第3話 初対面

 私は控えめに深呼吸をしました。

 女としての私的な感情よりも、公爵令嬢としての公的な役割を優先させて生きてきた私です。ここですべきことは、泣き叫ぶことではありません。

 私は優雅な動作で寝室へと入っていきました。


「まあバーナード様、私の寝室でなにをしていらっしゃるのかしら?」


「!!? イブリン!?」


「あらあら、絨毯に泥が……実家の父に頼んで、すぐに張り替えて貰わなくてはなりませんわね」


 私は遠慮なく衣裳部屋へと入りました。従僕のテッドと侍女のエリスが後に続きます。

 すらりとした長身、金髪にアイスブルーの瞳のバーナード様は、その瞳の色と同じくらい青くなりました。


「まあ、お客様でしたのね。バーナード様、こちらの可愛らしい方はどちらのご令嬢かしら? あらおかしいわね、付き添いの方はどちらにいらっしゃるの?」


 貴族の令嬢は付き添いもなしに男性と会うことはありません。私は淑女らしい笑みを浮かべました。


「バーナード様、具合でもお悪いんですの?」


 いつもは泰然としているバーナード様は、顔から滝のように汗を流していました。私のドレス、私の宝石を身に着けている娘は、気の毒なほど真っ青になっています。

 茶色い髪を三つ編みにし、茶色い目は驚きに見開かれています。

 娘の色合いは平凡ですが、真っ赤な頬と厚めの唇が可愛らしく見えます。ええ、平民にしては美しい娘だと言えるでしょう。

 

「そのドレス、よくお似合いね。銀髪にすみれ色の瞳の私に似合う薄桃色の布地を探すのは大変だったの。私はどちらかと言えば寒色系が似合うから」


 娘の顔が真っ赤に染まりました。慌ててドレスを脱ごうとするのを、バーナード様の手が押しとどめます。


「脱がなくていい。お腹が大きくなる前に、アーティのドレス姿が見たいと言ったのは僕なんだから」


「で、でもバーナード……」


「どうせ二年後には知られることだ。平民とはいえ、テイラー公爵家の子どもを身ごもっている君に、手出しはさせない」


 私は笑顔の仮面を貼りつけたまま、彼らの会話を聞いていました。バーナード様が意を決したように私を見ます。


「イブリン、紹介しよう。彼女はアーティといって、僕が通っている乗馬クラブの近くに住む農民だ。畑仕事の他に乗馬クラブの下働きとして、馬の世話もしている。年は君の一つ下の17歳だ」


 なるほど、というように私はうなずいた。ではこの泥には馬糞も混じっている可能性があるのね。やはり早急に絨毯は替えなくては。


「アーティさんとおっしゃるのね。私の名前はきっとご存じね? なにしろこの部屋には、私の名前が彫られたものがたくさんありますから」


 娘の返事を待たずに衣裳部屋から出て、私は寝室の窓際の椅子に腰かけました。


「アーティさんは妊娠していらっしゃるのでしょう? バーナード様、椅子を勧めて差し上げた方がよろしいのではなくて?」


「い、いえ……」


「座った方がいい、アーティ。お腹の子に障ったらいけない」


 バーナード様がアーティの肩を抱き、衣裳部屋から連れ出しました。そしてテーブルを挟んだ私の前の椅子に座らせ、自分はその後ろに立ちます。


「バーナード様。このことは、テイラー家の御両親はご存じなんですの?」


 私が視線を上げると、バーナード様は苦虫を噛みつぶしたような表情になりました。

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