第72話 強欲なる英雄の指針

 ダリツの協力を取り付け、落ち着きを取り戻した俺は、ティーウォンドと対峙すべく部屋に戻る。

 だが、扉を開けた俺の目に飛び込んで来たのは、ラービを抱きつこうとするティーウォンドの姿だった!

 その光景を見た瞬間、俺は何かを考えるよりも早く駆け出して、一気に詰め寄る!


 そうして、奴がラービに抱きつこうとする前に、覆面マスク狩り超人の必殺技フェイバリットを彷彿とさせる、俺のラリアットが炸裂!

 吹っ飛んだティーウォンドは、そのまま壁に激突した!


 あまりの急展開に呆然としていたダリツだったが、ハッ!っと我に返ると、慌ててティーウォンドのそばに駆け寄っていく!


「テメェ!何をしようとしてやがる、このセクハラ野郎!」

 セクハラとは違う気もするが、とりあえず勢いでカマしながら、俺はラービを庇うようにして立ちふさがった!

 だが、そんな俺の行動に対するツッコミは、突然背後から入れられる!


「ヌシはいきなり何をしておるんじゃ!」

 後ろから俺の頭をひっぱたきながら、ラービが叫んだ!


 ええぇぇぇぇぇっ!

 何でぇぇぇ!?

 危うい所を颯爽と助けたのに、何で俺が怒られるの?


「貴重な回復薬くすりを使ってまで治したというのに、ヌシがアヤツを再び傷物にしてどうする!」

「そんなもん知るか!お前が危ないって時に、躊躇なんかできるわけないだろ!」

 あ、しまった……。

 つい感情的に言い返してしまったが、これじゃまるで逆ギレじゃないか。

 確かにラービの言い分は正しいし、万が一抱きつかれても、ラービ自身が撃退すれば角は立たなかったかもしれない。

 これから戦力を借りねばならない相手に対して、俺の今の行動は軽率すぎた。

 うぐぐ……またうっかりで、ティーウォンドの狙い通りに俺の株を下げてしまったかもしれない。


 思わず言い返してしまったことに、怒濤のような説教が来るかもしれないと身構えていたが……それらしい言葉が全く襲って来ないので、俺はチラリとラービの様子を伺う。

 すると、予想に反してラービは顔を赤らめ、笑っているのか戸惑っているのか、良くわからない表情を浮かべていた。


「……ワシのピンチに……後先考えないとか……かっこよすぎじゃ……」

 何やら小声でブツブツ呟いていたラービだったが、ハッとしたように頬をペチペチと叩いて真顔に戻ると、俺の方に向き直る。


「と、とにかくじゃ、ヌシはワシの旦那さ……ゴホン、ワシらのリーダーなのだから、軽率な行動は慎んでくれ!」

 いつもとは違い、「リーダー」を強調したりする辺りに、彼女が俺に責任の重さを自覚させようとしている意図を感じる。

 そうだな……レイからの期待の大きさや、ハルメルトの安全を守る事も考えれば、確かに俺の責任は重い。


 ……もっと、精神的に大人にならなきゃなぁ。

 誰かからの期待や責任を背負う以上、いつまでもガキのままではいられない。

 ましてや、俺の判断一つで誰かの命が失われるかもしれない異世界だからな、ここは。

 己の行動を反省し、ラービの言葉を胸に刻む。

 まぁ、それはそれとして、腹立たしいティーウォンドをぶっとばした事に関しては反省しないけどな!


「やれやれ……いきなりの攻撃とは、余裕が無さすぎやしないかい?」

 不意に掛けられた声に驚き、そちらの方に顔を向けると、埃を払いながら吹き飛ばされたティーウォンドがゆっくりと立ち上がる姿が見えた。

 側に控えるダリツの手を借りようともしない様子を見るに、ほとんどダメージを受けていないのか?


 先程までの、痛々しい包帯だらけだった姿とはうって変わって、力が満ち溢れるような今のティーウォンドは、今まで見てきたような英雄達に匹敵……いや、それ以上のプレッシャーを感じさせる。

 これが、神器を真に使いこなす達人の圧力ってやつなのか……。


「おお、すまなかったなティーウォンド殿。怪我は無かったか?」

 ダメージ具合を尋ねるラービに、ティーウォンドはニッコリと笑みを返して平気ですよと答える。


「まぁ、なかなかの威力では、ありましたけどね。それに、カズナリ君がラービさんの危機だと勘違いしたせいですし……彼を責めたりはできませんよ」

 僕も紛らわしい真似をしちゃったなぁ……などと、爽やか笑いながら今の一件を水に流そうとしていた。

 だが、一瞬だけ俺に向けた視線……そこには、明らかな敵意が入り混じっていたのを俺は見逃さない!


「いやぁ、それにしてもスゴい回復薬くすりですね。怪我も体力もすっかり回復した上に、まるで力が沸き出すようにみなぎっているようです」

 神獣『女帝母蜂』の御用達である、黄金蜂蜜を使用した回復薬は効果テキメンだったらしい。

 まぁ、あの地獄のような筋肉痛や関節痛を一瞬で癒す程の薬効なのだから、効くとは思っていた。

 だが、満身創痍の包帯男を全快させてしまうとは……実はマーシリーケさん、とんでもない物を作っていたんだなぁ。


「さて、僕が全快した以上はそちらの要望に答えて、人手を貸すことを検討しなくてはいけませんね」

「ティーウォンド殿、それは……」

 言いかけたダリツを、ティーウォンドは手で制する。


「ダリツ……君の言いたい事も解るが、これは信義の問題だ。僕が『怪我が治れば人手を出せるかもしれない』と口にし、実際に治してもらったからには、それに答えなければならない」

 むぅ……ティーウォンドの言葉に俺は正直、ほんの少しだけ感心していた。

 恋愛サイコパス野郎ではあるが、ダリツが言っていた通り、それさえ無ければ非の打ち所がない好漢という評価もまんざら間違っていないのかもしれない。


「なんにせよ、人員の選抜や編成には二、三日はかかると思います。部屋を用意させるのでそちらで休んでいてください」

 本当ならすぐにでも出発したい所だが、向こう側の都合もあるだろうしそこは仕方がない。

 ティーウォンドは一人の兵を呼び出し、呼び出された兵が彼の指示を受けて部屋の外に走っていく。

 しばらくしてから、先程の兵が戻ってきて用意した部屋に案内しますと俺達に声をかけてくる。


 まぁ、俺達に出来ることは待つこと位しかないし、お言葉に甘えて休ませてもらうか。

 そんな訳で、俺達は兵の案内に従って、ゾロゾロとこの医務室を後にした。


       ◆◆◆


 一成達が兵に案内されて医務室を出て行き、この部屋に残されたのはティーウォンドとダリツの二人だけになった。

 途端に、ティーウォンドは首を押さえて、ベッドに倒れ込む。


「いやぁ……ラービさんがいたから格好つけたが、効いたなぁ……なんだ、あの少年の一撃は」

 予想以上のダメージを受け、一成がただ者ではない事を理解できたのをこれ幸いと、ダリツはティーウォンドに声をかける。


「ティーウォンド殿……ラービに手を出すのは、自重してもらえませんか?貴方の方にも、彼らに関する資料や報告は届いているでしょうに」

「……確か『英雄クラスの力を持つ、異世界人』……だったかな?今の一撃を考慮すれば、その報告に間違いがないと判断できるね」

「解っていただけたなら、英雄並みの力を持つカズナリ達を敵に回すような真似は……」

「それは違うよ、ダリツ」

 ラービにちょっかいを出す事を諌めようとするダリツに、ティーウォンドは言葉を遮って否定する。


「違う……とは?」

 訝しげにダリツは問い返す。

 この困った性癖の英雄には、一体、何が見えているというのだろうか……?


「こう見えても、僕は女性を見る目はそれなりにあるつもりだ。そしてラービさんが素敵な女性であるある以上、僕は相手が英雄クラスだろうがなんだろうが、引くつもりはない。それに……」

 だからそれで揉めたら元も子もないだろうが!と、叫びたくなる気持ちをグッとこらえて、ダリツはティーウォンドの言葉の続きを待つ。


「僕とラービさんが結ばれれば、異世界人の脅威を減らし、アンチェロンの戦力が増やせるんだよ?」

 なぜ、そう前向きに考えられるのか?

 強引な手を使って、一成だけならともかく、イスコットやマーシリーケまで敵に回したら目も当てられない。


「僕には今、四人の妻がいる」

 突然、的はずれな事を言い出した英雄に、ダリツの目が点になる。

 確かに、今の彼の言葉は事実だ。

 王都のとある屋敷にティーウォンドの第一夫人から第四夫人、四人の妻が同居している。


「彼女達にはそれぞれ愛する恋人がいて、婚約者がいて、夫がいた。だけど最後には彼女達自身・・・・・が僕を選び、妻となることを受け入れた」

 その話も知っている。

 この男の妻達は、元いた愛する人達とキッパリ別れて、彼と共にいることを選んだという。

 しかも、本当の愛を見つけたと言わんばかりに、幸せそうな顔をして……なんて話も聞き及んでいた。


恋人てきは潰す。そして、愛する人が心から僕の元に来れるよう、どんな手段でも使う」

 呟くように語るその顔は、戦場の強者のそれだ。

「ラービさんも同じさ……恋人カズナリを見限り、僕の腕に抱かれて本当の愛を知ることになる……だから、カズナリを恐れるよりも、彼女が僕に靡くよう協力してくれ」

 それが国益にも繋がると、ティーウォンドはダリツに告げる。


 普段は清廉潔白で、多くの者から慕われるかの英雄は、それが絶対的に正しい事なのだと信じて疑わない。

 だから、今の四人の妻を手に入れられたのだ。

 そして、いま五人目の妻候補に狙いをつけている。


 この人ならば、ラービを落とすかも知れない……ダリツの脳裏にそんな思いが浮かぶ。

 そう、アンチェロンの兵として、倫理観を抜きし、国益を考えればティーウォンドの言葉に従う方が正しいのだろう。

 そして、ラービが自ら望んでティーウォンドの元へ行くのなら、イスコットやマーシリーケを敵に回すような事もない。


 ……すまないな、カズナリ。

 ヤケ酒くらいは奢らせてもらうから、勘弁してくれ。

 ダリツは心の中で、これから恋人を奪われ、傷心のどん底に陥るかもしれない異世界から来た少年に、そっと詫びを入れるのだった。

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