第14話 撤退準備を、報告を

 「ふー、ふー」

 肩で息をきらす。

 握る連接棍棒フレイルの柄には返り血が付着。赤い甲冑にも。竜擬レッサードラゴンの頭部、上半分は粉砕され下顎しか残らなかった。

 彼の擬の手、反撃しようとした跡が掘られていた。しかし赤騎士悪魔はそれを許さなかった。

 「……死んだか」

 動かなくなったなり損ないの竜にそう吐き捨てる。身体中にアドレナリンが回る、その性もあって興奮が収まらない。

 「……」

 ただ呆然と立ち尽くす。納めようと息を深く吸う。落ち着きを取り戻せ、そう身体に念じる一種の自己催眠をする。

 「……──ふぅ」

 所瀬間しか体温も下がった様な気がした。改めて頭が無惨となった擬を目の前に死んだ事に確信した。そうでなければ何だと言うのか。

 後ろからおーいの掛け声が、振り返ると灰色の甲冑セザンが手を振りながらやって来る。

 向こうも終わったのだろう、と。

 「さて、どうするか」

 このまま探索続行かそれとも退却かの二択がグリムレッドの頭によぎる。突き刺した槍を取りに行ながら考える。どう報告をまとめようかと耽りながら槍を持つ、と穂先にぶら下がっている魔石が反応を示した。

 まだ何かある、と確信する。


   *


 「……──?」

 小屋の暗い中。

 水晶玉が曇る。蝋燭一本の灯りで照らされた手記を書く手が止まった。水晶玉の中には曇でも飼われているのか、それが灰色から黒色に一転する。

 「誰か来たの?」

 水晶玉は警報装置の機能を有しているようだった。不味い、不味いと口にする。何が不味いか、手記の内容を軽く触れるなら生命への侮辱が記されている。とある都から強奪した一冊の禁書をベースとした暗黒の研究、それは完成には至ってはいない。

 行動はゆったりとしていた、だが本人にはこれでも急いでいた。研究資料等を麻袋に放り込む。読むだけで吐き気を催す内容は、精神に異常をきたす。

 あっ、と一度手を止めある一点に目を向ける。床下、一度これに目を向ける。が、どうでも良くなった。また何処かで調達すればいいだとか、今度は古城がとか独り言を呟く。

 「今度はもっと良い所で、研究しよう」

 チョークを片手に魔法陣を描く。其処に麻袋をドスンと置き、陣に魔力を流す。

 光る魔法陣は麻袋と其を積めた者共に何処かへ転移した。地上の何処か、それを追跡されないように細工を巧妙に、何重にも施し。並大抵の魔法の精通する者でも探知出来ないように。

 遠く、ただ遠く、その者を知らぬ土地へと行く。


   *


 「此処か」

 グリムレッド達が魔石の示す場所に立ち止まる。目の前には掘っ立て小屋がポツンと。

 「自然に出来た、ではないな」

 セザンの言葉にだなとフルーガが相槌する。

 小屋は素人でも建てたでも言うべきだろう。釘の打ち方もなっていない、ド下手でお粗末な仕上がり。乱雑乱暴に扱えば簡単に壊れる。

 今にも倒壊しそうに傾くのに、其なのに崩れない絶妙な案配かな。だが、微かなのだが魔力が感じられた。補強材代わり、としても余りリソースを割いていなかった。

 「何だか入ったら、コントみたいに崩れそうですね」

 「……セザン、魔力残ってるか」

 「多少は。大技を使わなければガス欠にならない程度は」

 「今から小屋に魔力を流す。元家主は魔法で補強してたんだろうし、魔力を流せば補強され倒壊しないだろう」

 「魔女ウィッチの下で暮らしてたおかげの賜物と?」

 まぁなと返答。

 両者倒れ掛ける小屋にソフトタッチし、魔力を与える。倒れ掛けた小屋は一時的だが流した魔力分は補強される。あくまでも、ただ倒れ崩れるのが長引いただけに過ぎない。魔力と言う燃料がすっからかんになったら小屋はぺしゃんこになる。

 「よーし、手が空いてるハイネンとフルーガ。お前ら中に入れ」

 「分かりました」「はいよー」

 上記はハイネン、下記はフルーガの返事。立て付け悪いドアを開ける。中は灯りが必要なくらい暗かった。だがドアから射し込まれる灯りにより、なんとなくだがさっきまで使われていた痕跡があった。

 誰が使っていたのか。ハイネンとフルーガの二人は踏み入れる。

 消化された蝋燭はまだ熱を帯びていた。

 机の一ヶ所、其処だけ何か重い物が置かれてた痕跡。

 軽い手探りをしても手掛かりなり得る物は出てこなかった。……ある床下以外は。グリムレッド、セザンも小屋に踏み入る。謎の床下、それを誰が開けるかとなったがグリムレッドが申し出る。

 「一、二、三で開けろよ」

 グリムレッドはフルーガの言葉にあぁと返す。息を整え、一、二、三のタイミングに開く。開けたグリムレッドが床下に収納されていたのは中に詰められた瓶だった。それも幾つも敷き詰められていた。一瓶取りそれを出し、顔に近付ける。が、この行動に後悔する事になる。背筋が冷え、心臓をキュッと締め付けられた様な感覚を覚える。

 瓶の中身、それは──臓器が詰められていた。

 「ッ」

 放り投げたくなった。この小屋の元持ち主が危険思想な事を除いて。

 「……手土産が入った。気分の良い品ではないが」

 セントラルはこの事を知ってか、とグリムレッドは思った。三人にも臓器が詰められた瓶を見せた。各々、戦闘より精神へのダメージが大きかった。

 いくら冒険者クエスターであっても慣れない物は慣れない。特に瓶と言った詰められた物は時にトラウマとなる。

 「……ッ」

 「これは、コメントしづらい」

 「マジ、かよ」

 「セントラルは報酬を出してくれるな。たんまりと、誰かを追っているようだしな」

 瓶を五つ床下から取る。

 グリムレッドは小屋の元家主がどう言った理由だろうと、いつか出会ったならそいつを手に架けようかと黒い考えを頭の片隅から沸いた。しかし、それは難しいだろうとも言えた。

 彼の考えではこう言ったのは魔法に関する者が働いている。魔法が達者な者は追跡を撹乱するのに二手三手仕掛けている。長年追われる者なら特に手数が一〇程ある。


   *


 迷宮ダンジョンからの帰還は何も晴れやかな気分とは限らない。疲弊しているか、沈んでいるかの二択と例外。今回は二択の内の後者だった。

 探索隊一行の帰還、それを待ってましたと言わんばかり待ち構えてたのがいた。“総長”直下の私兵部隊、名を手の者ハンズと呼ぶ。

 鍔の広い羽帽子と黒いケープ、手が刺繍がされたスカーフを身に付ける。燕尾服を思わせ格好。腰には小剣ショートソードを二本を携える。また最新式の銃を両手に構える者も。

 「お待ちしておりました」

 代表者が前に出て出迎える。

 「ちーっ、あれ。手の者ハンズです。やっぱりセントラル絡みでしたね」

 ハイネンがセザンに小声で耳打ち。

 「やはり、裏があった。いつも通りか。報酬が多いのはいつの時も怖いな」

 自傷に浸るセザン。しかし、変な事を起こしたくはない。人質が“総長”の下にいる様なのは変わらない。彼女は身内に其程、冷酷にはなれない。

 グリムレッドが持ち帰った瓶を一つ手渡す。

 「ほら、土産だ」

 「これは、……なんともホラーチックで、グロテスクな瓶詰めを。中に入っているのは腸、しかも小の方だ。ガラス越しから見て保存状態は良好、よわいは一〇に満たないかと」

 手に取った手の者ハンズ代表者は感想を長々と詳細に述べる。

 全くありがたくない情報も添えて、であるが。他にはございませんか、飄々とした態度で聞いてきたが残りも手渡すことに。

 「何故深層の探索を俺達に任せた?」

 グリムレッドが素朴に問う。しかし代表者はさぁ、と肩を竦める。詳細は余り聞かれてはいない、もしくは聞かされているがあえて知らないをしてるかだった。

 「セザン様、探索はお疲れ様でした。総長様がこれを届けるようにと」

 数字が書かれた紙切れ、小切手だ。書かれている数字が九と七つのゼロ、C《銅》・S《銀》・G《金》の内Gに丸がされている。金貨九〇〇〇〇〇〇〇枚の報酬、借金返済に費やせば手元に八〇〇〇枚の金貨が残る。

 「……はぁ、喜べば良いのか。ハメられたと悔しがるべきか」

 「良いんじゃないか精算できて。愚妹がまたやらかしてないのを祈るとか?」

 「頭が痛くなる、祈って改善出来る程ではないし。……はぁー」

 しまった、フォローしたつもりのグリムレッドはセザンにストレスを与えてしまった。

 「……悪い。フォローのつもりだったんだが」

 大丈夫、大丈夫だから。そんな事を言うが声は憂鬱そうな物だった。

 「とりあえず、ギルドに行きましょ」

 ハイネンの提案にそうだな、とフルーガ。

 

   *


 ギルドにて。

 「……おい」

 一人の冒険者クエスターが連れを肘で小突く。連れはやだよと一蹴し断り入れる。

 目の前の受付カウンターでギルドスタッフと外套姿の人物エレノアが話す。それを遠目に見る二人、理由としては小突いた本人は女だと感付く。それを確かめるように連れに頼む、しかし断られた。

 所謂、ナンパと言った所だろう。変な所で技能系譜スキルツリーを育ててるのか、はたまた育ってしまったのか。

 よし──意を決する。ずん、ずんとカウンターに近付く。最初に気が付いたのは受付のスタッフだった。話し相手がエレノアに目配せし知らせる。

 おほん、と咳を一つわざとらしく吐く。

 「お嬢さん、何用でいるので?」

 そう聞いてくる冒険者クエスターの男。エレノアの顔はフードで隠れているが、絡まれたなと内心困る。

 「……人を待ってる。今回、少し胸騒ぎがして」

 そう答える。一応質問したのは向こうからだ。だから返答したまでだったのだが、

 「もしかしてだけど彼氏?だったら、待ってる間俺達とお茶とかは」

 「俺達?」

 「そう、連れがいるんだよ。だから、ね。お姉さん俺達と一杯だけでも」

 結構だ、話を遮断し断りを入れる。しかし、それでも待ってよと食い下がって来る。

 「少しだけでもいいから、ねぇ」

 「しつこい」

 鬱陶しそうに言うが尚も男はエレノアを口説く。エレノア視点からは突然話し掛けて断っているのにしつこい奴としか認識していなかった。

 連れもいるのか、と軽く見渡すと頭を抱える奴が。この男冒険者クエスターの連れと目が合い、止めろとそいつに目配せする。体を一瞬ビクつかせたが止めに入る。

 「ねぇねえ」

 「おい、そろそろ止めとけよ」

 「アンだよ、一杯飲むだけなんだしよ」

 「印象最悪だから」

 「だってよ、絶対美人だって俺のT.T.ち○ち○センサーが反応してるんだよ」

 「録でもない名前ネーミングだな。どうせそのセンサーはポークビッツみたいな粗末な

物が本体だろ」

 失敬なと反論

 「あわよくば一晩の熱々あっつあつな関係を」

 ──熱々な関係を、何だって?

 地の底から溢れ出た怨霊、この世に未練残した幽鬼が背後から男の肩を掴む。音もなく近付き、その声色にドスを利かせて聞いてくる。

 肩掴まれた男は背筋が凍える。自分は大変なのにちょっかいをしたのではと。が、振り向けない。肩から伝わるのはガシッとされるのではなく、軽くポンと置かれる様な感覚。それがより一層恐怖こわさを駆り立てる。

 「別に振り向く事はない。手を離したら、この場を去るだけ。簡単だろう?」

 ゆっくりした口調。男は頭を頷くしか出来なかった。

 ふっ。肩から手が離れる。冒険者クエスターの男は早足でそそくさと去って行く。残された連れが変わりに謝罪し去る。

 「……はぁ」

 大きく息を吐く。

 「どうした?ギルドなんかに」

 「虫の知らせと胸騒ぎがしてな」

 なんだそりゃ。そう思うグリムレッド。普段のエレノアなら出てこない。グリムレッドが居なければ外出はしない。しようとしない。事情の性で出歩こうとしない。の筈がわざわざギルドに来たという。

 だが、それは後にしようと考える。グリムレッドが頭を受付に向ける。

 「ギルドマスターを呼んでくれ」

 その一言だけ告げる。はい、と返事をし消える。

 「今日は泊まりにするか?」

 「そうしようか」

 エレノアの口角が微かに上がる。

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