第94話 進展

「お帰り! もうお腹空いた?」


「ただいま」


(ん……?)


 おかしい。


 いつも元気いっぱいなフェリンがなんか気落ちしていらっしゃる。


 ご飯ネタにも食いつかないなんて、これは何かあったと思っておいた方が良さそうだ。


 ……パルメラで見たくないものを見てしまったのだろうか?


「大丈夫? とりあえず食堂に行くのもあれだし……ご飯貰ってきてここで食べようか?」


「ううん大丈夫だよ」


 そう言いながらも、来て早々にベッドに座り込むフェリンはやっぱり普通じゃない。


 ならヘタに遠慮している場合ではないだろう。


「もしかして、見たくないもの見ちゃった?」


 見つめながらそう問いかけると、頷くフェリン。



「ロキ君と同じ転移者かなって思う人を見つけたよ。亡骸というか、もう骨だったけど……」


「……そっか」



 想定していたことだ。


 だから亡骸があったことに驚きはしない。


 ただフェリンが探索2日目にして痕跡を発見してしまった。


 そのことから、予想以上に飛ばされている人間が多いのかもしれない。


 となると、一応確認しなければいけないことがあるな。


「フェリンが転移者と思った根拠は? 何かあったの?」


 少し森の奥へ入っただけというならこの世界の住人、ハンターということも考えられる。


 既に骨のようなら、何年前に行方不明になっているのかも分からないのだから、緊急の探索依頼がギルドに張り出されていなくても不自然ではないだろう。


「見慣れないがすぐ近くにあったよ。この町の人達が普段使っているような雰囲気のものじゃなかった。もっと作りが先進的な物」


「なるほどね。中身は――さすがに確認してないか」


「うん……ロキ君から転移の経緯を聞いてたから、無理やりここにって思うと申し訳なくなっちゃって。それに【分体】じゃ持ち帰ることもできないし」


「……」


 俺も椅子に座り、思考を巡らす。


(俺がパルメラ内部に入って確認する意味はあるだろうか? その所持品からどんな人が飛ばされたのか、その情報を得られる可能性はある。

 あとはこの世界の文明発展に所持品が役立つかもしれないってところか? だが【分体】とはいえ女神様の身体能力で1日半程度の場所。俺が今から向かうとすれば、少なくとも片道2日はかかるだろう。往復4日……ベザートを発つ予定日にギリギリ間に合うかどうかといったところだ。その間にやる予定のことも考えたら、もう間に合わないと判断した方がいい。

 それでも生きているなら形振り構わず向かうべきだろうが……残念ながら既に亡骸となれば急ぐ必要はないか。

 それに重要なのは発見した場所じゃないか? 俺が飛ばされた正確な場所なんて分かりようもないが、どんぐりが地球人を飛ばす先がある程度決まっているなら、そこが今後転移者を探すとなった際の最重要ポイントになってくる。

 そして場所をポイントと称し、正確に【分体】を降ろせる女神様達ならマーキングはできそうなこと。遺体発見場所を目安に周囲を探索して、その人以外の痕跡が見つかった場所をどんどん割り出していけば、死ぬ前に転移者を発見できる可能性も高まる気がする……)


「ロキ君?」


「ん? あぁ、ごめんごめん。ちょっと考え事してたよ。【読心】持ってきてた?」


「ううん? あれからは持ってきてないよ? ロキ君が嫌がることはしたくないから、私はもうロキ君に【読心】を使わないって決めたんだ」


「え? そ、そっか……」


 何か知らないところで覚悟を決めていらっしゃった……


 まぁ疑われないってのは良いことだなウン。


「じ、じゃあ、とりあえずご飯食べ行こっか。食べながら今考えていたことを話すよ。もしかしたら女神様達の転移者探しに役立つかもしれないしさ」





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「なるほど……たしかに私達なら俯瞰ふかんしたポイントで見ることはできるよ! その情報を集めていけば、転移者が飛ばされる場所を相当絞り込める可能性もあるね!」


「飛ばす場所がある程度決まっていればだけどね。痕跡や遺体の発見数が多いほど、飛ばす場所はある程度固定という線が濃厚になってくるはずだ」


 今俺達は自室にいる。


 1階の食堂で食べようと思ったものの、女将さんの視線が妙に鋭くて話しづらかった。


 たぶん会話の内容が気になるというより、「このエロガキ真昼間から! しかもまた違う女を部屋に呼び込みやがって!」という、そんな痛い物を見るような視線を感じてしまったので、俺が早々にギブアップして撤退した。


 まぁ出てきたのは、以前お弁当にしてもらっていた朝の残り物を合体させたサンドイッチだ。


 これなら皿ごと部屋に運んでも問題無いだろう。


 それになんだかんだと食事を食べ始めたらフェリンも元気になったようだし、とりあえずはこれで落ち着いて話せる。


「じゃあどうする? ロキ君が今日見つけた場所に行くのは止めとく?」


「できれば所持品から転移者かは確定させたいんだけどね。俺が物を見れば一発だし。ただ往復4日というのはさすがに痛い……」


「だよねぇ」


「うーん。フェリンさ、さっき見た鞄の『』を描ける? その形状で判別できるかもしれないし」


 咄嗟に思ったのは絵を描いてもらうことだった。


 ビジネスバッグや俺が持っているようなジュラルミンケースなら、まずベザートの町で持ち歩いている人なんていない。


 その形状だけで転移者と判断できそうなものだし、逆にベザートの住人がよく持ち歩いている革袋なら、この世界のハンターという可能性が高くなるわけだ。


 なんとなくポールペンと余っていた紙をテーブルに並べると、ポールペンを握りしめたフェリンは「うぐぐぐ」となぜか唸り始める。


 絵を描いたことがないのだろうか?


 うん、女神様だしないのだろうな。


 ペンを持つ手もぎこちない。


「む、無理はしなくてもいいよ? 参考程度だから」


 そう言うも


「だ、大丈夫だから!……たぶん!」


 そう自信無さ気に言い切るので、とりあえず黙って描かせてみる。



 カキカキカキ……



「……」


「……」


「これ、鞄?」


「一応」



 ふむ。書かれたのは大きな丸。


 その上に、持ち手の部分だろうか? さらに半円が付け足されている、それだけの絵である。


 おまけに何か線がプルプル震えているし、これがそもそも絵なのかも疑わしい。


「なるほど……参考になったよ。ありがとう」


「ウソっ! 絶対ロキ君ウソついているでしょ!? そんなの【読心】持ってなくったって分かるんだからね! 顔に「これ絵じゃねぇよぉ」って書いてあるんだからね!」


「だ、だって2つの丸が書かれただけだよ!? 俺の世界にある鏡餅か、溶けかけた雪だるまかと思ったわ!」


「ムッキー! それがなんなのか分からないけど凄く悔しい! 本気出すからちょっと待ってて!!」


 そう言い残し、霧になって消えていくフェリン。


 と思ったらすぐ現れた。



「私は今から画家です!」


「へ?」



 そういう言うや否や、フェリンはすぐさまボールペンを握りしめた。


 まるで画家にイメージしがちなベレー帽を幻視してしまうほど、鋭い視線を向けながらペンを走らせる。


 そして出来上がった『絵』をドヤ顔で見せられ、先ほどとの差に脱帽する。


「しゅごい……」


「でしょー!」


「いや、これ【描画】のスキル持ち込んだでしょ」


(ビクッ!)


「今ステータス画面見たらそんなスキルあるし。つまりあの絵をここまで昇華させる【描画】スキルが凄いわけだな」


「ひどっ! ロキ君が酷い!」


「勘違いしないでほしい。俺は【読心】をもう使わないなんて言ってくれたフェリンの言葉が凄く嬉しかったんだ。だから俺もちゃんと本音を言おうと思ったんだよ」


 そう言いつつ、ただ俺がそうしたかったという理由だけでフェリンの頭を撫でてあげた。


「わざわざスキル取ってきてくれてありがとね」


「へへ……へへへへ……」


 たぶん偽るよりは、本音を伝えた方がフェリンも喜ぶだろう。


 その方が俺も不敬じゃない程度に行動できる気がするし、たぶんお互いウィンウィンのはずだ。


 しかし、これは――


 ニヨニヨしているフェリンに問いかける。


「ちなみにこの鞄って何色だった?」


「んー? なんていうんだろう? さっき食べたパンみたいな色?」


「なるほどクリーム色か。ってことは形状からしてもそうだし、フェリンが見つけた今回の人はたぶん地球人。だろうね」


「……そこまで分かるの?」


「まぁたぶんではあるけど、男性がこの色の鞄ってあまり持ち歩くイメージがないし、デザインがどうみても女性物だからさ」


「そっかぁ」


 となると、やっぱり中身が気になるなぁ。


 もちろん変な意味ではなく、俺は当然として、ギルドに保管されていた6年前の遺留物も靴のサイズからまず男なんだ。


 独身だった俺には女性が使うような物の知識は薄いし、地球産女性用アイテムをこの世界に広める切っ掛けになるかもしれない。


 それに未だに思い出すどんぐりの『見つけた』という言葉。


 それがもしこの女性にも該当しているのだとしたら、俺とどんな共通点があるのか、所有物から判別できる可能性もある。


(ん~マルタに行く日程をズラすとなると、マルタの商業ギルドに行きたいヤーゴフさん達に迷惑を掛ける可能性もあるし……どうするべきか……)


「フェリンさ、【分体】で今日見た鞄を回収するのってどうやっても難しい?」


「できなくはないよ? 行く時はさっきのポイントに【分体】を降ろせばいいとして、帰りはそのまま持ち帰ってこなきゃいけないってだけで」


「あーそっか……さすがに裸足のまま徒歩で持ち帰るってのは申し訳無さ過ぎて無しだな」


「ロキ君はあの鞄を回収したいの?」


「一応ね。地球産の女性用品をこの世界に広める切っ掛けになるかもしれないのと、俺が飛ばされた理由がその女性の所有物から判別できる可能性もあると思ってね」


「あれ? 私達みたいに無作為に選ばれているわけじゃないんだっけ?」


「違うと思うよ。『見つけた』なんて言われたんだから、何かの条件に引っかかったんだよ。きっとね」


「そっか……」


「まぁ魔物が荒らしちゃう可能性も無きにしも非ずだけど、急ぎではないからさ。追々時間に余裕ができた時にでも回収することにするよ」


「……」


 後々に回せば、その間に近場で別の遺留品を女神様達の誰かが発見する可能性もある。


 そうなれば一度に複数回収というメリットもあるわけだから、後に回すことが完全にデメリットというわけでもないだろう。


 それに鞄を枝の上にでも置いといてもらえれば、魔物に荒らされる心配も軽減できる。



 そんなことを思っていると、フェリンの様子が少しおかしいことに気付いた。


 何やら下を向いてブツブツと何かを呟いている。


「フェリン? 大丈夫?」


「うん。ちょっと考え事というか、悩み事というか……」


「そっか。必要なら食堂で何か飲み物でも飲んで時間潰すから言ってね。一人で考え事したい時もあるだろうし」


「ううん、そんなんじゃないから大丈夫だよ。決心がつかなかっただけだから。……でもやっぱりロキ君は優しいね。だから……うん、決めたよ!」


「えっ?」



「私がその鞄、取ってきてあげる!」

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