第11話 深層の遺跡 Ⅰ

 「この穴ですかな?」

 「この穴の筈だ」

 以前竜擬レッサードラゴンが這い出た穴、其処は幅の拡大と下層に続く木製の階段が建てられていた。板の下に石を詰め、それを枠にして階段に利用している。

 穴近くの石は破壊、利用されている。

 「降りたら、陣形はどうする?」

 「ぼくが先頭で。斥候シーフ役をしますよ」

 「じゃあ、セザンはどうする?」

 「並びは」

 ハイネンが人差し指を立て、縦に振る。

 「三番目で」

 「列の尻尾で」

 進行隊形は縦列、ハイネン、フルーガ、セザン、グリムレッドの順番となった。

 ランタンに明かりを灯し、探検が開始された。


 *


 深層六階層。

 ギルドで聞いた通り、遺跡の迷宮ダンジョンだった。壁や床、天井に斜めに線が引かれている。

 幅は大体二か三メートル、高さもこれ大体五メートルだ。

 ランタンの明かりが強く思える程、この深層は暗い。そして鼻に不快さを覚える。

 「酷いな、この層は」

 フルーガが鼻を押さえる。セザンとグリムレッドも同様に兜の隙間から侵入され摘みたくなる。

 腐臭、獣臭、汚臭。これら三つが最悪のブレンドし探検隊の三名にスリップダメージを与える。但しハイネンには効かずにいた。鳥の仮面ペストマスクの機能、くちばし部分。此処にハーブを焚き、臭いを相殺する。

 時に覚醒作用のハーブを焚き、集中力を向上させたりもする。

 しかし不思議な階層、同時に恐怖も覚える。オブジェクトらしき物も見当たらない。遺跡系の迷宮ダンジョンには通りに欠けた壺が無造作に転がってたりする。壁や床、柱など“顔”が埋め込まれ、目がぎょろりと動き助けを乞うなんて噂が時偶に流れる。

 何かのトラップか魔法なのか分からない。ただ解っているのは、その“顔”達は今も生きているらしい。

 長い、ゴールが分からない一本道を進む最中だった。暗闇を歩くのに退屈を凌ぎたいと思う一人が動く。

 なぁ、とフルーガが話を切り出す。

 相手はグリムレッドに向けて。

 「お前さん、確かアジンの生き残りだったんだよな?」

 「それがどうした」

 ハイネン、セザンの二名が悪寒する。タブーのような何か、それに踏み込むような行為に近い何かをフルーガがした。

 「お前さん、アジン達は異勇事変/偽勇断罪戦線あの戦火の後にどうしたのか気になってな」

 「……、エルフの国『エルグラド』の近くの里で暮らしていた」

 「エルグラドの近く、魔女の里か!?」

 「そうだ。あの戦火から逃れたのは約三〇〇ぐらいだったらしい」

 「?らしい、って知らんのかお前さん」

 「俺が生まれたのはルガルリア歴一〇〇〇以降、一〇二〇年に生を受けたが」

 「あー、当事者ではないのか」

 「そうだ。一一〇〇年から一二五〇年まで里で暮らしていたがな、その時外に行きたくなった」

 「あの~、その時おいくつで?」

 ハイネンのこの質問に忘れたと返答。

 「アジンってのは、エルフや天使達、魔族と言った長命種と交配して繁栄してきた。だから気付いたら数数えるのを辞めてた」

 「えー。どうして長命な方々は数数えるのを辞めるんですか?」

 「個人差だろうが、俺は一六〇辺りでもう数えてないな」

 「つまり……自分の年齢が分からないと」

 「そうなる、と思う」

 グリムレッドのこの発言に呆れるハイネンとセザンの二名。

 傑作だと言いがはははと豪快に笑うフルーガ。盛大に笑い涙が零れてしまいそうになるが、「で、で」と続きを所望してくる。

 セザンが止めに入ろうかとするがグリムレッドが続けて話す。

 「里を出る時は俺一人だけだった。他の連中は外の世界にトラウマの性か、同年さえ拒んでいた」

 「そんなにか、くく」

 「嗚呼、だが……、……」

 「?どうした」

 突然静まりだすグリムレッド、足も共に止まってしまう。

 「……、すまん。此処で切っていいか?」

 「んーまぁ生い立ち聞けたからいいか。続きはまた今度と言うことにすっか」

 がはははと笑い飛ばすフルーガ。

 「グリムレッド」という人物キャラクターの過去が少し開示された。しかし、とセザンが不思議さと驚きを覚えながら続ける。

 「何だ?」

 「……いや、ククルガから離れたりせずにいたから。この先住民かとずっと思っていたんだ、都じゃあ君は思われているから」

 「あぁ知らない人からすればそうでしょうね」

 「んん、ハイネンだったな。お前さん知ってたのか出生を」

 「ええ、『帝国』の記録書院で読み漁ってた方がおりましてね。何だか、熱心なファン?ですかね」

 「何故そこで疑問符が浮かぶ」

 えーと、言葉を探すハイネン。

 何でもだ、この話すると長くなるから要点だけまとめると、ククルガは『帝国』領土の東部に位置。今も尚ぼちぼちであるが絶賛開拓途中となっている。“ククルガ”とは地名であり、未だ正式な名前は決まってはいない。

 一応領主は辺境伯のパスカーノである。開墾したのは“一応”彼の曾叔父ひいおじから始まっている。

 ……それと付け加えるとグリムレッドはこれでも『帝国』軍人である。一応、未だ現役軍人である。現皇帝に一度勲章くんしょう授与されている。尚、その勲章はグリムレッドが炉に投げ溶かそうとした。

 脱線を修正したい。その後、一本道をグリムレッドに対し質問の矢が降り注いだ。答えられたのは三割、残りの七割は黙秘権が行使された。

 駄弁ってる間、ようやく一本道暗闇街道が晴れてゆく。


 *


 一本道から先、そこは様変わり。

 斜めに線引かれた路から、板石が床や壁や天井に敷き詰められ、中心に噴水が設けられる。

 壁には燭台が掛けられ、青い炎を灯し、この空間だけ異様な空気を漂わせる。

 「……何だこりゃ?」

 「安全地帯セーフエリア、なのか?」

 四人は恐る恐る、踏み入れる。

 まず、立ち入った空間を一通り見渡す。燭台と噴水だけ、かと思ったら北側──というより当てずっぽうで指差した方──に扉があった。

 立て付けを今一度確認、錆びていないのが不思議な手触りを覚えた。

 「このまま進みます?それとも休息します?」

 ハイネンのこの提案にセザンとグリムレッドが賛成する。フルーガはこれを反対、早く帰って麦酒ビールを浴びたいと愚痴り出し、セザンから飲兵衛ぇと呟かれる。

 そんなかんや、一時休息となる。

 「んでよ、さっきの続きからなんだけど。グリムレッドあいつって今も『帝国』に在籍されてるのか?」

 「はい、書類上ですが未だ『帝国』所属になっておりますね。新規軸の階級だと将軍より一つ下の佐官さかんというのに当たるそうです」

 「何だ?その佐官ってのは、貴族みたいな階級だな」

 「軍隊再編成の一環ですよ。『帝国』内で着々に進めておりますよ。武功の順に、ええ。武功の順に……」

 「ほーん、なんか変わったしきたりだな」

 「魔族に武器輸出と向こう産の特品輸入に際して考案したものですよ。何だか画期的ですよ」

 己の持ち武器獲物を整備するハイネンとフルーガ。ハイネンの『帝国』新兵器にフルーガは興味津々にする。

 一方セザンは噴水の水を汲み、沸騰させる。三種大空間ザラフクト、グリムレッドが武器収容に使っている魔法の最上級魔法、そこから鉄の器、夜営用着火材と薪一式、それと瓶詰めの黒い粉末とティーカップとポッドやらを取り出し、沸きおわるのを今か今かと待つ。

 最後にグリムレッドだが、一種小空間ザフトからチョークを取り出し、床に魔法陣を描く。

 「……よし、セザン。ちょっと手を貸してくれないか」

 「あぁ、少し待ってくれ」

 沸いた湯をポッドに黒い粉末と一緒に注ぎ軽く混ぜ、ティーカップへ移す。

 「二人とも、これを」

 ハイネンとフルーガに注がれたティーカップを手渡す。手渡された二人は中身の黒い熱々の液体に一瞬躊躇する、だが香りが仄か湯気と共に立ち上ぼり良い香りがした。

 「グリムレッド、何用かな」

 「ちょっとな。俺の勘が言っているんだ、ちょっと借りるぞ」

 「あっ」

 止める間もなくセザンの左手に持っていたカップを手に取り、陣の中に置く。何をするんだと思うセザンを横目にグリムレッドの持つ魔力を魔法陣へと流す。

 するとどうだろう、魔法陣は光出し、陣に置かれていたティーカップは一瞬にして消えた。


 *


 地上。迷宮ダンジョン入り口近く。

 ギルド職員が疲弊していた。

 「疲れたー」

 困憊し地べたにキスする者が多発中。冒険者クエスター達を帰らせてから膝から崩れたり、おののきから解放される若手。やっと帰ってくれたことに安堵を覚える年長者。

 素直に帰ってくれたのはセザン・ルーリカのおかげとも言える。彼女が居てくれたから今回、穏便に事が済んだ。もし居なかったら、暴走し野獣の如く暴れ、腕っぷしに覚えがある職員少数で押さえるしかなかった。

 無論、それはギルド職員が大怪我では住まないところだっただろう。

 やっと平穏だと、思っていた。思っていた矢先だ。ドアが乱雑に開かれ、心の平穏が入り口職員達に終わりを告げる。

 転移魔法陣にティーカップが──


 *


 「……私の」と呟くセザン。

 ティーカップ、どうやら自分専用の物が飛ばされたようだった。

 「おい、何した?何したグリムレッド」

 フルーガ、並びにハイネンが寄ってくる。

 「いやぁ、何か「戻せ」

 セザンが詰め寄る。兜、その下から怒気が溢れる。

 「落ち着け、悪かった悪かったって。一種小空間ザフト

 唱えよれた布と筆記液インキが入った瓶を取り出す。

 蓋を開け、人差し指で軽く掬い、布に文字をさっと書く。そして書いたら折り畳み、魔法陣にポンと置き、ティーカップと同じ両用で魔力を流し転送させる。

 十秒後、ティーカップが戻ってきた。

 「あ……あぁ……、よかった……よかった」

 「そんなに大事なのか?」

 フルーガが素朴に聞くと「当たり前だ!」と烈火の如く強い口調で返される。

 「これは私の初めて冒険者クエスターとして、初めての報酬で買った最初の一つだ!!……それと初恋であるが」

 「ほーん、セザン。お前さんも恋をしたりするのか」

 「お相手は?ぼく気になりますよ」

 「ぎ、ギルドの……職員」

 「何だつまらん」「はい、解散。終わり。閉会。お疲れさまでした。恋ばな終わり」

 「勝手に聞いてその態度?!酷くない?!メンバーと同じ対応されるの精神メンタルにくる!!」

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ三名、なにやら恋ばなだか花束だかのワードが出てくるがグリムレッドには関係なかった。扉を少し開け、それで向こう側がどうなっているのか隙間から覗く。

 「……、おおっ」

 思わず驚きの声が出た。彼は一体隙間から何が見えたんだろう。兜のクラッシャー部に指を当て考え、るが──、

 「おい、お前ら。うるせぇぞ!!」

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