工場の中の『特殊な部隊』

第6話 終わった工場

 誠にも初対面の上司の車で胃の内容物を口から出すというわけいかない、と思うぐらいの常識はあった。誠は車が動き出すと錠剤を呑んで眠った。その錠剤は当然、『乗り物酔い』の薬である。誠はすぐに眠りについたので、かわいい上司の前でなんとか醜態をさらさずに済んだ。


「あの……」


 いつの間にか眠っていた誠が目覚めた。薄曇りの空、窓ガラスの内側に結露が見えることから、外の湿気はかなりのもののようだ。真夏である。ここ東都の7月は曇っていても30度は軽く超える。蒸し暑さ想像して誠は汗をぬぐった。東都宇宙軍の本部地下駐車場で眠りについて、気が付いたらこうして『かわいらしい中佐殿』の高級外車の中である。外を見る気分にならなかったので、とりあえず伸びをして、『可愛らしい萌え萌えロリータな上官』の座っている座席の後ろを眺めた。


「やっと起きたか……よく寝てたんで、声を掛けそびれた」


 ランはそうつぶやく。誠は車の外を見た。巨大なコンクリートの建物が見える。すれ違うトレーラーは何も積まれていないものばかり。車中に目を戻し、モニターを見た。そこにはただ黒い画面があるばかりで、何も映ってはいなかった。


 誠の意識はまだ夢の中にあった。なぜか、誠の夢の中では、ランはかわいいドレスを着た『戦う魔法少女』だった。バックミラー越しにランを見る。特に出会った時と同じように、ちんちくりんな女の子は余裕の表情を浮かべていた。


「おはようございます……クバルカ中佐……ここはどこですか?」


「寝ぼけてんのか?ここはオメーの寝言で何とかつぶやいてた『魔法世界』じゃねえ!『現実』見つめろ!周り見ろ!窓の外みりゃーどこかわかるだろ!察しろ!」


 ランに言われて周りを見た。そこには灰色の巨大な建物の群れが続いていた。


「……工場ですか?でかいですね」


 一台のトレーラーが誠の乗る車とすれ違う。そこにはまるでトイレットペーパーのような加工済みと思われる金属の円柱を積んで走っていく。


「ここは東都の東、35キロにある『菱川重工豊川工場ひしかわじゅうこうとよかわこうじょう』だ」


 ランは少し得意げにそう言った。


「『菱川重工豊川』?なんでそんな工場に?」


 ぼんやりとした意識のまま誠はそうつぶやいた。


「ったく……寝ぼけやがって……知ってんだろ?中央総州内陸工業地帯の最大の工場って言ったらここだ。『菱川ホールディングス』ぐれー、ガキでも知ってんぞ?」


 ランの言葉にようやく誠は周りの工場群が何者か理解した。


 東都共和国の有力財閥『菱川ホールディングス』の重要企業『菱川重工業株式会社ひしかわじゅうこうぎょうかぶしきがいしゃ』。その中でもここ『豊川工場』は東和共和国が地球圏から独立した時から続く、伝統がある工場だった。


「今は……ここの工場のメインの仕事は金属の処理っていう工程なんだと。でかい機械も作ってるが、そっちはあくまでついでだな。海沿いの新しい工場で作った方が輸送コストが安くつくかんな……当然と言えば当然か」


 誠はランの言葉につられて外の工場群を眺めた。


「運んで来た金属を処理して軽い加工を施した後、コンテナに積んで海沿いの新設工場で最終組み立てをやるんだそーな。オメー『一流理系単科大学』の工学部だったよな?そんなこともわかんねーのか?社会人失格だな」


 一応、『偏差値教育の申し子』の誠は反論する。


「理工学部です!うちの方が難しいんです!」


 誠はそう言って怒った表情をしてみせた。


「似たようなもんじゃねーか。なんでもいーんだよ」


 そういうとランはため息をついて続けた。


「つまりだ、コンテナに載せるってことは、当然大きさに制限があるわけだ」


 そこでランの口調が少し悲しみを帯びてきた。


「はっきり言うと、『工場』としてはここは『終わって』るんだ」


「終わってる?」


 経済に全く疎い誠はランの言うことがわからなかった。


「花形の最終製品出荷なんて諦めた、ただのでっかい部品工場でしかねーんだ。その原料も系列の素材企業から買うしかないから、金属系や化学系のグループ会社からの仕入れ素材の値段を決めることすらできない。でっかい町工場。それがここの今の本当の姿だ」


 ランの指摘を聞いて誠は改めて窓の外を見回した。確かに工場の建物はかなり古びたものばかりだった。その中には明らかに長いこと使っていないことが分かるような朽ち果てた建物すらある。


「輸送手段が陸路だけ。しかも、周りが新興住宅街で渋滞ばかりでトラック輸送もアウトだったらもう終わるしかねーだろ?そんな工場。どうだ、アタシは社会や産業にも通じてんだ。『勉強』しな……もっとな」


 ランは静かにそう言った。ランの言う通り、巨大な灰色の建物には人気が無かった。多くの建物の窓は真っ暗で電気がついていないように見えた。


「終わった工場……」


 誠は周りのかつては活気にあふれた、その大きな搬出出口からして、何か大型の機械を作っていたらしい暗い生産ラインの入っていただろう建物に目をやった。


「インテリなんですね……ちっちゃいけど」


 本当に感心してうなづきながら誠はランに話しかけた。


「インテリじゃねー、常識だ。知らねー奴は、全員勉強が足りねーんだ」


 工場の建物が途切れた先に、コンクリートの高い壁が左右の視界の果てまで続く。


「見えたぞ。あれが、まー、うちの駐屯地だ」


 誠は窓の外を眺めた。左右に視界が続く限り、壁のようなものは、果てしなく続いていた。


「広いんですね、本当に」


 誠はそう言って心から感心した。ランの表情をうかがおうとバックミラーに目をやった。ランは相変わらず笑っていた。


「当たり前のことしか言えねーんだな。『特殊な部隊』の活動拠点だから広くて当然だ。東和陸軍の教導隊の基地に比べたら『猫の額』程度のもんだ」


 東和陸軍の基地は確かに大きいのは誠も知っていた。そのトップエースであるランの率いる教導隊基地もまた巨大だろうとは想像できた。


「今時、大型ジェット機を飛ばす訳じゃねーんだけどな。うちの所有で『運用艦』ってのがあるんだ。そいつを最大3隻置ける土地を確保しようとしたんだと。どこの間抜けがそんなこと言いだしたかは知らねーけどさ」


 ランは頭を掻きながらそう言った。


「運用艦ですか?専用の船があるなんて……凄いですね」


 誠の言葉にランは再び頭を掻く。そして、しばらく考えた後、口を開いた。


「んなの、凄かねーよ。巡洋艦クラスのでかさの『運用艦』なんてモノを東都の密集した住宅街の上空を飛ばそうとしたから大問題になったわけだ。最終的にこの土地を菱川重工から譲ってもらう契約を結ぶ条件に『運用艦』はよそに配備するって条文が加わって、その計画は結局ボツになった。アタシ等の機体も、その他の使い慣れた機材も、『運用艦』のある港まで、えっちらおっちらトレーラーやコンテナで運ぶんだ……」


 そう言うとランは車を左折させる。そこにあるゲートの前で車を一時停止させて、運転席の窓を開けた。近づいてくる延々と続く駐屯地の壁に感心しながら誠は窓の外を眺めていた。


「まー。隊長好みの『落ちこぼれ』や『社会不適合者』を集めた『特殊な部隊』だからな、うちは。そーいう意味でも世間様の駐屯地設置反対運動ぐらいあるわ、ふつーは」


 バックミラーの中でランは『いい顔』で笑っていた。誠はランの言葉に違和感を感じていた。『特殊な部隊』という言葉の使われ方が誠の予想の上を言っていた。


「……『落ちこぼれ」……『社会不適合者』……」


 誠はそれ以外の言葉を口にできなかった。


「そーだ。『特殊な馬鹿』がいっぱいいるから、『特殊な部隊』。オメーは立派な『高学歴の理系馬鹿』で、東和共和国宇宙軍以外に、『就職先』が無かった『社会不適合者』!ちゃんと該当しているじゃねーか、条件に」


 ランの言葉が明らかに誠を馬鹿にしていることは理解できた。誠の気が短ければ、彼は小さいランの首に『チョークスリーパー』をしていたことだろう。


 自動車はとりあえず大きなコンクリート造りの建物の前で停まった。大きな運転席の横から可愛らしいランが顔を出し、誠に向かって笑いかけた。自動的に開いた誠のドアの前にランは笑顔で誠に手を伸ばし握手を求めた。


「テメーは結局、『エリート』にはなりたくてもなれなかった。その時点でアタシが目を付けた。安心しろ……アタシが立派な『社会人』にしてやる!」


 ランは褒めているのかけなしているのかよくわからないことを言った。満面の笑みである。


「……はあ」


 ランは笑顔でさらに一言付け加えた。


「オメーの乗る機体にはちゃんと『エチケット袋』は用意させるつもりだ!安心しろ!」


 誠は本当に『特殊な部隊』に配属になってしまったらしい。


 胃から食道にかけての『いつもの違和感』を感じながら誠はそう思った。


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