410話 コンビネーション
服の長い裾を軽く持ち上げ、シスターらしからぬ走りを見せるマーサ。彼女がシベルの元へ接近するのにそう時間はかからなかった。
と、彼女はそこで速度を緩め、懐よりロザリオを取り出す。そして聖魔術を詠唱しだした。
「『メサイア様よ、彼らの心に平穏を』―!」
詠唱完了の祝詞と共に、ロザリオからは光の刀身が顕現。光剣を形作る。マーサはそれを両手で握り構えると、シベルを追いかける魔獣の最後尾目掛けて振り下ろした。
「ギャゥンッ……!」
一太刀を身に受けた魔獣は小さく悲鳴。猛っていた身を震わせ、ふらつきながらその場に落ち着いた。
しかし、死んだわけではない。それどころか、肉を切られた様子すらない。 代わりに、血を欲するかの如き獣の瞳はとろんとした柔和なものに代わり、そのままのんびりと、安全そうな場所へ歩き出したのだ。
これこそが聖魔術の極み。魔神メサイアの聖なる光を集め形を成し、攻撃によって送り込む。殺傷能力こそないものの、濃縮された輝きは対象の心を優しく強く包み込み、平穏をもたらすのである。
「これぐらいで充分みたいね……。なら…!」
効果の程を確認したマーサは足を止め、もう一つロザリオを取り出す。そして再度詠唱を。すると二つのロザリオは輝きに包まれ、双方の底面から伸びた光が長い
つまりロザリオは、両剣、あるいは双頭刃、反対側にも刃がついた薙刀と言うべき装いの武器となったのである。その光
その動きは、まるで神へ捧げる舞の如く。……だがしかし、明らかに防御を捨てている。もし魔獣達が少しでもマーサに気づけば、忽ち彼女を鋭牙が襲うであろう。
――そう。わざわざそう評すということは……その鋭牙の全てが、彼女には向けられていないということ。 その唸りの矛先は、一点に。囮を務めるシベルへと向けられたままなのだ。
「マーサ、さっさと終わらせるぞ! へばるなよ!」
「こっちの台詞よ、シベル!」
互いに煽りの言葉を交わす二人。と、シベルは急な方向転換を。マーサに向かって…否、マーサの傍を通るように、囲むように獣達を引き付けだした。
一方のマーサはそれに合わせ自らも接近、手近な相手から両剣ロザリオで切り払っていく。二人がそれを繰り返す度に、どんどんと獣達は解放されていく。
「すごい…! やっぱり、協力するんだ…!」
その様子を見て、さくらは感嘆の声をあげる。竜上であれだけ子供じみた言い合いをしていた二人が、見事なコンビネーションを描いているのだ。
一応、彼らの協力を見るのはこれが初めてではない。獣人の里モンストリアや、ディレクトリウス公爵領下などで幾度か見てきた。そしてその度に思った。
「……なんで普段はあんなに仲が悪いんだろう……」
彼ら曰く、『なんか気に入らない相手』らしいので…もはや当人達にしかわからない心持ちなのであろう。さくらが苦笑いを浮かべていると、彼女を守っていた聖騎士の1人が号令を出した。
「マーサ殿の指示に従う! 総員、構えよ! 隊長の部隊が到着するまで持ちこたえるぞ!」
それを合図に、周囲の聖騎士達はロザリオに詠唱、即座に聖なる光製の槍や剣、弓を生成。と、号令を出した聖騎士がさくらへ頭を下げた。
「さくら殿、でしたね。 助力をお願いいたします! 向こうの一群をこちらへ誘き寄せて頂けますか?」
「――はいっ!」
大きく頷いたさくらは杖を手に詠唱し、精霊を召喚。すると…――。
「おぉお…!!」
「こんな…大量に…!?」
聖騎士達から驚嘆の声が。竜崎のために修行を積んださくらは、既に以前までの召喚限界数を大幅に更新していた。その場は精霊達によって、まるでカラフルな花が咲き誇ったかのよう。
「行きます! 精霊達、魔獣達を誘き寄せて!」
さくらの命に従い、その花々…もとい精霊達は一斉に飛び出す。聖騎士に示された魔獣の一群へと接近し、視界の前でちょこまか。
目の前でそんなことされたら、赤布を振るわれた牛の如く追わざるを得ない。目論見通り獣達は次々と精霊を追いかける形でさくら達の元へ。すると――。
「今だ! 弓兵は端の獣から狙い撃て! 残りが来るぞ、盾を構えろ!」
号令により、聖騎士達も動く。弓持ちは光矢を放ち、遠距離から数を減らしていく。そして撃ち漏らした分は…――。
「はぁッ!」
「メサイア様の加護を!」
「平穏あれ!」
近接武器持ちの兵が盾で抑え、剣で切り、槍で刺し抜く。一匹たりとも逃すことなく、あっという間に全てを鎮圧し終えた。
流石、魔神メサイアに仕える護国の騎士。その手際は鮮やかなものであった。さくらが見惚れてしまっていると、再度号令聖騎士が。
「さくら殿、次はあちらをお願いいたします!」
「あ…っ! は、はいっ!」
さくらの尽力もあり、村を取り囲む魔獣は次第に減っていく。その度に怯えていた村人達は歓声と安堵を。
とはいえ、まだまだ気が抜けない。気合を入れ直すために息を大きく吸うさくら。その際、ふとシベル達の方を見やると……――。
「―――ふえっ!? 嘘…!!」
吸い込んだ息をゲホッと吐き出し、さくらは目を震わせてしまう。彼女の視線の先では、なんと――。
「シベルさんとマーサさん……囲まれてる!?」
一体どうしたことか。つい今しがたまで健脚で翻弄していたシベルが、両剣を振るっていたマーサが、揃って魔獣の円陣内に囚われているではないか。
彼らを囲む獣達は先程よりもかなり数を減らしているとはいえ、それでも村を蹂躙できるほどの頭数はいる。かなり危険な状況と言っていい。
もしかして、戦法を間違えたとか…!? さくらがそう息を呑んだ時であった。
『ガァゥルァア゛アアアアアアァァアッ!!』
再度響き渡るは、シベルのウォークライ。すると、先程は引っかからなかった暴走魔獣達も呼び寄せられ、獣の円陣は更に猛々しく。今度はマーサのことも狙っているような動きである。
――違う。ミスをしたわけじゃない…! あれが狙いなんだ…!! 瞬間的に察するさくら。しかし、聖騎士達の一部は俄かに慌てだしてしまった。
「あれは危険なのでは…!?」
「副長、援護に向かいましょう!」
数名がそう進言するが、先程から号令を出していた聖騎士は頷かない。代わりに、皆をこう宥めた。
「落ち着くんだ。あのお二人は隊長と同じ『学園』出身者。しかも講師だ。 実力は折り紙付き――」
と、その時。シベル達の元から何か小さいものが飛び上がる。それは、火の精霊。赤い輝きを強く放ち、何かを知らせている様子。
「――合図だ。マーサ殿曰く『手助け無用』と。 これより任を変更する! この場の防衛、及び緊急時の対処のために数名を残し、残りは残党処理と治療補助及び被害確認。そして沈静化した魔獣達の誘導と、森への原因捜索準備に移る!」
副長聖騎士の采配に、隊のメンバーは即座に動き出す。さくらは副長の言葉…この場にいない隊長のことがちょっと気になりながらも、どうすればいいかわからずオロオロ。
「さくら殿はこの場に残って頂き防衛補助と、万一の際にマーサ殿達への援護をお願いして宜しいでしょうか?」
「あ! はいっ! わかりました!」
副長から指示を貰えたさくらはホッとし、杖を握り直し精霊達を待機させながらマーサ達の成り行きを見守る。もしもの時は、強くなった自分の力でマーサさん達を守るんだと意気込んで。
―――だが、それには及ばなかった。他の戦える学園教師陣、勇者一行、そして竜崎と比べて、残念ながらマーサとシベルは幾段も格落ちとなってしまうだろう。
しかし忘れてはならない。彼女達も、竜崎の教え子を名乗る存在。群雄割拠の学園の中で講師を務め、時には対人対獣相手に戦いもする。
そんな二人が、策や自信無しにわざと取り囲まれるような真似はしないのだ。そしてさくらは…その二人に驚かされることになった。それも、これでもかと言わんばかりに。
なぜなら――――。
「シベル!」
「マーサ!」
周囲を牽制するように睨みながら、マーサ達は同時に相手の名を呼ぶ。それを始動の合図とし、二人はさくらにとって驚愕の行動ひとつ目を。
マーサは聖魔術を詠唱しつつ、手にした両剣ロザリオを二つに解体。すると片方の柄が形を変え、まるで刃付きのトンファーのように変化。
シベルは全身に何かの魔術をかけつつ、片方のトンファーの持ち方を変え、持ち手を解放する。そしてそれを……。
「えっ!? こ、交換!?」
声をあげてしまうさくら。 なんと、マーサはロザリオトンファーをシベルに。シベルは持ちかえたトンファーをマーサに。それぞれの武器の一本を交換したのだ。
これでマーサの手には、光剣一本とトンファー。シベルの手には、自前トンファーとロザリオトンファー。
ただでさえ仲違いの二人が、自身の得物を片方づつ交換したのは仰天に値する。――だが、それを更に上回ることが。
「「『メサイア様の加護を、ここに――!』」」
二人の声による、聖魔術詠唱。なんと……マーサはともかく、シベルまで聖魔術を詠唱したのである…!!
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