第90話 複雑な心境

 ベザートの中心部から少し外れた広場。


 そのベンチに座り、どう見ても焼きトウモロコシっぽい物を食べながら中空を見上げ、そして思案する。



(うん、これもやっぱり凄く甘くておいしい。フェリンに一度食べさせた方が良いやつだな)



 いつも通り教会が鳴らす朝の鐘で起床した俺は、宿で朝食を摂った後に急ぎですることもないため町をブラブラ。


 一応ハンターギルドに立ち寄ったら、アマンダさんから飲み会は今日の夜だと知らされたので、それまで手持無沙汰になっていた。


 だから飲食店を見つけては、フェリンと一度入ってみようか。


 屋台で見慣れない食べ物を見つければ、フェリンにも食べさせてみるか。


 変わったジュースが売られていれば、フェリンは飲み物にも興味があるのかと。


 朝からそんなことばかりを考えてしまっている。



「おかしいな……俺が飛んだ先って、斜め上な恋愛ゲームの世界なのか?」



 思わず疑問が口から零れ落ちてしまった。


 俺は別に鈍感じゃない……と思う。


 営業職をやっていれば、そこら辺の人の機微には自然と聡くなる。


 得意とは思わないが、仕事上できなきゃお話にならなかったんだから最低限は身に付いているはずだ。


 その経験から言えば――


 フェリンは俺に『』のようなモノを抱いている気がしてならない。


 人と同じとしか思えない感情を持っているのだから、女神様達に恋愛感情があってもおかしな話ではないだろう。


 だが……なぜそんなことになったのか。


 これがまったく理解できない。


 フェリンと会ったのは1度だけ、しかも魂だけが運ばれた神界での話だ。


 その前後で何度も【神通】を使って話はしていたけど、その程度で恋心なんて抱くものだろうか?


 何か裏がある? 罠?


 いやいやいや……さすがにそれは無いよな。


 わざわざ女神様自身がハニートラップなんぞ仕掛ける意味も無いだろうし。


 あるとすれば、今後俺が異世界人だとバレた時にどこかの国が仕掛けてくるかもという、ヤーゴフさんが指摘していた勧誘のパターンだろう。


 それならハメようとしてくるのは普通の人であって女神様なわけがない。



(参ったな……どんな顔してフェリンに会えばいいのか……)



 今まで通り普通でいようとは思うものの、不安で思わず頭を抱えてしまう。


 女神様達は手が届くことを欠片も想定していない存在だった。


 それこそアイドルや芸能人、はたまたアニメに登場するようなキャラと同じ類。


 だから素直に綺麗や可愛いと言えたし、その言葉を恥ずかしいとも思わなかった。


 だが、身近になり、変に意識してしまうと俺は何も言えない。


 途端にコミュ障が表に出てきてしまうのは、職場にいた綺麗どころの事務員さんで経験している。



(はぁ~……まぁ、深く考えないようにするしかないか……)



 俺は恋愛ゲームがやりたいわけじゃないんだ。


 イチャコラしてたら誰かに殺されましたなんて、そんな展開はまっぴらごめんだ。


 理不尽な力に屈したくはない。


 そのために強くならなければならない。


 そして強くなる土壌がこの世界ならばある。


 職業に就けないという大きなハンデがある以上どこまでいけるかは分からないけど、それでも努力すれば間違いなく強くなれるんだ。


 なら……


(ロキ君ー! 昨日はごめんね! 今から【分体】出すから宜しく~!)


(……)


 思わず辺りをキョロキョロと見渡せば、数人の子供達が遊んでいる姿を視界に捉える。


(マズい! こんな場所で【分体】出されたら騒ぎになる!!)


 咄嗟に立ち上がった俺は、焼きトウモロコシを持ったまま、急いで人の目に触れない建物の陰へと向かった。





 ▽ ▼ ▽ ▼ ▽





「うわ~! いっぱいあるね~! どれから食べようかな!」


 降臨して早々に、俺の持つ焼きトウモロコシに興味を示したフェリンは、色々な食材を食べてみたいとご所望された。


 だから買った。


 買い漁った。


 それこそ屋台の品を手当たり次第に。


 そして広場に戻ってそれを並べているのが今の状況である。


「好きなの食べていいよ。ちなみにさっき俺が食べていた焼きトウモロコシっぽいのは、地球のより甘くて美味しかった」


「ほぉ~地球のより美味しいって、なんだか女神としては誇らしくなっちゃうね!」


 そう言って俺に笑顔を向けるフェリンの姿に、昨日漂っていた悲壮感の影は見られない。


 逆に眩し過ぎて直視できないくらいである。


「……良かったよ。元気になってくれて」


「はは……本当に昨日は恥ずかしい姿を見せてごめんね」


「うん、まぁ……女神様達にとっては受け止めづらい話だったと思うしさ」


「あれから一人で考えたんだけどね。今度は私自身が直接世界を見て回ろうかと思ってさ。そう考えたらクヨクヨもしていられないなって」


「えっ? それって大丈夫なの?」


「【分体】を下界に降ろしている時点で今更じゃない?」


「う、う~ん……そう言われればそう……なのかな?」


「今まで私達はこの世界を管理している気になっていただけなんだ。ただ上から漠然と眺めているだけ。だから自分達でやった結果がどうなっているかも把握できていない。なら私自身の目で確かめるよ! そうすればロキ君以外の転移者だって見つかるかもしれないし、この国の食糧事情だってもっと詳しく分かるはずだしさ!」


 確かに言っていることは間違っていない。


 現状打破のために施策を講じたなら、その経過や結果も確認しなければ意味は無い。


 それを女神様達が怠った、というより神様のルールに縛られていた結果が、ヤーゴフさんが懸念している今の現状に繋がってしまっている。


 もっと早い段階で気付いていれば被害を抑えられたかもしれないわけだし、俺が感じたような解決策を自ら講じていた可能性だってある。


 だが……こう言っちゃアレだが、女神様達はだ。


 6人だけの狭い世界で過ごしてきたから当然なのかもしれないけど、そんなフェリンが旅なんてできるのだろうか?


(ま、まさか……ずっと俺についてくるわけじゃ……?)


「あっ、ロキ君の邪魔はしないから安心してね! 私がずっとついて回ったって、【神眼】しか持たない【分体】じゃ邪魔なだけだろうし!」


「え……あ……」


「私達は食べなくても平気だし寝なくても平気。【分体】なんだから何かあっても大丈夫だし、移動先で【分体】の出し入れをしていけば、ロキ君をポイントにしなくても移動は可能だからね! 何より私【分体】でも強いし! ねっ? 大丈夫でしょ?」


「うん……大丈夫そうには思える……」


 ……なんだろうこの複雑な心境は。


 ホッとしている反面、いくら大丈夫と言われようが心配にもなってくる。


「ロキ君に甘えてばかりもいられないからね! この世界を終わらせたくないなら、ちゃんと自分でも頑張らなくちゃさ!」



 ""



 そんな言葉が喉から出かかって、俺は止めた。


 フェリンは今までよりさらに、一歩踏み込んだことをやろうとしているんだ。


 それがこの世界のためになると思ってのことだし、内容を聞く限りはその通りにも思える。


 ならば全力で応援してあげよう。


 困ったことがあれば、可能な限りのアドバイスをしてあげよう。


「だから! 次はリステが降りるって言ってたけど、それまではロキ君にいっぱい付き合ってもらうからね!」


「そっか……分かったよ。既にお店の目星は付けてるから覚悟しておくんだね! あっ、でも今日の夜は飲み会があるから無理だけど」


「飲み会……? もしかしてお酒!?」



 まるで縁日に遊びに来た子供のように、暑い陽射しが降り注ぐ中、広場の片隅で目移りしながらアレもコレもと頬張るフェリンを眺めながら思う。


 何年かかるかは分からない。


 でもいつか、自分が満足するまで強くなったと実感できた時、こんな可愛い彼女がいたら――


 そんなゴールを見据えて頑張るのも良いかもしれない。

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