四章 パラダイムシフト その1

●牧原大河


 日曜日の昼間。

 僕は居間で、Zoomズームで近衛さんと話していた。

 ノーブレスの打ち合わせ、という名目だったが、内容はほぼ雑談だ。

『ほー、タイガーの私服姿みるの初めてだけど、いいセンスしてるじゃん』

「ありがとうございます」

 接続する前、しっかりコーディネート考えてよかった。

 ノートPCの画面に映る近衛さんは、ポニーテール。タンクトップとショートパンツ姿で、あぐらをかいている。バスケで大活躍したときのキャラだ。

 彼女がいるのはリビングのようだ。かなり広く、大きなガラス製のテーブルなど高級そうな家具が並んでいる。 

『タイガーは、一人暮らしなんだよな?』

「ええ、家族──両親と姉は、遠くの田舎にいます」

『寂しくねぇの?』

「たまに、そう思うときもあります」

 そういう日には『近衞さんが傍にいてくれたら』と思う。

(僕にはもう、近衞さんしか見えない)

 林間学校で助けられて、心を奪われ。

 その後入ったノーブレスの活動で、ギャルっぽかったり、優しかったり、豪快だったり、演技にストイックだったり……色んな一面を見てきた。

(その全てが、好きだ)

『……どーした、ぼうっとして?』

 画面の中の近衛さんが、心配そうに覗きこんでくる。タンクトップの襟ぐりが垂れて、スポーツブラで包まれた大きな胸が見える。

 慌てて目をそらし、質問。

「こ、近衛さんのご家族は?」

『んー? アメリカ人のクソオヤジはどっかの女と蒸発。中学ミドルスクールまでシアトルで一緒に暮らしてたママは、行方不明で捜索中』

 超ヘビー級の話が出てきた。

 絶句していると、近衛さんが豪快に笑い、

『いやいや、んな顔すんなって! そのうちママも帰ってくるハズだから!』

「そうですか。他にご家族は?」

『……祖母グランドマザーが、いるけどな』

 近衞さんの声が、ふと低くなる。

「そうですか。では今はお祖母さんと生活を?」

『いや──一人暮らしだよ』

 今、妙な間があったような。

 僕は怪訝に思いつつ、

「でも近衛さんも一人暮らしだったとは。そちらこそ、寂しく思う時はありませんか?」

『ぜーんぜん! 毎日ハッピーさ!』

 さすが近衛さんだ。僕とはちがうなあ……

 チョロく惚れなおしていると、

『ところでタイガー、メシちゃんと食ってるか? 良かったら今度、オカズお裾分けに行ってやろうか?』

「え、いいんですか?」

『もちろん。なんでも好きなもの作ってやるよ……料理上手な愛が』

 最後は、ボソボソして聞こえなかった。

「さすが近衛さん。料理も得意なんですね!」

『ははは』

 なぜか、がっつり目をそらして笑っている。

 そのときウチの玄関から、


 ピンポーン


 チャイムが聞こえてきた。

『誰か来たのか? んじゃ、このへんにしとくか』

「ノーブレスの打ち合わせ、全然しませんでしたけど」

『それは口実。タイガーの顔見たかっただけさ……じゃあ切るぞ』

 嬉しいことを言ってくれる。

 ノーブレスの初日に告白した時は振られるかと思ったけど、順調に仲良くなれているぞ。

(いずれ、改めて告白しよう)

 鼻歌まじりに玄関へ向かい、宅配便を受け取って居間へ戻ると……

(ん?)

 ノートPCに、近衛さんちのリビングが映ったままだ。さっき『切るぞ』と言ってたけど、操作ミスしたのかな。

 僕が見ているとも知らず、近衛さんはこちらに背中を向け、ストレッチしていた。ショートパンツが張り詰めて、大きなお尻の形がはっきりわかる。

 このまま見ていたいけど……

 それではのぞき魔だ。早く切ろう。

 ノートPCに手を伸ばしたとき。


 近衛さんが金髪ポニーテールの、しっぽの部分を握り、引っ張った。長い髪がスルッと取れ、ショートカットになった。


(は!?)

 近衛さん、ウィッグつけてたの!?

 だがこの驚きなど、あとで考えると可愛いものだった。

 画面の中のドアが開き、そして……


 四人の近衛さんが、ぞろぞろと入ってきた。


(!?)

 みな顔は同じだけど、髪型や服装が違う。

 ストレートの髪に、ジャケットとスキニーパンツの近衛さん。

 キャミソールで、豊かな胸を強調しまくりの近衛さん。

 だらしなくパジャマをまとう、ツーテールの近衛さん。

 ガーリーなワンピースの近衛さん。

 五人の近衛さんはテーブルを囲んで座る。

(これは一体!?)

 まるで『会長の五変化』が全て具現化し、一堂に会したような……

 ストレート髪の近衛さんが、紙を皆に配る。そして司会役のように、

『では来週のシフトについて確認します』

 シフト? バイトかなにかか?

『まず月曜──朝の全校集会の挨拶は舞姫。原稿は既に書いてあるから、目を通しておいてください』

『あいあーい』と、だらしない近衛さんが手を挙げる。

『一時限目から三時限目までの授業は、わたくしが受けます。四時限目の体育の時間は、もちろん楓子』

『ソフトボールだったな。腕が鳴る』さっきまで僕とZoomズームしていた近衛さんが、白い歯を見せた。

『昼休みの放送部のゲストは、光莉お願いします』

『しっかり盛り上げちゃうよ♪』と、キャミ姿の近衛さんがウインクする。

『月曜日は愛の活動はありませんね。火曜日は創立記念日でお休み……ただ週末の放課後、園芸部からサツマイモの収穫の手伝いを頼まれています』

『任せてくれだべ、知佳姉さん!』と優しげな近衛さんが張り切る。

 僕は呆然と『シフト確認』の様子を見て……

 この結論に辿り着いた。


 会長は五つ子の五人姉妹で。

 学校で次々に入れ替わり、五人一役をしている!


(とんでもないことを知ってしまった)

 大スキャンダルだ。煌導学院の生徒が驚愕するのはもちろん、ネットやマスコミの恰好のネタになるだろう。

 僕の経験上、ネットとマスコミに目をつけられると、骨までしゃぶり尽くされる。生徒からの、近衛さんへの尊敬も消える。

 この秘密は絶対に守らないと。

(でもなんで、五人一役なんてしてるんだ?)

 今のところ、わからないが……

(どこで入れ替わっていたかは、なんとなくわかるぞ)

 会長室だ。

 ──僕がノーブレスに入った日、同級生が恋愛相談に来た。

 そのとき近衛さんは『恋愛などすべきではない』と言っていたが……

 いちど会長室に戻ると『別人のように』ギャルっぽくなっていた。

(会長室のどこかに、隠れる場所があるんじゃないか?)

 そうだ。天井から物音がしたとき、近衛さんとこんな会話をしたぞ。


『天井裏にネズミでもいるんでしょうか?』

『……そうかもしれませんね』

『僕が天井裏に上がって、駆除しましょうか?』

『そ、その必要はありません』


 いま考えると、あれは天井裏にいる姉妹が見つかるのを恐れたのではないか。

 それに、姉妹の名前もさっきの会話からわかる。


 ストレート髪の人が『知佳さん』か。丁寧な口調、雰囲気からして、おそらく彼女が僕を肥だめから救ってくれた人だろう。

 ポニーテールのウィッグをつけてたのが『楓子』さん。

 ギャルっぽい人は『光莉』さん。

 だらしないのが『舞姫』さん。

『愛』さんは、方言を使っていることから判断すると、バスケ部の応援でチアをした人だろうか。

 

 この五人が入れ替わる事で、完璧な生徒会長『近衛・R・知佳』を作りあげていたのだ。

 そりゃ裏サイトに『ギャップ萌えがたまらない』なんて書かれるよ──別人なんだから!

 そんな思考を進める間に……

 姉妹の『シフト』の打ち合わせは終わり、雑談が始まった。

 光莉さんがスマホをいじりながら、

『ところで知佳ねーは、タイガー君をどう思ってるの?』

 大いに気になる質問である。

 知佳さんは冷たく言った。

『同じノーブレスで働くメンバー。それ以上でもそれ以下でもありません』

(はっきり言われた)

 肩を落としていると。

 今度は愛さんがタブレット端末を操作し、

『これさぁ、私がタイガー君と、バスケ部の応援に行った時の動画だけども……』

(なんでそんな動画があるんだ!)

 再び驚愕。

 動画は、僕が膝枕されているもの。どうやら愛さん視点のようだ──どうやって撮ったんだ?

 愛さんが僕に質問している。

『「私」の、どのあたりが好きなんだべ?』

 僕が答えた。


『人のために一生懸命になれるところです。今日みたいに』

『チアの応援、まるで妖精のように可憐でした』

『恋愛相談も的確なアドバイスで、みごと解決に……』


 冷や汗が止まらない。これ一つも、知佳さんについて言ってないじゃないか!

 林間学校で命を救ってくれた事とか、大好きな所いろいろあるのに。

 おまけに僕は、こんなことを宣う。


『地球上にいる何十億の女性から、ただ一人の貴方を見つけられてホントによかった』


(ぎゃー!!)

 床を転げまわる。

 知佳さんじゃなく、その妹に言ってたのか! 最悪じゃん!

 愛さんが、知佳さんへ証拠をつきつけるように、

『この動画見て、拗ねてたべ? タイガー君のこと気になってるんだべ?』

 え、やきもち? 嬉しいな。

 だが知佳さんは、冷静な顔を崩さず、

『そんな事はありません。確かにタイガー君は、バスケ部の応援の際──助っ人を依頼されたわたくしをかばってくれたり、いいところもありますが』

 ……え?

 助っ人を依頼された『知佳さん』をかばったって……

 バスケの応援に来たのは、愛さんじゃないのか?

(あ、そういえば)

 後半からチアのダンスが、邪神に捧げる舞踏のようになってたけど──もしや後半から、知佳さんと入れ替わっていたのか? ややこしい。

 さらに、まずいことに。


『脚が前半と比べて遥かに、むくんでいますから』


 僕、こんな事も口走ったぞ……『あなたは妹より脚が太い』と言ったのと同じだぞ。

 も、もうフラれるの確定だろ。目の前が真っ暗になる。

 絶望する僕の耳に、知佳さんの声が届く。

『タイガー君は、ひたむきで努力家ですし、頼もしいですし──素敵な所が多いですが、わたくしが惚れるなどありえません』

 ……あれ? 

 知佳さん僕のこと、めっちゃ褒めてね?

『『『『ふーん』』』』

 知佳さん以外の四人が、生温かい笑みを浮かべてる。

 光莉さんが腕組みし、

『認めないんだ。じゃあタイガー君、ウチがとっちゃうよ』

(え!?)

 またも衝撃発言。

『それができたら、ウチが知佳ねーに負けない部分があるって、証明できるかもしれないし……あと「悲運のエース」と付き合えばバズるかもしれないし』

 ちょっと後ろめたそうに言う、光莉さん。

 ただ僕が好きなのは、肥だめから助けてくれた知佳さんで……

(あれ?)

 でも僕、光莉さんの明るいところも好きなんだよな。

 それに楓子さんも素敵だ。『牧原大河を馬鹿にするヤツは許さん!』ってかばってくれたもの。

 演技にストイックな舞姫さん、優しい愛さんも好きだし……

  

 いま僕、姉妹の誰が好きなんだ? 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る