5章 領都マルタ編

第104話 一時の傷心

 特に何を考えるでもなく、ただなんとなく窓外の景色を眺め続ける。


 穀倉地帯を抜けた以降はあまり代わり映えしない、どこにでもありそうな草原地帯が延々と流れていく。


 ベザートの町を出てからかれこれ3時間ほど。


 それまで会話の一つも無かった馬車の中で、女性の落ち着いた声が響いた。


「少しは落ち着いてきた?」


「えぇ。多少は」


「もう……町を出るだけでこんなんじゃ、世界を旅なんてできないわよ?」


「……」


 たぶん、それは違うんじゃないかな。


 ベザートだったから。


 俺が最初に辿り着いたあの町だからこそ、こんなに気落ちしてしまっているんだと思う。


 まぁ俺もこんなに凹むなんて予想外過ぎるけど……


 日本にいた頃じゃ有り得ない感情に、自分自身でも驚いているくらいだ。


 でもアマンダさんの言わんとしていることだって分かる。


 いつまでも落ち込んでいたって仕方がない。


 そもそもこの選択は自分で選んだことだ。


 寂しい、悲しいという感情はあるけれど、だからと言って戻りたいかと言われれば答えはノー。


 だからベザートを出たことに後悔はない。


 強くなりたいという願望はどうやっても捨てられないわけだしね。


 ならいい加減、シャキッとしないとなぁ……


 じゃないとさっきから馬車の中はお通夜状態だし、アマンダさんやホリオさんにも迷惑を掛けてしまう。


「……もう大丈夫ですよ。すみませんべっこり凹んでしまって」


「あれだけ盛大な見送りをされたんじゃ分からないでもないけどね。でも少し安心したわ」


「え?」


「子供らしくないことを度々やらかしてくれるロキ君でも、こんな時ばかりはかなり年相応なんだなって」


「ん? 僕は32歳ですよ?」


 ガタッ!!


「……は?」


 あれ? もしかして実年齢って伝えてなかったっけ……?


 伝えたのジンク君達3人衆だけか?


 やっべ。ボーッとしててやらかしたかも……


 なんか急に馬車の動きがブレたし、ホリオさんにも聞かれてしまったっぽい。


 うーん、エルフとのハーフですとでも言っておけば誤魔化せるんだろうか?


 エルフがいるのか知らんけど。


「はは……はははははっ……」


「ん! んんっ!……落ち着いたようだし、一応これからの予定を説明しておくわね」


「そうでした! それをまったく聞いておりませんでした!」


 異世界人に繋がりそうな年齢ネタは下手に触れられないと思ったのか、あまりにもわざとらしい話題逸らしをするアマンダさん。


 だが原因は俺にあるので、有難く乗っからせてもらうことにする。


「今日の夜は街道沿いの馬車が止められそうな場所で野宿よ。そして明日は早朝に出発、夕方頃にはマルタへ到着予定になるわ」


「か、簡潔な説明ありがとうございます……」


 以前ベザートで見た護衛依頼で、マルタまでが2日程度ということは分かっていた。


 が、そうかそうか野宿か。


 まぁ俺は今更なので問題無いが、アマンダさんは大丈夫なのだろうか?


「アマンダさんは野宿に慣れているんですか?」


「慣れているわけじゃないけど大丈夫よ? 私は馬車の中で寝るし、水や食料もこの中に積んでいるしね」


 そう言って腰掛けていた木箱をポンポンと叩いているので、たしかに護衛も二人いるし馬車の中なら問題無さそうだな。


「ロキ君もお客さんみたいなものだし、一緒に馬車の中で寝ても――」


「大丈夫です!! 野宿の達人なのでお構いなく!!」


 ……ゾワッとした。


 馬車の中で一緒に寝たら、たぶん俺が捕食される気がする。


 フェリンで変な甘え癖がついたのか、今ならたとえアマンダさんでも優しくされると落ちてしまいそうなので、この傷心のタイミングを狙ったとしたらなかなかにえげつない戦略である。


 向かいで舌なめずりをしていそうな人が醸し出す、さっきとは別物のおかしな空気をまずは変えねば……


 そう思った俺は、ジュラルミンケースの中に入れておいた紙を数枚渡す。


 ホリオさんの近くでやるべきことではないのだが、マルタに着くまで3人はセットで行動を共にするんだ。


 ならば遅かれ早かれというものだし、あまり詳しい内容を話さなければ単なる発明家くらいに思ってくれるだろう。


「ここ数日で僕があったら良いなと思った庶民向けの物です。今回は拙いですが絵も描いてみました」


 渡したのは現代の『傘』と『自転車』についての解説書とでもいうのだろうか。


 分かる範囲で構造や用途、そしてこの世界で代替できそうな素材などを書いている。


 仮に知識がゼロの人でも読めばどういうものなのか、使うことによってどんな生活改善が図れるのかを細かく書いておいたので、これだけでもおおよその内容は掴めるだろう。


 するとアマンダさんはその内容を一瞥し、言葉を発することなく視線だけをホリオさんの方へと向ける。


 だろうね。


 俺も考えていることは同じですよ。


 だからこう言っておこう。


「じっくり内容をご覧ください。時間はいっぱいあると思いますから」


 これに黙って頷き、再度渡した紙へと視線を落とすアマンダさん。



 ふぅ~……


 これで気まずい雰囲気になることもないだろう。


 会話内容の制限付きという状況では碌にしゃべることもできないし、できれば今日くらいは傷心気分も許してもらいたい。


 それから馬車が止まるまで、俺は代わり映えのしない外の景色をのんびり眺め続けた。


 まだみんなは、ギルド内のお食事処でどんちゃん騒ぎでもしてるのかなぁ……

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