第5話 ロアン・アストリー1

 優美な玄関ホールに足を踏み入れる。ミネルバたちのあとにジェムとロアンが続いた。

 中年のジェムは医者としての説得力がある風貌だが、ロアンは華奢な少年だ。執事は目をしばたたき、当惑気味にロアンを眺めた。

 ロアンはとても印象的な見た目だ。天使のように美しい上に、不思議な色の目をしている。左側が青で、右側が赤。珍しいストロベリーブロンドの髪は肩より長い。

 神秘的な外見のせいで異世界人に間違えられることがあるらしいが、ロアンは生粋のグレイリング人だ。とにかく彼は天才なのだと、ルーファスは誇らしげに言っていた。


「ひとまず応接室にご案内させていただきます。先に国王様と王妃様の病状をご説明しておかないと……きっと驚かれてしまうでしょうから」


 執事が苦渋の表情を浮かべる。彼のあとに続いて、ミネルバたちは長い廊下を進んだ。


(飾られている絵画や壺などは、以前と変化がないようね)


 ミネルバは観察しながら歩いた。誰かの屋敷に招かれたときに細かな部分にまで目を留めておくと、社交の場で役に立つことがある。

 執事が扉を開け、客たちを贅を凝らした応接室に招き入れた。全員が勧められた椅子に素直に腰を下ろすと、執事は小さく息をつく。

 ルーファスが長い脚を組んで、向かい側に座るジェムとロアンを見た。


「紹介しておこう。彼はジェム・キャンベルといって、私の側近であり侍医でもある。若い方はロアン・アストリー、彼もまた非常に優秀な癒し手だ。ジェムとは違った角度からの治療ができる」


「ははあ、なるほど……。それでは、お二人ともお医者様でいらっしゃるのですね」


 執事が安心したようにうなずいた。彼は己の主人を守ろうと必死だから、ロアンが何者なのか気にかかっていたのだろう。

 ただしロアンの『違った角度からの治療』には、人知を超えた不思議な力が使われる。

 ルーファスはいったいどこで探したものか、グレイリングの勢力圏から特殊能力の持ち主を集めているらしい。


『特殊能力の持ち主は異世界人だけではないからね。魔女や魔法使い、妖術使いや霊媒師、白魔術に黒魔術……数は少ないが、恐るべき力の持ち主は存在する。私は彼らを探し出して、ある目的のために訓練しているんだ』


 大使館で素直な気持ちを告白してから、家族やフィンチ大使夫妻と打ち合わせをした。ロアンを含むルーファスの部下たちに引き合わされたのはそのあとのことだ。


『異世界の住人が降ってくるのは奇跡だと言われている。たしかにほとんどの異世界人は、とてつもない力を備えている。強力な治癒能力、浄化魔法、魔を払う結界、他者への祝福の付与。あまりに凄すぎて、過去には儀式によって異世界人を召喚しようという試みもあったくらいだ』


 ルーファスから次々にもたらされる情報を、ミネルバはなんとか理解しようとした。


『だが、未知の力に頼って国を運営するリスクは大きい。歴史を紐解けば、それによる失敗も数多くあったことがわかる。やみくもに異世界人の能力にすがるのではなく、データを収集して研究・分析し、有益なものは自分たちのものにする。それをやっているのがニコラスやロアンだ』


 実際に異世界人の能力を活用している国があるのは知っていたが、アシュラン王国にとっては縁遠い話で、ほとんどお伽噺のようなものだった。


『ロアンたちを訓練して実現しようとしていることは、異世界人に対抗するというのとも少し違う。異世界人は突発的に膨大な魔力を得ているケースがほとんどだから、本人も制御できないことがある。そういうときに助けの手を差し伸べることができる存在が必要だ。もちろん最大の目的はこちらの世界の住人を守ることだから、悪意を持った相手とは力の限り闘う』


 ルーファスの話を聞いて、ミネルバは感嘆することしかできなかった。

 いざ異世界人が降ってきたときに、恐れるでも委縮するでも狂喜乱舞するでもなく、冷静な対処ができる組織を作ること。それが彼の目指すところなのだ。


 思い出が一瞬頭をよぎったが、ルーファスの目が執事に戻ったので、ミネルバもロアンから視線を引きはがした。


「君の名前はアントンだったな。それでアントン、国王夫妻の具合はどうなのだ? 健康を害しているとの報告は受けているが、具体的な病名は伏せられたままだ」


 ルーファスに名前で呼ばれて、控えめに立っている執事のアントンは一瞬驚いた顔になった。しかしすぐに顔をこわばらせる。


「それが……原因が不明で、侍医もさじを投げました。王様と王妃様の魂が消えて、体だけが残っているような状態……とでも言いましょうか……」


 執事は硬い声で説明を続けた。


「体は生きていても心が死んでしまったようなのです。フィルバート様は、老人特有のものだろうとおっしゃいます。呆けて終わりを迎えようとしているのだと。新しい医者に見せるべきだと進言しても、絶対に呼ばせてくれないのです。私どもは徐々に弱っていく主たちを見ながら、多少なりともいい環境を整えるよう努めることしかできません」


 ロアンがじっと執事を見て、耳をそばだてている。ミネルバたちには見えない何かを見つめているような顔つきだった。

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