第587話邪神討伐戦・終
「そんじゃまあ、行くぞ、魔王陛下」
「ちゃんと俺を送り届けろよ、騎士団長」
俺の前に出て走り出した親父の後を追うように、魔王に指示を出して進んでもらう。
「チャンスは一度だけだぞ。ミスんなよ」
「あんたこそ、調整間違えて暴走させたりすんなよ」
あと数百メートルというところまで近づいたところで、声をかけてきた親父に軽い調子で答える。
そんな俺の答えに満足したのか、親父は俺達を置いていくように思い切り前に跳び、着地と同時に剣を構えた。
親父の構えた剣は、背中越しでもわかるほどに光を放っている。その光は先ほどの勇者の聖剣なんかとは比べ物にならないほどの輝きだ。
そんな輝きは徐々に増していき、天へと伸びた。
「——《神剣》」
天を貫くほどに伸びた光は、親父のその呟きで『光』から『剣』へと姿を変えた。
そして——空が割れた。空だけではない。その邪神も大地も、全てが一緒くたに斬られた。
しかし、それでも邪神は倒れない。
確かに斬られている。それまでの傷に比べてもはるかに大きく損傷しているのは一目瞭然だ。
だがそれでもまだ死なない。
親父が加減をしたわけではないだろう。何せ、殺せるのなら殺してしまっても構わないと話していたんだから。
だからこれは、親父が全力で攻撃した結果だ。
でも、それで十分だ。
邪神の……神樹の幹は神剣を振り下ろされたことでできた大きな斬り痕ができており、その奥にはまだ呪いによって歪んでいない普通の植物の姿が存在していた。
つまり、表面は邪神に完全に乗っ取られたように見えるけど、フローラの言ったようにまだ神樹は完全に死んだわけではないということだ。
であるのなら、いける。神樹本体……そのできるだけ深いところに触れてスキルを発動させれば、神樹を甦らせることができる。
だが、そう思った瞬間、俺の行く手を遮るかのように神剣でできた傷から無数の木偶が生まれ出した。
その全ては別人の顔で、着ているものも一般市民の服やメイド服や鎧など様々だ。
こいつらも元々は参考になった人物……取り込まれた人物がいたんだろう。しかしそれが誰なのか、俺にはわからない。
だが、そんな中であっても一つだけ。一番奥にいるそいつの顔だけははっきりと認識することができた。
「……どこに行ったのかと思ったら、なんともまあ、みっともない姿になってんなあ。わが父親ながら情けない」
息子を捨ててまで自身の保身を考え、危なくなったら全てを捨てて逃げるような奴が、そう簡単に死ぬわけがない。そう思っていたが、まさかこんなにも生き汚いとはな。こんなふうに再会するとは思ってもみなかった。
「でも、これでおしまいだ」
俺に向かって手を伸ばす木偶達を避けつつ、時には斬り殺し、時には踏み台としながら前に進んでいく。
そうして捕まることなく進んでいき、木偶の群れを半分ほど進んだところで、あいつが動き出した。
「ア、アアア……アアアアア……。ム、スコ……ヨ……」
「……っ」
今まではただの木製の人形のような姿をしていた元国王の姿に色がつき、まるで本物の人間のようになった。
そんな元国王が……父親が、俺に向かって手を伸ばしてきた。
「……なんだ、自分の息子だってことくらいはわかるのか」
俺を『俺』だと認識していることに驚き、一瞬動きを止めてしまった。
そのせいで木偶に剣を掴まれ、取り込まれてしまう。
このままでは自分までもが捕まると判断して即座に剣を離し、そのまま進んでいく。
剣はなく、掴まれたことで服は破れ、ボロボロになっている。
それでも、木偶は俺を止めることはできず、俺も止まることなく突き進んでいく。
進んで進んで、それでようやく父親の姿をした木偶の元へとたどり着いた。
その顔を見た瞬間、一瞬だけ勇者の言葉が頭をよぎった。父親を殺すのか、と。
「でも——」
そう。でも、だ。
確かにこいつは俺の父親だろう。こんな状態になっても俺のことがわかるんだから、何かしらのつながりのようなものは感じているのかもしれない。それは確かに血のつながりがあるからこそできることだろう。
でも、それだけだ。
俺とこいつには繋がりがある。それは認めよう。でもそれだけの話だ。血が繋がっているだけで、こいつは俺の『親』ではない。だってそうだろ?
「呼び止めるんだったら、せめて息子の名前くらい呼んでみろよな。まあ、あんたは俺の名前なんて知らないだろうけど」
息子を呼び止めるのに名前すら呼ばない親を、誰が親だと認めるかよ。
そもそも、俺にとっての親ってのは、母さんと親父のことだ。お前じゃない。
「——《肥料生成》」
こいつが国王であろうと父親であろうと邪神であろうと、全部関係ない。
そんなことは知ったことかと〝ソレ〟の頭を掴み、スキルを発動させる。
「ばあ……かなぁ……」
何が「ばかな」だよ。父親だから加減してもらえると思ったか? むしろ逆にやる気が溢れてきたよ。やる気というか、殺る気か?
「大地の肥やしになりやがれ」
そうして星の役に立てれば、このみっともなさも少しは拭えるだろうよ。
ボロボロと形を失い、崩れていったそいつは最後まで俺に向かって手を伸ばしていたが、その手を踏み潰して先へと進む。
そしてついに邪神の内部、神樹の部分に手を伸ばし——触れた。
「《生長》」
俺が使える分の回数全てをこのスキルにぶち込んで、触れた指先から力を流し込んでいく。
その変化は緩やかだった。俺がスキルを使った直後には何も起こらず、数秒経っても何も変わらなかった。
そのため、失敗したのかと危惧したが、スキルを使いすぎたことでまともに動けなくなった俺に向かって木偶達が殺到したところで、変化は訪れた。
俺が触れた場所の奥。神樹の中心と思われる場所から光が漏れ出し、一瞬にしてその光が世界を包み込んだ。
眩しさで思わず目を閉じてしまったが、光が収まったと思って目を開けると、俺に迫っていたはずの木偶たちは姿を消しており、それどころかその周りで蠢いていた呪われた植物たちも消えていた。
「は? ……まっ!」
呪われていた植物達が消えたことを確認した俺は、神樹の状態を確認するべくバッと振り返ろうとしたが、直後、足場として使っていた樹が消滅し、空中へと放り出されることとなった。
だが、そのまま地面に叩きつけられるかと思ったのだが、どうにもそういうわけではないようで俺の体は不思議と宙に浮かび、それ以上落下することは無くなった。
宙に浮かんでいることを不思議に思いつつも、どうしてこうなったのかには心当たりがある。
その心当たりへと振り向くが、その先にあったのは、神々しさを感じる光を放った一本の大樹があった。
きっと、これこそが俺が落下するのを防いでくれたもので、『始祖の樹』、あるいは『神樹』と呼ばれる存在なのだろう。
その見た目としては、樹と言われればそうなのだが、明らかに普通の植物とは違った見た目をしている。むしろ、見た目の特徴だけで言ったら鉱石の方が近いだろう。
神樹は宝石でできた樹のように思える見た目だが、宝石よりも透明感のある色をしているのに、宝石のような無機物感は感じられない。エネルギー体ってやつなんだろうな。
先ほどまでの邪神に取り憑かれていた姿よりも二回りほど小さくなっているようだが、それでも十分にでかい。
「——ずっと、話を聞いた時から神樹って存在を見てみたいなと思ってたんだけど……綺麗だな」
圧力さえ感じる神々しさを放つ存在を前に、不思議とそんな言葉が口から出ていた。
なんというか、不思議と親しみやすさが感じられる。母、あるいは、祖母のような感じだろうか? 実家のような安心感、とはちょっと違うが、安らぎのようなものを感じてしまうのだ。
『————』
「ん? ああ。神樹の声か。気にするな。放っておいたら俺が困っただけだから」
俺が声を出したからだろうか。神樹が話しかけてきた。
話しかけてきた、とは言っても、その言葉は声として聞こえてきたものではなく、意思のようなものが頭の中に届いたような、そんな感じだ。
ああ、結構前だけど、最初に植物たちの声が聞こえてきた時に似てるな。あの時も植物たちの感情だけが届いた。
あの時よりもはっきりと意思を理解することができるが、感覚としては同じようなものだ。
『————』
「願い? いや、新たな力とかいらないし。強いて言うなら、今度こそ呪いだか邪神だかを完全に消し去ってほしいってことくらいだな」
助けてくれた褒美に願いを、なんて言われても、邪神を放置しておけば自分達が危ないから倒そうとしただけで、助けるつもりで助けたわけじゃない。
なんだったら神樹を殺せるなら殺すつもりで戦ったわけだし。
だから、感謝の証とか言われてもな……。
『————。——』
「は? ……え、なに? 神樹の資格? なんだよそれ。そんなもんもらっても意味ないっていうか、ぶっちゃけいらない」
俺が願いを言い渋っていると、新たな神樹となる資格を贈るとか言い出したけど、こいつ正気か?
『————』
「いやまあ、確かに新種の植物を作る事はできるけど、だからって次の神樹はお前だ、ってなんだよ。俺は人間で、植物じゃないし、エルフでもないぞ」
神樹とは新たな植物を生み出す存在である。そのため、自身の望んだ植物を生み出せるお前は神樹の資格がある! 的なことを言ってきたけど、俺は俺人間なんだけど? 次の神樹になるって……俺は植物になりたくないし。
そういうのは普通エルフに頼むもんだろ。あいつらは植物の精霊が混じってるんだから、俺より適任のはずだ。
『——』
「はあ!? あ、おい! 今うるさいっつったか? ざけんな! おいっ。勝手に話終わらせて無視してんじゃねえよ!」
俺が文句を言っていると、なんか「うるさい」とか文句を言いやがった。
そのことに対して文句を言うが、返事はない。この神樹、マジでもう答える気はないようだ。
「……くそがっ。こんなのどうしろってんだよ」
悪態をついていると、徐々に神樹の姿が薄れていき、俺の体もゆっくりと地面に降りていった。
俺が地面に着地する頃には神樹の姿は完全に消えており、その代わりというべきか、目の前にうっすらと緑色に発光する拳大の……種? が出現した。
これはつまり……育てろってことか? ふざけんなよ?
「は? ——っ!」
その種についてどうしようかと考えていると、急に背後から威圧感を感じ、身を屈めた。
だが、その威圧感の正体は、一度避けた後も軌道を変えて俺へと飛んできた。
それも避けようと身を捩ったが、さらに軌道が変わって俺の顔面へとぶつかってきた。
「ぐおっ!?」
痛みはない。毒も呪いもない。むしろ、力がみなぎっている感じさえする。
だが、その力というのはすごく覚えのある力だ。というか、つい今しがたまで話をしていた存在から感じていた力なのだから忘れるはずも、間違えるはずもない。
つまり今のは、神樹の力、ということなんだろう。いらないと言ったのに、強制的に押し付けてきたようだ。しかも、背後から強襲することで避けられないようにしていやがった。
……あいつ、マジでふざけんなよ?
「……俺は神樹になんてならないからな」
……あ。このやろう。追加の力を求めるための交渉をしたわけじゃねえよ。
というか、また後頭部から狙うだなんて、やることがみみっちすぎねえか?
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