397話 集いし魔神達②
「そう、それで…聞きたいことがあるんだ」
フリムスカの一件がひと段落したのを見計らい、竜崎は切り出す。勢揃いする魔神達全員をしっかり見やりながらの言葉ではあったが…何故か、どことなく言葉に詰まっている様子。
言い出しにくいが、絶対に聞かねばならない―。まさにそう言うべき葛藤の中、彼はゆっくりと口を開いた。
「その…『神具の鏡』について…なんだけど…」
その一言に、離れていたさくらも息を詰まらせる。……なにせそれを奪われた原因は、彼女のようなものなのだから。
『なんでも弾き返す』と謳われる謎の秘宝、『神具の鏡』。さくらはそれをテニスラケット状に改造してもらい、自分の武器とさせてもらっていた。
しかしそれも、先の戦いまで。
幾ら竜崎に赦されても、誰からも責められなくとも、その事実はさくらの心を絞めつけていた。だから、竜崎の口からその単語が出ただけで、心中穏やかではなかったのである。
そんなさくらの、そしてやられたフリムスカの、奪い返せなかった自分と勇者一行の心の内を慮るように言葉を探る竜崎。…と。
―……その神具の鏡を使って、
全ての煩悶を振り払うように、ニアロンが彼を代弁して問いかけた。
竜崎がその言葉を言い淀んだのには、大きな理由がある。それは、その神具の鏡が『高位精霊達を倒す大きな鍵となった』という事実。
かつての戦時、彼ら勇者一行は高位精霊達の助力を得ようとし、対する高位精霊達は、自らを打ち倒すことで協力を約束したらしい。
そして、戦闘と相成り…結果は今目の前の通り。なんとか全員に力を示し、『友』として認められたのである。
――しかしその闘いに置いて、無くてはならなかった物がある。それが今も勇者アリシャが持つ『絶対に壊れない』とされる『神具の剣』と、その神具の鏡であった。
その二つにより―。鏡で高位精霊の攻撃を受けきり、剣で勇猛なる一撃を見せたことにより、高位精霊達と契約を結べたのである。
……ということは、転じればどういうことか―。 そう、奪われた鏡は、魔神達を
もしそれが用いられ、魔神達に被害が及べば―、間違いなく世界が揺らぐ。だから、彼らの身が現状どうなっているかを聞かなければならない。
しかし…事情が事情とはいえ、奪われてしまったのは自分達の不手際。そんな身でありながらその問いかけをするにはあまりにも恥知らず。故に、上手く切り出せなかった…。
……竜崎の内情を説明するとすれば、そんなところか。ニアロンに代わってもらい、彼も幾分か救われた表情を浮かべていた。
―が…。それを聞いた魔神面々は――。
「フン…! 何を言い出すかと思えば―!」
イブリートの鼻息に揃えるように、7柱が一様に、竜崎をジッと睥睨したではないか…!
そのあまりの威圧に、さくら、マーサ、シベルの三人は身を慄かせる。特にさくらの心は、動悸で張り裂けそうであった。
「大丈夫よ~さっちゃん」
―ふと、そんな彼女を軽く抱き、頭をよしよしと撫でてきたのは…残る1柱の魔神、聖なる魔神メサイア。おかげでさくらも少し楽にはなった。
だが…どこからどう見ても大丈夫ではない。部屋を…否、塔全体を震わせるかのような気迫を発する魔神達の様子は、まるで地獄の審問会。
そしてそれを受けているのは…命の恩人である竜崎とニアロン。責任を感じているさくらとしては、とても平静を保てるものではなかった。
やっぱり、『悪いのは自分』と名乗り出るべき…。 そう考えだしてしまうさくらであったが…それよりも先にイブリートは恐ろしき牙と火炎湛える口を開き―。
「我らを見くびるのも、大概にしておけ」
――と、台詞の内容こそ圧のある代物だが…。存外優しい口調でそう叱った…?
そのちょっと調子はずれな回答に、さくら達はポカン。勇者一行は、わかっていたかのように平然と。
ただアリシャは竜崎をちょっと心配している様子ではあるが…。どちらかというと竜崎が倒れないかを気にしている雰囲気。魔神達にはほぼ目をくれていない。
一体どういうこと…? さくらが眉を潜めていると、サレンディールが竜崎達へ、軽い溜息交じりで答えた。
「イブリートの戯言は一旦置いといて…。 アンタたちの問いに対する答えは、『一切来てない』、よ。 当人たちはおろか、その仲間らしい連中すらもね」
「左様。 メサイアヲ通ジ、ミルスパールヘ伝エタ通リ。我ラノ地デ、
「わらわの『竜の生くる地』でも、メサイアの見守るこの『神聖国家メサイア』でも、目に見えた活動はしておらぬな」
更にアスグラドとニルザルルも続く。賢者の報告通り、かの一味は動きを見せていないようである。 それを聞いた竜崎は、深い安堵の息を吐いた。
しかし…さくらの内心はやはり不可解に支配されたままであった。 サレンディール達の口調も、一切怒っている様子もない。
ならば…先程の威圧の、そしてイブリートの言葉の真意とは…? ……まあ、イブリートに関してはサレンディールが思いっきり跳ね飛ばしてはいるのだが…。
彼女がそう考えていると―。エーリエルが歌い…もとい、いつも通りの調子で口を開いた。
「あらあらうふふ あらうふふ。 アスグラド達の言う通り。 安心してね、リュウザキちゃん」
風の傘をクルクル回しながら、竜崎を宥める彼女。…すると、突然に口の前に指を立て…。
「けれども気掛かり 別にあり。 心配なのは 他のこと。 リュウザキちゃんの憂い事――。」
そう、どこか妖しく口ずさみながら竜崎を見つめ…。口に当てていた手で促した。
「それはずばりに即ちに。 『私達が連中に 力を貸すかどうなのか』。 ――当たっているか どうかしら?」
エーリエルの心得たかのような、魔神一同を代表するかのような問いかけに、さくらは息を呑む。そして一方のリュウザキは…。
「――あぁ…。 その通りだよ」
降参するが如く、頷いたのであった。
かつて竜崎達は神具の鏡を用い、高位精霊達を倒し味方につけた。そしてその鏡が奪われた今、危険な状況になってしまっている―。
そこまでは語った通り。 だが、竜崎の憂い事はその奥にもあった。それこそが、エーリエルの口にした内容。
……神具の鏡を下手に活用されてしまえば、あの
つまり竜崎は―。魔神達が打ち倒され、ナナシ側についてしまわないかを懸念しているのである。
勿論ただの力自慢程度では、最強武器を手にしていたところで打ち倒せる存在ではない。だが今回は、奪った相手が相手なのだ。
あの異形の獣人…ビルグドアは、勇者アリシャと互角の力を有していた。もし彼がナナシ達のバックアップを受け、神具の鏡を手にして高位精霊達へ挑んだとするなら――。事は怪しくなってしまう。
それを不安視しての、竜崎達の問いかけ。 すると、再度イブリートが…。
「―ならば、繰り返そう」
そう息を吐き……―。
「「「「「「「我らを見くびるのも、大概にしておけ」」」」」」」
――なんと…今度は7柱揃って、その台詞を繰り返したではないか…!?
そのまさかの返しに、一旦置かれていた戯言のひき戻しに、竜崎は黙らせられる。離れているさくら達も、当惑。
「そりゃそう言われるじゃろうのぅ」
「心配も行き過ぎるとアレねぇ…」
しかしミルスパールとソフィアは、何故か呆れた様子。アリシャとメサイアも、驚くことすらしなかった。
と、そんな中、最初に口を切ったのはアスグラド。…最も彼の土偶な口元は鍾乳石と植物の根製の髭に覆わているため、本当に口らしき可動部があるかは不明なのだが。
「心外。 リュウザキ、我ラヲ何ト心得ル」
「――それは―。属性を統べる『高位精霊』であり、偉大なる『魔神』で…」
楕円の糸目を光らせる彼をまっすぐに見つめながら、そう答える竜崎。しかしその横から、サレンディールのちょっと怒ったような声が飛んできた。
「ちーがーうでしょ! それよりも私達は、『アンタたちの友』なんだから!」
「っ……!」
その一言に、竜崎は言葉を呑む。 そこへ優しく告げたのはフリムスカ。
「ワタクシ達はあなた方に打ち倒されたから契約を結んだのではありませんわ。あなた方勇者一行の正義の志に胸打たれ、契約を結んだのです」
「然り。例え幾度打ち負かされようとも、『礼』を失するような者に協力なぞするか!」
イブリートも鼻息荒く同意を。 それに続き、エナリアスが茶化した。
「そもそも…聞く話だけだとその連中、精霊術まともに使えなさそうだし…。契約しても、意味なさそうね」
それにフッと笑いを見せたのは、ニルザルル。彼女は竜崎の元にぐぐいと首を伸ばし、軽く牙を見せ宣言した。
「わらわも高位精霊達と同意見だ。無論、メサイアもであろう? わらわの友を殺めかけた連中なぞ、顔を見せた瞬間、頭から齧りとってやるわ」
「ママとしては、反省して改心してもらうのが一番なんだけどぉ~…」
神竜の危険な台詞にちょっと頬を膨らませはしたが、メサイアもまた『ナナシ達に協力なんてしない』と言い切ったに等しい。
つまりは魔神全員が『竜崎の友』として、彼の側についたということ。 心の底から嬉しそうに感謝する竜崎を、そしてそれを受け『全く…』と言いたげな魔神達を見て、さくらはようやく悟った。
先程魔神達が竜崎を睨みつけた理由。それは恐らく…『完全なる信頼をしてくれていない大切な友人に、ちょっとムッとした』と言うべきものなのであろう――。
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