第80話 友達
『友達』とはなんだろうか?
今までの人生、特に意識をしたことも無かったし、面と向かって「友達になろう」「友達だよな?」といった確認も取ったことは無い。
そもそも俺ってば、ほぼ友達なんていなかったし……
幼気な小学生の頃を思い返せば、気付けばなんとなくお互いがそう思っていた。
一々意識するまでも無い。
それがきっと友達ではないかと思う。
では何をもって友達と呼べるのか?
少し考えてはみたものの、自然体で気兼ねなく話せること。
このくらいしか俺には出てこない。
社会人になって強制的に慣れさせられたとはいえ、元から人付き合いは大の苦手なのだ。
考えたところでよく分からないのもしょうがない。
それでも――経験の薄い俺であっても、今の状況に些かの疑問を感じる。
「ねぇ、フィーリル?」
まずは名前を呼び捨てにすること。
そして敬語を取っ払うこと。
これが友達としての第一歩だ。
フィーリルは当初怒っているのかと思っていたが、内心呼び捨てにされているリアが羨ましかったようで、ここはお互いスムーズに納得できた。
そしてさらに一歩踏み込み、フィーリルは敬語もいらないという提案をしてきたが、まぁ友達ならそんなもんじゃないかと、この点も俺は快く了承した。
と言っても、フィーリルの口調はなぜかそのままだ。
文字通り、本当に長年なのだろうから。
だからここまでは良い。
「これは友達がすることかな?」
だが、俺個人の考えとして、コレは違うと思う。
違うと思いながらも、拒否する気持ちは欠片も無いので対処に困る。
「良いんですよ~。私がやりたくてしているんですから、友達ならしっかり受け入れてください~!」
フィーリルの声は弾んでいるなぁ。
きっと今が楽しいのだろう。
できればそんな顔も見てみたいが、残念ながらその願いは叶わない。
俺の視界には大きな二つのメロンしかないからだ。
当初はこんな状況まったく想定もしていなかった。
明日は明日で狩りをするわけだし、今日は二回戦までしてしまったため、いくらフィーリルが来ていようと俺の眠気はマックスだったのだ。
だからそろそろ寝ることを伝えた。
そう伝えればフィーリルは【分体】を消すと思っていたわけだが、俺が手にした石の枕を見て何かに気付いたらしく、自らの太ももをポンポンと叩いた。
――俺は、その魅力に抗えなかった。
吸い込まれる俺の頭。
後頭部はムニュッっと、石の枕とは次元が違い過ぎる感触に包まれ、嗅いだことの無い花のような落ち着いた香りが不思議と安らぎを与えてくれる。
おまけに目を開けば視界一杯に広がる巨大なコスモ。
ここは天国なのだろうか? と、本気で思ってしまうほどの心地良さだった。
「あくまで俺のいた世界ではだけど、膝枕というのは恋人同士がやることだよ?」
「ふふっ、良いじゃないですか~お風呂のお礼ですよ~」
そういって頭を撫でてくれる。
……いつ振りかな。
小学生の時、美術の時間になんとなく書いた絵が入選して、先生に良くやったと頭を撫でられたような気もするけど……
……あっ、笠原さんに大口契約取れた時もされたなぁ。
って、あれは撫でられるじゃなくて、無遠慮に頭をガシガシされただけか。
まぁいっか……
少しでもこの心地良さを味わいたい気持ちもあるのに、視界は自然と閉じられていく……
何も考えたくないし……もう素直に甘えてしまおう……
「私達の……理解して……てあり……うご……ます……」
フィーリルが何か呟いたような気がしたけど、俺は返答することもなく眠りについた。
▽ ▼ ▽ ▼ ▽
「……はれ?」
朝、目を覚ました俺は周りをキョロキョロと見渡す。
「フィーリルはもう行っちゃったのか?」
腕時計を見れば時刻は7時半。
枕が良かったのか、それともいつもより疲れが溜まっていたのか。
どちらにしても長く、そして深い眠りにつけた気がする。
本来は清々しい朝であるはずなのに、このモヤッとした気持ちはなんなのだろうか。
「せめて一声かけてくれれば良かったのになぁ……」
そう思わずボヤいてしまうも、いつもより起きる時間が遅かった分、のんびりしている時間も然程無いので朝食の準備を始める。
が、いそいそと穴倉の入り口まで向かっていくと、なぜか魚を焼くような香ばしい香りが――
思わず、「昨日ちゃんと火を消したよな?」と思いながら外を眺めると、風呂の横にあるスペースで何かをしているフィーリルの姿がそこにはあった。
「フ、フィーリル~!」
もう帰ったとばかり思っていたわけだから、予想外にも近くにいたことで喜びが爆発。
まるで乙女のようだと内心思いながらも急いで近くに行くと、フィーリルが何をやっているのかすぐに分かった。
「ロキ君おはようございます~ゆっくり寝られたようですね~。朝ご飯できてますよ~」
な、なんてこと……これでは友達じゃなく、妻、嫁、奥さん。
どれでも良いが、もうワイフみたいなもんじゃないですかぁああああ!!!
思わず感動で号泣しそうになってしまうも、その前に一つの疑問が生じる。
フィーリルは今、目の前で魚を焼いている。
昨日俺が生簀の罠を説明し、そこから魚を取ってくる姿は見られていたので、それを真似て魚を取ってくることはまぁ理解できる。
【分体】とは言え、女神様達の身体能力はとんでもないだろうし。
だが、火は?
火をどうやってつけたの?
まさか女神様が原始的な方法で、木の棒シコシコしてたの??
「あれ……ありがとうはありがとうなんだけど、火つけたままだった?」
「いいえ~火が欲しいと思って、一度戻してから【火魔法】が使える【分体】を出したんですよ~」
「おぉーなるほど!」
「見よう見真似ですけど、このくらいで大丈夫ですか~?」
そう言われて魚を見てみると、俺が焼いた時と変わらず皮はパリッとしていて美味しそうに仕上がっている。
というか多少焼き過ぎていようが生焼けだろうが、フィーリルがわざわざ作ってくれたというだけで残さず食べる自信がある。
「フィーリルの分もある?」
「大丈夫でしたよ~2匹いましたので捕まえておきました~」
「さっすがー! ならちょっと待ってて! 塩取ってくるから!」
すかさずダッシュで穴倉へ戻って塩を取り、フィーリルの分にも振りかけてあげる。
並んで川に足を突っ込みながら魚を食べるとか、俺の異世界ハッピー生活が始まり過ぎて怖くなってくるな。
と、そこに食べながら【探査】で魔物チェックをしていたらオークが1匹該当してしまった。
ギリギリの距離だから匂いに釣られてやってくるかもしれないし、気付かず素通りするかもしれない。
距離的にはそんな微妙なところだ。
剣を取りに戻るか少し悩む。
「そういえばご飯作ってる時は魔物大丈夫だった? 俺爆睡してて気づかなったけど」
「大丈夫でしたよ~? 1匹襲ってきたのは倒しておきましたから~」
「えっ? あ……そう。まぁ女神様だから大丈夫だとは思ってたけど……」
そう言われつつフィーリルが視線を向ける先を見ると、何やら地面が真っ黒に焦げている。
「もしかして【火魔法】で倒した?」
「はい~森を燃やすと大変なので気を使いました~」
「そっか……でも、魔物の死体がないね?」
「全部燃えましたよ~?」
「……」
そっかそっか。
そりゃ俺のチンチクリンな魔法とは違うわな。
いや~それでもまさか、
魔物バラバラにして「すげぇ」なんて言っている場合じゃなかった。
見た目とやっていることのギャップが凄まじ過ぎて、これ以上突っ込む気にもなれないから話を変えよう。
「そういえばフィーリルは魔物に詳しいんだよね?」
少し気になっていたことだ。
女神様達の中で唯一、魔物達のスキルを覗いていたということなら、有用な魔物専用スキルの情報なんかが得られるかもしれない。
ところが。
「ん~? 興味はありますけど全然ですよ~?」
返ってきたのは予想外の回答だった。
「あれ? 人が住める地域を探すついでで、魔物のスキルを覗いたんだよね?」
「確かにそうですけど、数種類見たくらいですよ~? フェルザ様が初めからそのように組み込んで生み出したのか、魔物が密集するエリアは大体決まっているようだったので、怒られるのも嫌ですしすぐ引き上げちゃいましたぁ~」
なるほど、テヘペロしている姿も猛烈に可愛い。
ってそうじゃない。
ふーむ、密集しているか……
まぁ確かに言われてみるとそうかもしれないな。
餌の問題とか色々な要素はあるんだろうけど、パルメラもルルブも魔物は森の中だけにいて、草原エリアに出てくる姿はほぼ見かけない。
人を追いかけてというパターンくらいしか目の当たりにしたことはないし、ロッカー平原は食べ物が近くで作られているから寄ってくるだけという感じなのだろう。
ここら辺はなんというか、狩場と出現する魔物が固定化されているゲームのようだなと感じてしまう。
俺にとってはこの方が抵抗なく飲み込めるので有難い。
「じゃあ昨日はルルブの魔物も【神眼】で覗いたんだろうし、今日はパルメラの魔物を転移者探しながら覗くわけだね」
「そうですね~でもルルブの森は昨日覗いてないですよ~?」
「ん? そうだったの? ってそっか……【分体】じゃスキル一つしか持ち込めないから、【遠視】で遠くまで見るとか【夜目】で視界確保するとかできないのか。昨日の夜は魔物寄ってこなかったし」
「いいえ~昨日は【神眼】ではなかったので、魔物が来てもどの道覗けませんでしたねぇ~」
そう言って残念そうにするフィーリルだが……
――ちょっと、待て。
そうすると昨日はいったいなんのスキルを持ち込んでいたんだ?
内容によっては俺の心が死亡するぞ? 大丈夫なのか?
「フィーリルさん? つかぬことを伺いますが、昨日は何のスキルをお持ちだったので?」
「え~………………それは内緒ですよぉ~」
「……」
待て待て待て。
これがもし【読心】だったら、俺は相当こっ恥ずかしいことを考えまくっていたんだが?
風呂場で爆乳とか、濡れた服に爆乳とか、膝枕でローアングルから爆乳とか……
幸せが天元突破してコスモがぁー! なんて心の中で騒いでいたし、そんなの覗かれたら俺はもう生きていけないくらいの致命傷を受けるんだが?
頭を抱えながら恐る恐るフィーリルを見ると、フィーリルは優しく答えてくれた。
「本当に
終わった。
今この瞬間、風で俺の髪の毛が数百本飛んでいった気がする……
もうダメだ……【分体】だと思って油断していた俺のバカ……恥ずかしくて穴が無かったら掘ってでも入りたい……
「では最後に、燃え尽きているロキ君へヒントを~!」
「え……?」
「スキルは【読心】では
「はへ……?」
「それじゃ私は行ってきますね~」
そう言って笑いながら濃密な魔力の霧に変わっていくフィーリルを、俺はただただ見守るしかなかった。
結局持ち込んでいたスキルはなんだったのだろうか……?
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