第530話次は絶対に
「何を……しているんだっ……?」
男の仲間は俺がやったことが理解できないのか、それとも、理解した上で認められないのか、呆然と呟いている。
「よし。使い物になりそうだな。それじゃあ次は——」
「何をしているんだって聞いてるんだっ!」
敵の一味の一人が、俺のやっていることを見て叫んできた。
だが、その表情には恐怖の色が見える。おそらく、今叫んだのは俺を問いただすと言うよりも、自分の中のおそれを振り払う意味があったんだろう。
「黙ってろ」
しかし、そんなことは興味がない。というか、普通にうるさいから黙っていてほしい。
そんな俺の言葉に反応して部下達が一斉に武器を向け、それによって怯んだ敵はそれ以上何も言わなくなった。
「お前達は、どこの所属だ?」
「アルフレアダイセイドウ。キョウコウキカ、トクシュサギョウヨウイン」
「ダイセイドウ……大聖堂か。特殊作業要員ってのは、まあ聞かれても問題ない名前だな」
今回俺たちについてきた本隊から外れて独自で行動していたってことは、表立って動くような普通の部隊ではない可能性が高い。
でも、そんな部隊を堂々と運用していたり、『暗殺部隊』とか『処理班』とか言う物騒な名前の部隊を呼んでいれば『正義の教会』のイメージが崩れてしまう。だからこいつらはこんな名前をしているのだろう。この名前なら、誰かに聞かれたところでどうとでもいいわけできるからな。
「で、なんのためにここにきて、なんのためにロロエルを殺した?」
「マオウのカンシ。シュウゲキをカクニんご、マオウのリにナリソウナモノのハイジョ。および、カノウなカギリのゲンインのかくほ」
「原因……は、聖樹か」
最初から聖樹が目当てだったのではなく、呪いの原因であったために聖樹の新芽を回収しようとしたわけだ。
……だが、それはいいとしても、襲撃を確認後? それはどれの話だ? 今回のロロエルを襲った件ではないよな。ロロエルがここにいるだなんてわかっていなかったわけだし。
それに、こいつは『確認』と言った。つまり、自分たちが襲撃する側ではなかったと言うことだ。
こいつら以外で俺たちに対する襲撃を仕掛けてきた奴らと言ったら……道中の賊くらいか。
つまり、あいつらもこいつらの計画のうちだったってことだ。
誰かが後ろで糸を引いているだろうとは思っていたが、その犯人が分からなかった。一応教皇だろうなとは思っていたが、もしかしたら同じ教会勢力でも他の幹部かもしれないし、国王側からの手先だった可能性も十分考えられた。
だが、『教皇麾下』なんて名乗ったこいつらが話すのなら、それはあの襲撃も教皇が仕組んだと考えてもいいだろう。
まあ、俺たちを襲撃するって情報を掴みつつも放っておいて、ことの次第で動きを変えるつもりだった可能性は十分に考えられるけど、助けなかったってことはどのみち敵に回るつもりがあるってことだ。わかりきっていたことだけどな。
「まあ、いい。色々わかった。そりゃあそうだよな。元々敵だった、というか今も敵同士なんだし、仲良しこよしとは行かないよなあ。教会に呪いの原因があるんだったら、呪いに干渉する何かがあるんだったら、その大元だった何かは欲しいと思うに決まってるってか」
俺たちを襲撃させて何をしたかったのかわからないが、呪いの原因だったものを求めるだなんて
「——で? これを聞いてもまだ自分たちは違う、だなんてしらばっくれるつもりか?」
俺がそう問いかけるなり四人は顔を見合わせ、武器を放り捨てた。
——かと思ったら、すぐさま何かを取り出し、それを口の中へと放り込む。
武器を手放したことで投降の意思があるのか、なんて考えが一瞬頭をよぎり、そのせいでわずかに反応が遅れてしまった。
だが、邪魔をするために攻撃すること自体はできた。
持っていた寄生樹の種を四人へと撃ち込み、周りを囲んでいた仲間達からも攻撃が飛んでくる。
おそらくはなんらかの薬だろうと思われるそれを口に入れられはしたが、これでもう動けないだろう。何せ手足の何本かは吹き飛んでいるんだから。
あとは何かしようとしても、俺が寄生樹を生長させればそれで問題なく終わる。
そう思っていたのだが……
「ああ? ……ったく。お前らもかよ」
四人がガクガクとその身を震わせると、急速に四人の体が膨張した。
その様子はまるで道中であった盗賊達と同じで、もっと言うなら姉王女——邪神の力を得た者と同じような見た目へと変異した。
まだ完全に変異を終えてはいないが、おそらくこのあとは体から黒く混沌とした色合いの触手が伸びてくるだろうと予想される。
盗賊達のことがあるからわかったことだが、教皇達は呪いを使って人を強化、改造する方法を確立したようだ。
それが元々自身の内にある呪いを目覚めさせたのか、それとも呪いの塊を飲み込むことで〝こう〟なったのかはわからないが、とにかく、それが呪いを利用したものだと言う事実は変わらない。
まあ、それ自体は理解できることだな。人は力を求めるものだし、それが呪いであっても利用できるのなら利用するだろう。だが……
「……お前らが何を思ってそこまでするのかは知らねえけど、この森で、んなきたねえ呪いをばら撒いてんじゃねえよ!」
ここには呪いなんていらない。あってはならない。その呪いを消し去るために人生を掛けた者達が眠っているこの場所に、呪いを持ち込むことなんて認めるわけにはいかない。
だから……
——《天地返し》《焼却》。
敵の四人が変異を完全に終える前にスキルを発動させて地面を浮かび上がらせ、上空で反転させたまま停止させる。
そうすることで浮かび上がった地面の上に乗っていた奴らは地面にできた大穴へと落下していくが、その穴の中はすでに炎で満たされている。
それでも一瞬で死んだわけではなく、変異しきったのか這い出てこようと四人のうち一人が大穴の淵へと手をかけた。
「出てこようとすんじゃねえよ。大人しく焼けてろ。もしくは——腐ってろ」
その場にしゃがんで地面に手を当てて、スキルを発動させる。
俺が触れた場所から大穴までの地面が腐っていく。そして、大穴の淵に手をかけて這い出てこようとした奴は、脆くなった地面のせいで体を支えきれず、再び穴の中へと落ちていった。
そして、そこに上空に浮かべていた地面を再び動かして落下させる。
すぐそばにいた俺たちへ衝撃と音が襲いかかり、辺りには土煙が立ち上がった。
しかし、視界を遮る土煙は、周囲の奴らが気を利かせてくれたことですぐに取り払われることとなった。
晴れた視界の先では、ひっくり返った地面が墜落した光景が見えている。敵の四人もその下敷きになっているのだから、普通なら死んでいるだろう。
だが、あいにくと敵は普通ではない。さすがは邪神の力というべきか。完全に殺し切ることができず、四体ともが地面の下から這い出してきた。
だが、それでも全くの無傷というわけにはいかず、生きているがまともには動けない様子だ。
そんな奴らに向かって、トドメと言える言葉を口にする。
「寄生樹。そいつらも食え」
そう口にした瞬間四人が変異する前に頭に打ち込んだ寄生樹が芽を出し、急速に生長して頭部を緑で覆った。
最初からこうすれば良かったんじゃないかと思うかもしれないが、それは俺もやろうとした。
だが、邪神の力が強かったのか、敵の体内にある種へと指示が送れなかったのだ。
力が弱ったこと指示が届くようになった感覚があったので、改めてスキルを使ったのだ。
そうして、『特殊作業員』を名乗り変異した四人は寄生樹に支配され、俺の前に並ぶこととなった。
「操作に慣れろ。できることなら、元の姿に戻れるようにしておけ。それから、記憶の確認もな」
「はい」
こいつらが元の姿に戻れるようになったのなら、何かに使うことができるだろうし、戻れなかったとしてもそれはそれで使い道がある。
あとは向こうの死体を処理して再びこの一帯を浄化すれば、今度こそ終わりだろう。
「悪いな。俺のせいだ」
俺は軽く息を吐き出してから聖樹へと近寄っていき、謝罪を口にする。
聖樹からは弱々しく、途切れがちではあるが、許すという意思が送られてきた。
実際はどう思っているのかわからないし、俺自身、俺のことを許すつもりはない。今回のは明らかに俺の失態だ。あんな騎士団なんてもんを俺につけた時点でなんらかの企みがあるのは理解できていたはずなのに、俺が襲われるものだと思い込んでそれ以外に目を向けなかった。
だから、こんなことになったのは俺の失態だ。
「ロロエルの頼みだ。次は絶対に守ってやる」
そう語りかけると、聖樹から了承の意思が送られ、それ以上はなんの反応もなくなった。おそらくは眠りについたのだろう。
「エルフ達の半分はここで待機。聖樹の世話をしろ。食料や防衛に関しては俺がなんとかする」
そう言いながら俺は部下達へと命じて、森の中全域にトレントやマンドラゴラ成分配合の植物の種をばら撒かせた。
これを生長させれば、守りとしては問題ないだろう。足元の雑草は足を貫き、頭上の果実は鉄球の如き硬度で射出され、進行を邪魔する低木の花は花粉の代わりに火薬を放つ。
他にも毒や花粉をばら撒く花や罠のように設置された蔓、森の奥へと誘引する匂いを放つ果実などもある。正直、魔王城よりも物騒なことになっているが、これでいい。
今回ばかりは遠慮も自重もなしだ。百万の軍隊が攻めてこようと、第十位階が来ようと、確実に殺す。そのつもりでやる。
「あと数人『農家』と『土魔法師』と『水魔法師』、それから『植物魔法師』を残していけ。安全を確保してからでいいが、少しずつ森の領域を広げていくんだ」
連れてきた兵の中には、最近鍛えている『農兵』がいる。と言っても、今回連れてきたのは天職ではなく副職に持っている奴らだから大したことはできないが、いれば何かの役には立つだろう。最低でも《生長》が使えればいる意味はあるので問題ない。
こいつらの手で森を広げていけば、この地の戦力強化にもなるだろう。
「戻るぞ」
そうして色々な対策を終えた俺たちは、今度こそ戻ることとした。
「な、なあ。何があったんだ!? なんでいきなり戻ったんだ? 戦いがあったような状態になってたし……それに、森が急に大きくなったぞ!?」
俺たちについてきたが、部下達に止められていたせいで何があったのかを理解できていなかったようで、勇者はなんで、どうしてと問いかけてくる。
これで死体でも見ていればもっと違った反応になったのかもしれないが、あいにくと死体はすでにその場から動いているので何があったのかは理解できなかったんだろう。
それでも、注意深く観察したり状況から考えれば、色々と分かりそうなものだけどな。実際、そっちの聖女様は何やら思うところがあるらしく考え込んでいるし。
「おい! いったい何があったんだ!?」
「大聖堂に行って、教皇様とやらにお話ししなくちゃいけないことができた」
「教皇様に? なんでそんなこと……」
こいつに話す必要はないかもしれないが、それでも教えるくらいはしておいてやるか。こいつだって、一応顔見知りではあるんだし。
「ロロエルが死んだ。襲撃を受けてな」
「え? ……は!? し、死んだ? 死んだって、あのエルフの人がか?」
「そうだ。『何者か』に襲撃を受けてな」
「なんで!? なんでこんなところに襲撃なんてっ……! ま、まさか、また俺を狙って、そのせいで……?」
道中で出た盗賊たちが勇者を狙ったからか、勇者は勘違いをしているようだが、そこまで訂正してやる必要はないだろう。
「……お前も覚悟しておけよ、『勇者』様」
「え? あ、おい! 待て!」
勇者が俺のことを呼び止めるが、そんな声を無視して俺は歩き出した。
「覚悟って、なんのだよ……」
そんな声が聞こえた気がしたが、そんなものは自分で考えろ。忠告はしてやったんだからな。
そうして俺たちは森を出ていき、再び馬車へと乗り込んでいく。
……ああ、だがその前に。
聖樹の周り、それから『樹』の周辺にばら撒いておいた種を一斉に開花させる。
「——せめてこれくらいは受け取ってくれ、ロロエル」
殺風景な場所よりも、この方がいいだろ?
最後に一度だけ森へと振り返り目を瞑る。
再び目を開けた俺は、もう振り返ることなく馬車へと乗り込み、聖都へと向かっていった。
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