第507話お前は間違ってる!

 

「ヴェスナー様。お気をつけください。まだ終わっていないのですから」

「おっと、そうだった。それじゃあ、お優しい勇者様の代わりに、人殺しに行くとするか」


 と、そこでソフィアからの忠告が入ったので、俺は緩みかけていた気を引き締め治して勇者の元へと向かうことにする。

 戦力的には他のカラカスの奴らのところへ行った方がいいんだろうけど、あいつらは見た感じだと問題ない。ちょっと手こずることはあるかもしれないけど、まあまあ安定して倒すことはできるだろう。

 問題があるのは勇者の方だ。戦力的には問題ないはずなのに、いまだに敵を倒せずにいる。


 だからこそ俺が助けに行くのだ。こんなところで時間食っていたくはないからな。さっさと殺して仲間達の状態を確認し、聖樹のところへ行きたいもんだ。


「よお、勇者様。ご無事なようで何よりだ」


 勇者を攻撃していた異形に接近し、頭を掴んで肥料へと変えるべくスキルを発動させる。

 そうすることで異形の形は崩れていき、俺と勇者を隔てていたものがなくなったことで視線が通るようになり、目があった。


「お前達は、どうしてここに……?」


 勇者は驚き、目を丸くするが、そうしている間にも数を減らした異形をカイルとダラドが足止めし、リナが焼き尽くす事で異形は片付けにかかっている。


 そうしてこの場の異形がいなくなったことで、俺は改めて勇者へと意識を向ける。


「どうしてもなにも、もう自分たちの分は終わったからに決まってんだろ。のろまな勇者様」


 馬鹿にするような、というか実際に馬鹿にしているわけだが、そんな俺の言葉を受けて勇者はなにかを言いたそうに口を開いた。

 だが、倒せていなかったことは事実だからか、反論はできずに口を閉ざした。


「どうして、俺達を助けたんだ?」


 それでも黙ってばかりでいることはできなかったのか、勇者は不機嫌そうな声でそう問いかけてきた。

 なんでそんなことを聞いてきたのかわからないが、まあ特に急いでるってわけでもないし答えてやるか。


「個人的にはお前らが死んだところでどうでもいいんだが、まあ面倒ごとになるのは目に見えているし、俺はさっさと聖樹のところへいきたいからな。手を出させてもらうことにした」


 だから、勇者達を助けた、ってよりも、自分たちのために勇者達を生き残らせた、の方が俺の気持ち的には正しい。


「俺たちが死んだところでって……」


 そんな俺の言葉が気に入らなかったのだろう。勇者は分かりやすいくらいにはっきりと眉を顰め、悔しげに口元を歪めてこちらを見つめて……睨んでいる。


 でも、実際俺はこいつに恩も義理もないし、好意もない。ただ死なれては困るってだけの存在だ。


 むしろ、仮にも同じ異世界に暮らしていた者として、育ち方でこうも愚かしくなるのかと思うと苛立ちすらある。

 こいつの場合は俺とは事情が違うし、こいつに関する諸々の事を考えればこうなるのも仕方ないのかもなとも思わなくもない。それでもこれはちょっと酷すぎる気がする。


「事実だろ? 実際、あのまま戦っていればジリ貧になって負けた可能性は十分に考えられる。まあ仮に負けて死んだとしても、それはお前の自業自得だと思うけどな。大方『相手は人間だったんだ〜』とか『殺さないで元に戻す方法が〜』とか考えて攻撃できなかったんだろうが、バッカじゃねえの?」


 その考えは〝勇者らしい〟ものではあると思うが、行動と結果が伴っていなければただの戯言でしかない。


「……お前は、人の命をなんとも思ってないのかっ。どうしてそう簡単に人が死ぬ事を受け入れているんだ!」


 別に、誰かが死ぬこと自体を受け入れているわけではない。俺だって誰かが死んだら顔を顰めるし、不快になる。身内や知人なら悲しい気持ちにもなる。誰も殺されない世界だったら素晴らしいんだろうなと思うし、そうなるんだったら喜んで手を貸してもいいとすら思っている。


 けど、その『誰か』ってのは、死ぬ理由のない一般人のことだ。

 今回の賊達やこの勇者達の場合は事情が違う。


「でも、お前もこいつらも、武器持ってんじゃん」

「武器だと?」


 勇者は訝しげな表情で呟きながら、俺が指さした自分の剣へと視線を落とした。


「そうそう。お前の手のなかにあるそれだよ。武器を握っている以上は死ぬ覚悟があるんだろ? まさかとは思うが、お前は自分は死なないとか、自分は誰も殺したくないとか、そんな甘ったれたことを考えてるんじゃないだろうな?」

「っ! ……誰も殺したくないと思うのは、間違いじゃないだろっ」

「まあ、考え方としちゃあ間違ってないかもしれないな。でも、現実を見ろよ、勇者様。……誰も殺したくない。そう思うのは間違いじゃないだろうさ」


 こいつの考え方自体はいいものだと思うよ。誰も殺したくない。そんなふうに『誰もが』思ってくれるような世界なら、それはきっと素晴らしい世界だろう。


 ——でも……


「でもそんなことを言ったところで、相手はこっちを殺しにかかってくるんだ。殺さなければ殺される。それがこの世界だ」


 一般人であろうと、普通に暮らしていようと、訳のわからない身勝手な理由で殺されることはよくあることだ。そして、それが旅人や傭兵ともなれば、命を狙われる頻度はもっと多くなる。


 それでも抵抗せずに「殺しはやめましょう」だなんて説得するのか? しないだろ。


「もし相手を殺さずに自分が生き残ることができても、敵を倒し、捕らえることができなければ他のところで別の誰かが犠牲になる。それはもしかしたら自分の仲間かもしれないし、兄弟や恋人かもしれない。いいか、勇者。この世界はお前が思うほど優しくも甘くもないんだよ。綺麗ごとを吐いて口論する暇があるんだったら、実際に行動で示せよ」


 この世界では死が身近にある。治安なんて日本とは比べ物にならないし、通りすがりで殺される、なんてことがそれなりの頻度であるほど命が軽い世界だ。


 説得したところで聞き入れてもらえるか分からず、逃がせば身内が死ぬかもしれない。捕まえたところで、反省なんてせずに釈放された後で復讐に来るかもしれない。


 だったら、殺すしかないだろ。


「殺したくないと思っても、実際にそれができるだけの力がなければ自分が、或いは仲間が死ぬことになる。それを理解しろ。もし本当に誰も殺したくないと思うんだったら、敵よりも圧倒的な力……手加減しても難なく勝つことができるだけの力があればそんな綺麗事も通すことができるだろうけど……ふっ」


 そんなつもりはないんだけど、勇者の姿を見ていたらつい鼻で笑ってしまった。


「そんなに弱いと、いざって時にお前は誰も守れないし、自分自身すら守れない。ただ目の前で誰かが死んでいくのを見てることしかできない木偶の棒になりたくなけりゃあ、もっと励めよ『勇者様』」


 俺としては話はそれで終わりで、もういい加減敵の残りを片付けに行こうかと思ったんだが、そんな俺の背中に勇者が叫んできた。


「力は守るためにあるはずだ。誰かを守るのは、力を持つものにとっての義務だろ!」


 ……なんというか、あまりにも定番というか、〝らし過ぎる〟言葉を聞いて、思わず顔を顰めてしまった。


「……何言ってるんだ? この力は俺が俺のためにつけた力だ。義務なんてねえよ。俺が俺の力を振るうのは、俺の邪魔をする奴を潰す時と、自分が守りたいと思った相手を助ける時だけだ」


 力を持つ奴は誰かを守らないといけないってんだったら、じゃあ貴族や政治家達はどうなんだ? あいつらだって武力とは別のものだが、『力』を持っているだろ。でもそれをみんなのために使っているかと言ったら、そんなことはない。

 或いはアスリートだってそうだ。それが競技のために身につけたんだとしても、『力』があることに変わりはない。だが、その力を使って人助けをしているのかと言ったら、していない。


 でも、そいつらが悪人なのかというと、そうじゃない。

 ただ単純に、そんな義務なんてそもそも存在していないから助けないだけだ。

 力に義務なんてものはないんだよ。


 力あるものは誰かを助けなくちゃいけない。

 そんな考えが世間に浸透しているのは、自分で自分を守ることができない弱者がそうであって欲しいと思い、そうであるべきだと思いこみたいから、思うだけ。

 そうでないと自分達が守ってもらえないからと、それがさも当然のことかのように集団で圧力をかけているだけ。


 世の中は弱肉強食。それが真実だ。


「そんなのは間違っているだろ!」

「間違ってるかどうかを決めるのは俺であってお前じゃない。仮に間違っていたとして、ならどうする? 力づくでいうことを聞かせるか?」

「……っ!」


 俺が勇者のことを睨みながら問いかけると、勇者は何も言い返すことができないのか、ただ睨んでいるだけだった。

 言葉遣いも荒れてきているし、視線も態度も隠せていない。

 最初はもう少し丁寧な態度だったり、柔らかい雰囲気だった気がするんだけどなぁ。


「どうした、勇者様。最初に出会った時の人当たりの良さはどこへ行ったよ。化けの皮が剥がれてきてるぞ?」


 こいつは、最初に会った時は俺が魔王だとしても、本当に悪なのかを見極める——なんていうと、こいつの程度にはもったいない言葉だな。精々が『確かめる』くらいか。まあ俺が本当に悪なのかを確かめようと色々考えた様子を見せていた。

 それは多分、花園やカラカスを見て回ったことも関係しているのかもしれない。あそこは犯罪者の街と言うには色々と複雑だからな。その様子を知っていれば、多少なりとも悩むだろうし、考えることも出てくるだろう。特に、こいつみたいなあっちへフラフラこっちへフラフラと地に足がついていないやつはな。

 まあなんにしても、こいつが今よりも幾分か柔らかい態度だったのは確かだ。


 だがそれがどうだ。今では敵意をむき出しにしている。それほどまでに今の話はこいつにとって受け入れ難いものだったのだろうな。

 もっとも、俺から言わせて貰えば、そう思うのもこいつが世間を知らなすぎるからだろうな。

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