名前や斧を探してもらった方が効率も良い。


 しかし、下界の問題に女神様の手を借りてもいいものなのか。


 そこら辺の勝手がよく分からない。


 もしかしたら気軽過ぎると、皆からお説教を受けてしまうかもしれない。


「ん~……まぁ、一応聞くだけ聞いてみるか。異世界人探索がストップしてたら暇だろうし」


 怒られたら素直に謝ろう。


 そう思いながら、なんとなしに【神通】を使った。


 そして女神様達に軽く事情を説明したところ―――



 なぜか神界で喧嘩が始まり、俺は置いてけぼりを食らったまま【神通】の時間が終了した。

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