406話 さくらの実力、竜崎の嘆願
「それは―! ……っ……!」
先程まで魔神面々へまっすぐに立ち向かっていた竜崎の言葉が、俄かに揺らぐ。唇を噛むようにし、二の句を即座に継げなくなったのだ。
竜崎の後ろにいるさくらも、彼の様子はよくわかった。そう返されるのはわかっていたが、それでもそう頼まざるを得なかった―。まさに、そのような雰囲気を纏っていた。
それも当然。今しがた火の高位精霊イブリートが口にした台詞、『高位精霊達が如何にして竜崎の友となったか』―。それの詳細を知る者ならば、その意がわかるのだから。
かつて、20年前の大戦中。竜崎達は高位精霊達に助力を得るため、彼らの元へと赴いた。そしてそこで、とある条件を受けた。
それは…『
しかし、竜崎達はなんとかやり遂げた。各所を周り、6柱全ての高位精霊を友としたのである。それを以てして、大戦の元凶である先代魔王を撃ち滅ぼしたのであるが―…。
……その事実から察せられる、イブリートの台詞に秘められた真意。それは――。
――さくらが自分達を打ち倒さない限り、力を授けることはない。 そう言い切ったも同然なのである。
無論、さくらが挑んでみれば良いのかもしれないが…。いくら優秀な生徒と言われている彼女だとしても、勝てる望みは万に一つもないだろう。
それは本人にも充分にわかっていた。相手は高位精霊。今までに竜崎と共に赴いた彼らの棲む領域、そして竜崎が彼らを召喚したことによる戦果をまざまざと見ているのだから。
高位精霊達の真なる姿は少なくとも豪華客船のサイズを越え、その棲み処はそれぞれの属性が吹き荒れよほどの術士でも侵入すら不可能。
また力の一部を借り受ける竜崎の召喚では、技一つで広大な森や平原、街中に大量に残る狂暴な魔物を『消滅』せしめた。
その情報だけでも、人の身が及ぶことなき規格外の存在だというのがわかる。だというのにそれに勝て、というのはもはや荒唐無稽の域。
先に述べた通り、そんな相手でも竜崎たち勇者一行は勝利を収めた。…だが、忘れてはいけない。最高位の魔術士として名高い賢者と、彼を以てして『彼女一人でも魔王討伐は可能だったろう』と評された最強の存在である勇者がいることを。
そして何より……―。
「鏡……」
さくらは、そう小さく呟く。その通り。そんな勇者一行でも、高位精霊達に勝つためには『神具の鏡』を利用せざるを得なかった。全てを弾くと言われるあの武器を。
だがそれは、今どこにあるか。 ……
それがあれば戦えたという訳ではないが……やはりとんでもなく重要で危険な物を盗られてしまった―。もう幾度目かわからぬ猛省に、さくらは顔を埋める。
……と、それを打ち破ったのは――。
「…――さくらさんにも、実力はある!」
――という、竜崎の道破であった。
彼の言葉に、さくらは思わず顔を上げる。それとほぼ同時に、竜崎もさくらと顔を合わせた。
「さくらさん、疲れているだろうけどお願いがある。 桜の花を…私に見せてくれたあの綺麗な光景を、目いっぱい、イブリート達に見せてくれないか…!」
「え……! …――はいっ!」
彼の言葉に一瞬驚いたさくらではあったが…即座にこれを承諾。深呼吸し、竜崎の前に進み出た。
――実力がある、と竜崎に言われ、さくらは嬉しかった。 そして今から行うことが、それの証明であるということもしっかりと理解していた。
なにせ先程までここにくるまで、竜崎はさくらが作った桜花のブーケをずっと肌身離さず持っていたのだ。それは勿論自慢的な意図もあっただろうが、恐らく最大の理由はこれだったのだろう。『魔術士さくら』の力の結晶として、魔神達に見せるために。
仮にそうでなくとも、そこまで思考が及んでなくとも、さくらは竜崎のその頼みを断る気なんてなかった。
―――約束したのだもの。彼に頼まれたら、どんな時でも桜を見せると―!
「―――。―――――――――。―。」
胸のバクバクを堪えながら、さくらは詠唱を始める。各魔神達、そして竜崎達の視線を一身に受け、新しくなった杖を振ってゆく。
噛まないように、間違えないように、転ばないように。竜崎に初めて見せた、あの時のように―。
…とはいえ、一つ問題がある。この場に、基礎となるはずの大木は存在しないのだ。あの時と全く同じ、とはならない。
幹も枝葉もない状況で、目いっぱい桜を見せる方法―。詠唱を続けながら、さくらは考える。
(――…あ…。フリムスカさん…)
その際ふと目に入ったのは、氷の高位精霊フリムスカ。彼女もまた、未だにさくら達を助け切れなかったことを引きずっているのだろう。他の面々とは少々違う目でさくらを見ていた。
(……――そうだ!!)
瞬間、さくらの中であるアイデアが浮かびあがった。思わず杖と、自分自身をぎゅっとおさえてしまう。自らの名をイメージして貰った杖と、『雪谷さくら』を―!
そう、木が無いならば――!
「すぅっ……『桜で雪を、降らせましょう』――!」
大きく息を吸い、高らかに詠唱を締める。それと同時に杖は天を指し、練り上げた魔術は、勢いよく放たれる。
それはその場全員の視線を奪い取り、悠々と高く高く打ちあがって――。
「「「おぉ…!」」」
「「「わぁ…!」」」
「「「ほう…!」」」
魔神達も、竜崎達も、総じて感嘆の声をあげる。場に満ちる聖なる輝き、魔神の輝きに照らされ鮮やかに揺れ落ちてきたのは…―!
―――桜色の、雪華。 およそ有り得ぬ、まさしく神秘の光景であった――。
最も、正確には違う。柔らかく見目良き泡雪と共に、華麗なる桜花が舞い降りてきているのである。桜の魔術と、氷精霊による降雪の合わせ技。
だがその魔術桜は、あの時竜崎に見せたものと同じ出来。本物と遜色なく、竜崎が涙を流すほどの素晴らしき花盛り。
故郷への郷愁なくとも、その鮮麗さは届いたようで――。
「あらあらまあまあ すごいすごい! 綺麗で可愛く美しい! お見事お見事さくらちゃん!」
「氷精霊の雪と、お花の共演…! ワタクシ、感極まってしまいますわ…!」
「これなんて花? 見たことないんだけど、すっごく素敵じゃない!」
風のエーリエル、氷のフリムスカ、雷のサレンディールが、実に楽しそうな声をあげる。他の魔神達も、堪能している様子である。
「…よかっ…た…! ……っぅ…」
その様子にホッとしたさくらは、緊張が解けた影響で身体をふらつかせてしまう。いくらメサイアに回復してもらっていても、弱った身で魔力の急激な大量消費は身に響いたのである。
――と、それをすぐさま支えたのは…。
「有難うさくらさん。 本当、とても綺麗だ……!」
勿論、竜崎。感動と興奮が入り混じった嬉しそうな表情で彼女にお礼を述べると、そのままさくらの身を勇者に託し、魔神達の前へ進み出た。
そして落ちてくる桜の花の一つを摘まみ、目を細めるようにそれを見つめる。そしてそれを魔神達へ見せつけるように掲げた。
「これは、私達の世界の花だ。この世界には存在しない、『桜』という花。 私達にとっては懐かしき花であり、さくらさんの名前の元となった美しい花でもある」
―ふと、竜崎はさくらの方を少し見やる。今口にしたことが正しいか確認するように。さくらはしっかり頷くと、竜崎は微笑み再度魔神達へ向き直った。
「私もかつて、郷愁からこの花を作り出そうとした。…けど、上手くいかなかった。どう足掻いても、偽物然としたものしかできなかったんだ」
手にした桜を胸に当てるようにし、顔を伏せ過去を偲ぶ様子の彼。そして、改めてキッと顔を上げた。
「けど、さくらさんはものの見事に作り上げた! この出来栄え、本物同然だ! 仮に私の世界の人々に見せても、造花と見破れる者は少ないだろう!」
間違いない、と言わんばかりに吼える竜崎。そこまで褒められると誇らしくも恥ずかしくなるさくらであったが、彼はまだまだ説得を続ける。
「人の身ではないとはいえ、皆も、この花を作り出した『基礎召喚術』のコツは知っているはずだ。―『想像力』。頭の中でどれだけ精巧にイメージが出来るかが重要だと言う事を」
魔神全員に目を配りながら、そう告げる竜崎。そして手にした桜を再度掲げながら、同じく彼らが手にする、あるいはその周囲に舞い落ちるそれらを指し示した。
「これほどまでの精緻な花を大量に作り出せるなんて、並大抵の術士が出来るものではない。それに、この光景だ!」
そのまま桜花で天井を示す竜崎。そこには未だに艶やかに降り注ぐ、桜の雪華が。
「精霊を交えることで、私の世界でも滅多に見ることができない壮麗な景色を作り出した! これほどのことができるなら、上位精霊の単独召喚も目前。―いいや、もう出来るのかもしれない!」
その一言に、さくらは目を輝かせてしまう。ただのリップサービスの可能性も捨てきれないが…『精霊術講師』竜崎の口から、予想外の嬉しい一言が出たのだから。
しかし一方の竜崎は、直後に辛そうに息を吐く。ただしそれはさくらに向けたものではなく、魔神面々に向けたもの。
「だが、神具の鏡が手元にない現状、私達でも苦戦した
恐らく、心の底からの吐露なのだろう。彼は、自らの力の無さを恨むように歯を軋ませた。
「あいつらが…ナナシ達が、普通の悪漢や敵対者、下手な権力者程度であれば、私の力や培ってきた関係を駆使して幾らでも対処する。けど、知っての通りあいつらは違う!」
彼の言う通り、彼らは尋常一様の存在ではない。禁忌魔術と呼ばれる恐ろしき代物を自由自在に扱う危険人物達。
その実力は知っての通り。勇者一行を以てして容易くは倒せぬ相手。だからこそ――。
「『禁忌』に対抗できうるのは、それに比肩する力のみ。『魔神』である皆の協力が必要なんだ!」
手の桜を優しく強く、抱き守るように握りながら、再度そう頼み込む竜崎。それを受けた魔神面々は―。
「「「…………。」」」
全員が、無言を貫いた。いや、口を噤んだと言うべきか。心優しきメサイアも、非を感じているはずのフリムスカも、迷う様子で言葉を呑み込んだのだから。
「……! 誰か、一人でもいい! さくらさんに力を! 今後身を守れるだけの加護を!」
その様子を受けてもなお、竜崎は嘆願を続ける。 もはやなりふり構わぬ、娘を案じる親のような様相で。
それでも動かぬ魔神達に対し、とうとう頭を下げるため両膝を突こうとする竜崎。
―――しかし、それを制す形で、イブリートが口を開いた。
「ならば―。
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