第60話 面倒な狩場

 見た感じではパルメラ大森林と大差無いように見える森。


 その入口に立ち、ここまで案内してくれたリア様に問いかける。


「リア様、ここがルルブの森で間違いありません?」


「大丈夫。国や町の名前はよく変わるから覚えてないけど、土地の名前はそう簡単に変わらないから間違えない」


「……まさに世界を観測してきた女神様らしい発言ですね」


 今まで数多の国が潰れ、その上に新しい国が建ち、その時代それぞれの栄華と衰退を見守ってきたのだろう。


 今こうして俺と行動をともにしている時間なんて、女神様にとっちゃ刹那の記憶にも残らない出来事だろうが、それでも男として最低限守るべき部分は守らなきゃいけない。


 俺より遥かに強くておまけに【分体】だが、たぶん紳士とはそういうものな気がする。


「それじゃリア様。早速狩りを開始しますので、基本は俺の後についてきてください。ちょっとここで狩るのが初めてなのでどうなるか分かりませんが……リア様に寄ってくる魔物がいたら優先して倒すようにしていきます」


「……分かった」


「あ、あと魔物専用スキルが見たいんですよね?」


「うん。どんな能力があるのか把握しておきたい」


「それじゃ【突進】は積極的に使っていくとして――確認ですけど【神眼】は魔物の所持スキルも分かるということで間違いないですか?」


「たぶん? フィーリルしか試したことがないから私は分からない」


「了解です。それじゃ分かったらでいいんで、魔物がリア様も知らないスキルを持っていたら教えてください。そのスキルを取得できたら言いますので」


「分かったよろしく」


 こうして軽い打ち合わせをした後、俺達はルルブの森内部へ突入した。


 さすがに初日ということもあって走りながらの移動なんかするわけもなく、歩みはゆっくりと、慎重にだ。


(とりあえず【気配察知】と【探査】を全開にしておくとして……問題は【探査】でどの魔物を指定するかだな)


 ルルブの森の魔物は3種。


 その中で現状一番厄介と思われる魔物を素早く考える。


(ここはやっぱりリグスパイダーか? オークは図体がデカいからわざわざ【探査】で指定しなくてもすぐ分かりそうだし、スモールウルフは仮に攻撃を食らっても致命傷にはならない気がする。となると、糸でグルグル巻きにされる可能性があり、図体が最も小さいリグスパイダーをとりあえず一番警戒しておくか……)


 すると森に入って3分もせず、【探査】でリグスパイダーの反応を捉えた。


「リア様、とりあえずリグスパイダーという魔物の反応を捕まえましたので向かいます。スキルを確認できたらお願いしますね」


「了解」


 そして向かいながら、一瞬ステータス画面を確認。


 残り10メートルほどになったところでリグスパイダーを視認した。


(経験値は22%か。って、うっわー……)


 普通の女子が、いや地球人の9割9分がドン引きするような見た目だな……


 日本でたまに見かける体長3cm程度の大きな蜘蛛でもあまり直視したくないのに、視界の先にぶら下がっている蜘蛛は体長50cmほど。


 なんか黒光りしているし、精神がタフになってきた今の俺でもできれば近寄りたくはない。


 しかも――


「木の上かよ。剣が届かないし、ちょっと面倒くさいところだなぁ……」


 思わずボヤきながらもリア様をチラリと見ると、頷いて求める内容を答えてくれる。


「【夜目】レベル1と【粘糸】レベル1。【粘糸】が私達も持っていないスキル」


「なるほど【粘糸】ですか。見るからにってスキルですね」


 果たしてそんなスキルを得たとして、俺はそれをどう活用できるのだろう?


 まさか口から糸でも吐けるようになるのだろうか?


 想像しただけでかなり気持ち悪くなるが、レベル1なら5体倒す必要がある。


 となると、今は目の前の魔物に集中だ。


 とりあえず初見ではあるし、【風魔法】を本体に向けて放てば倒せそうだとは思いつつも魔力温存で接近する。



 プシュッ!



(5メートルほどまで近づけば糸を吐く。ただ噴出スピードは大したことないから、油断しない限りまず食らうことはない、と……問題はこの後だな)


 リグスパイダーは、高さ5メートルくらいにある木の枝から糸でぶら下がっている状態。


 多少は枝より高さが下がるものの、それでも剣を伸ばそうがまったく届く位置ではない。


 なので糸を吐いた後に降りてくるかどうかだが――



 プシュッ! プシュッ!



(うげっ! こいつ糸吐き続けるだけで降りてこないし! 糸を量産させたければ有りな戦法だけど、とっとと倒したい時はウザいだけだぞコイツ!)


 ジンク君が弓を求めた理由も分かるというものだ。


 先輩ハンターの情報から、遠距離攻撃の手段が必要という話を聞いていたのかもしれない。


 となるとしょうがないか。


(数を倒すなら魔力は温存したいところだから、魔力消費は2~3程度に収まるようにを意識して……)


「風よ、斬れ」


 なんとなく手刀のような形にした手に青紫の霧が一瞬纏い、その後すぐに見えない風の刃がリグスパイダーを支える糸に向かうが――



(ダメか……)



 リグスパイダーを少し強めに揺らしたくらいで切断までには至らない。


 となると魔力消費を増やすか別の手段を取るかどうかだが、数を倒すことが前提なら次はこいつだ。



「火よ、飛べ」



 間髪容れずに今度は手を鉄砲の形にして、魔力消費をかなり抑えた小ぶりの火の玉を発動させる。


 粘着性があって物理耐久が高いなら、燃えやすいという特徴があるんじゃないかと思っての一手。



(おっ、こっちが正解か!)



 その予想は見事に当たり、リグスパイダーを支えていた糸が切れて地面に落ちてくる。


 こうなればただの的だ。


 討伐部位を避けて腹に剣を刺し入れ、やっと1体目の討伐と相成った。


 そしてすぐ様解体に入りながら、ステータス画面を僅かに開き、経験値バーのみを確認する。



(23%。1体おおよそ1%前後の上昇なら相当経験値は美味しいな。ロッカー平原の何十倍だ?)



 そんなことを考えていたらリア様から声をかけられた。


「どう? いけそう?」


「倒すのは問題無いですね。ただ面倒というか、剣が届く位置へ降ろすために、一度魔法を撃たなきゃいけないのが手間ですが」


「身体に直接当てちゃえばいいのに」


「そうすると魔力消費が大きくて数をこなせなくなるんですよ」


「ふーん、魔力が少なそうで大変だね」


「女神様と一緒にしないでくださいよ! こっちは弱いなりに後々の効率考えてやってんですから!」


 思わず突っ込むと、ふふっと笑うリア様。


「あれ……もしかしたら笑った顔、初めて見たかもしれない……」


「――ッ!? 早く【突進】っていうの見せて!」


「ははっ、あの蜘蛛相手じゃ無理ですね~オークが出てきたらやりますから待っててくださいよ」


 言いながら解体を終わらせ、周辺に巻き散らした糸を参考程度に回収――って、これまた面倒くさっ!


 ナイフで切ろうにも粘着質のためスムーズに切れないし、ナイフにもくっついて無駄に時間がかかる。


(うぅぅ……なんてストレスの溜まる魔物だ……)


 なんとか木や地面に付着した糸を取れるだけ取り、気を取り直して次の標的を探して奥へと進む。


(うーん、おかしいな? 笑った顔の方が可愛いですよって言おうとしたら、急に恥ずかしくなってしまった。大丈夫か俺?)


 そんなことを考えつつ、思考が読まれない【分体】で良かったと内心安堵するのであった。

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