408話 観光、ではなく…


「ところでメサイア。予後観察のためって言っていたけど…どれくらいここに居ればいいの?」



ふと、竜崎は彼女に問う。繰り返すようだが、竜崎がこの応接室に案内されたのは治療の経過観察のためなのだ。



彼の身に残る呪いはとてつもなく特殊。故に、聖なる魔神メサイアとしてもある程度様子見をしたいらしいのだが…。



「そーね。半日ぐらいあると嬉しいのだけど!」



「半日、か……」



メサイアの言葉に、ちょっと眉をひそめる竜崎。この部屋には窓こそないが、置いてある時計から昼頃だとわかる。



となると…単純に考えて夜ぐらいまでだろう。すると竜崎は、周りをちらっと見やった。



「私はこんな身だから問題ないんだけど…。そんなにかかるなら、流石に皆先に帰って貰っても…。特にソフィアやマーサとシベル、さくらさん辺りには仕事や予定があっただろうし」



自身の周りに居る彼女達にそう伝える彼。 何分、竜崎の目覚めは予測できなかったこと。そのため、やることをほっぽり出して来てくれた者ばかりはなず。



なにせソフィアは工房の主、マーサとシベルは教師、さくらは生徒である。仕事は山積みであるだろうし、このままでは今日一日の予定が丸つぶれ。



それを見越し、竜崎はそう提案したのである。治療を施された今、これ以上自分の我が儘に付き合わせるわけにもいかないと。




因みに、ニアロンと賢者ミルスパールと勇者アリシャは名を呼ばれていないが…。ニアロンは竜崎の身に憑りついているから当然として、ミルスパールはサボリ魔気質かつ遠隔での作業すら可能な能力者。



そしてアリシャは……やっぱり、竜崎の腕をがっちり離していない。今もさくらとは反対側の竜崎の横にくっついている。彼女には差し迫った仕事等はないし、あったとしても多分帰らないのは想像に難くない。








さて、そういう考えがあっての竜崎の提案。それを受け、一同は…―。



「なーに言ってんだか! 病人は大人しく守られときなさいな!」



へっ、と言い切るソフィア。シベル達もそれに少し笑ってしまいながら続いた。



「ご心配なく先生。幸い、俺達の今日の授業は少なく、助手たちで充分に回せます」



「皆様方の前では微力ではありますが、先生の担当医として弟子として、出来る限りの手助けをさせていただきます!」



そう胸を張るシベルとマーサ。勿論さくらも、帰りたい気はないと言うように頷いた。




…と、そんなシベル達に対し、未だ魔神への怒りが冷めやらぬのか、ニアロンがまたも茶々を入れた。



―案外お前達二人が学園にいない方が、授業準備とかは捗るかもな―



「こらニアロン…。 また叱るぞ?」



呆れたように、彼女の口を塞ぐ竜崎。 当の教師2人はバツの悪そうな顔を浮かべたのであった。









「ふふふ~! 良い子たちばっかりね~! リュウちゃんってば幸せ者!」



その様子をにっこにこな顔で見ていたのは魔神メサイア。そして、一つ訂正を加えた。



「でも、半日じゃなくても大丈夫よ! さっき、治療の直後に大技見せてくれたでしょう? あれだけやって何も変化無しだから、あと数時間ほどで良いわ!」



嬉しいことに、待機時間が短縮されたではないか。それならば、まだ日が充分に出ている内に帰ることができそうである。




……とはいえ、それでも中々に長い。その間この応接室に缶詰めと言うのだから、暇を持て余すのは確実。



それを察していたのであろう。ふと竜崎が、思いついたようにさくらへ声をかけた。



「そうださくらさん、外の様子、観光でもしてくる? 私はついていけないけど…前のモンストリアの時みたいに、マーサ達に案内して貰えれば」






「え…! 良いんですか…!?」



願ってもない提案に、さくらの声はちょっと調子が上がってしまう。なにせ、ここ神聖国家メサイアに来たのは初めてなのだから。



初めてきた異世界の国や都市を観光したい気持ちは、この世界に来てから少し経った今でも当然変わりはない。特にこんな、僧侶やシスター、聖騎士が集う清廉なる街なんて…!




ただ、今回は竜崎の治療のために来ている。だからさくらとしても観光する気なんて毛頭なかったし、正直今もいいのかな…と若干迷っているのだが…―。



「それ良いじゃない良いじゃな~い! マーちゃんはここ出身だから、色々知ってるもんね~!」



メサイアの強烈な後押しが。そうなるとマーサも微笑み―。



「そう言う事ならばお任せを! にならないよう、案内しますので!」



――…少し皮肉めいて、シベルをチラリ。モンストリアでの騒動への当てつけらしい。シベルは声こそ出さないが、牙を剥いてグルルル…と威嚇し返している。



「…先生、俺もついていって宜しいでしょうか。こいつだけじゃ、何かと不安ですから」



竜崎にそう願い出る彼。次には間髪入れず、マーサとバチバチに睨みあう。相変わらず仲が良いんだか悪いんだか…。









「勿論構わないよ。楽しんできてね。 けど、喧嘩しないように」



一方の竜崎は慣れた様子で忠告しつつ、承認する。そしてもう一つ付け加えようと…―。



「それなら、お金は私が…―」



「―――あっ…!」




―――ふと、妙な声をあげたのは…メサイア。目を瞑り集中するその様子は、どこかに意識を飛ばしているかのような……。



「案外、数多いわね…。 あの子達の部隊が到着する時には、だいぶ食い込まれちゃってるかも…」



ぼそぼそと独り言を呟く彼女。竜崎が何事かを聞こうとしたそれと同時だった。部屋の外から慌てたようなパタパタという足音が。



「こちらから失礼いたします、メサイア様…! 近隣の村数か所に、同時に多数の魔獣が…!」



息せききったように現れたのは、祭司長。どうやら緊急事態らしい。メサイアが彼女へ把握していると頷いた…その瞬間だった。






「「――!」」



「え…? ちょっ!? 竜崎さん!? アリシャさん!?」



弾かれたように立ち上がり、部屋を飛び出しかけたのは竜崎と勇者アリシャ。 さくらの驚きの声を余所に、彼らは―――。






――……部屋の外へは行けなかった。 止められたのだ。竜崎はソフィアに、アリシャは賢者に。



「アンタは絶対出ちゃ駄目でしょうよ! なんのために隠れて来たってのよ」



「お前さんもじゃ。注目を引くからのう。 来訪の理由、散々聞かれるぞい」



服を掴まれ、魔術で止められ。不満且つ焦燥の色が浮かぶ彼らを諫めるソフィア達。そこに更に―。



―落ち着け、似た者同士め―



ニアロンが二人を軽くペチン。それでようやく竜崎達は落ち着いたのであった。







「大丈夫よリュウちゃんアリちゃん、ママの子達…聖騎士達は皆強いから! ぱっと駆け付けてしゅぱんって追い払っちゃう!」



魔神メサイアもまた、竜崎達を腰かけさせながらそう宥める。とはいえ、事は急を要するだろう。



彼女の口ぶりから察するに、既に分身を通じて命令は出している様子。ただ、懸念があるのも真実らしい。だからこそ…―。



「あ、あの…! 私、お力になれませんか!?」



さくらはそう申し出ていた。近場の村に魔獣が襲撃していると聞いて、のほほんと観光に出られるほど豪胆でも冷徹でもないのだ。



魔獣魔物退治ならば、ある程度の経験はある。竜崎が動けない今、彼の手足の代わりとなるべき―。彼女はそう考えていた。



それに……先程竜崎に『上位精霊召喚が出来るほどの実力がある』と言われたから、今の自分の実力を確かめて見たかったのである。





「いやいや…! さくらさんだいぶ疲れているんだから―むぐ…!?」



―だと、メサイア。勿論さくらが動くなら、マーサ達も協力するだろうさ―



「まあ、こういう時のために二人の同行を許可したんじゃがな」



竜崎の口を塞ぎ、にやりと笑むニアロン。賢者もまた、カラカラと。そして当のマーサ達は…。



「「任せてください!」」



声を揃え承諾した。 するとメサイアは、感激したように三人をぎゅうっと。




「ありがと~っ!三人とも良い子過ぎ~っ!! お礼に、片付いた後の観光費用、ぜ~んぶママが負担したげる! …正しく言えば、神殿の経費でだけど!」



それで存分に美味しいご飯とか欲しい物買っちゃって~! と大盤振る舞い。竜崎が申し訳なさそうにそれを止めようとすると…。



「いいのいいの! どーせリュウちゃん、自腹切る気マンマンだったでしょう?」



―間違いなくな。 全く、もう腹に穴を開けられてるんだから……あぐっ…!―



「でも……」



またも変な茶々を入れたニアロンを強めに叩き黙らせた竜崎は、何か言おうとする。が、メサイアは彼の口に指をあてた。



「正当な報酬よ報酬! それで納得できないなら…リュウちゃんの快気祝い代わりということでどーお?」



有無を言わせないその調子に、とうとう竜崎は諦めたのだろう。了承するように頷き、出撃予定の三人を順に見た。




「マーサ。この辺りは君の庭とはいえ、充分に気をつけるように。シベルとさくらさんをよろしく頼む」


「承知いたしました!」



「シベル。ここがメサイアの領地だと言う事を忘れず戦うように。マーサとさくらさんを守ってくれ」


「心得ています!」



「さくらさん。今は神具の鏡が無い。だから、前線に立っては駄目だ。 シベル達より後方で、安全を確保しながら戦って」


「は、はい!」



それぞれ気合の籠った返事をする三人。 と、そこにまたまた茶々が…。が、今回はニアロンではなくソフィアだった。



「そーよさくらちゃん。そもそも召喚術士って、後方で召喚獣を操るのが正しい戦い方らしいんだから! わざわざ最前線に出て精霊と共に暴れるなんての、本来なら自殺まがいのようなものよ!」



ね、キヨト? とにやつくソフィア。 竜崎は苦笑い。



「お前は人のこと言えないだろ…。『職人』なんだから…」



ペロッと小さく舌を出す彼女に肩を竦め、彼はさくら達に再度激励を行った。



「三人共、怪我をしないように、絶対に無茶をしないように!」



―自分のことは棚に上げてな―



「うるさいなニアロン! とにかく、気を抜かないようにね!」




「「「はいっ!!!」」」


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