第415話姉と弟

 

「——ふんっ! そこのお前、誰の許しを得て問いを投げているの? 身分の違いを知りなさい」


 つい今しがたまでは負け雰囲気が漂っていた感じだったが、それでも敵の前でみっともない姿を見せることは矜持に反したのか、我がお姉様は気丈な様子でそう言ってのけた。


 この状況でそんな振る舞いができるってのは素直に感心できる。状況が見えてないと言うこともできるけど、それはそれとして褒めるべき点、見習うべき点はあることも認めるべきだろう。


 とはいえ、だからって俺から謙った態度を見せることもない。だって俺、これでも王様だし。部下が後ろについてきているってのに、情けない態度なんて見せるわけにはいかないだろ。


「あいにくと、これでも王様やってんでな。しょぼい賊程度の赦しが必要だとは思わなかったんだわ」


 姉王女も実際のところはどこぞの国に嫁いで行ったわけだから王女よりは格が上がったはずだし、こんな軍の総指揮官やってんだから、総合的に見れば俺にみたいな犯罪者どもの街の自称王様なんかよりも世間的な評価は上だろう。


 だが、それはあくまでも世間的な評価でしかなく、俺たちにはそんな他人からの目や他人の思惑なんてどうでもいい。大事なのは、俺たちがどう思っているかだ。

 俺たちから見ればこいつらは単なる賊で、俺は王様だと言う事実は変わらない。


 だが、俺がそんなふうに告げてやると、その言葉が癇に障ったんだろう。姉王女はぴくりと眉を動かして反応した。

 だが、まだ怒りに任せて攻撃してくるつもりなんかはないようで、苛立ちは隠せていないけど攻撃の予備動作なんかの動きは見せない。


「……賊? それは誰のことを言っているのかしら? まさかとは思うけれど……私のことではないでしょう?」

「そう聞くってことは自覚があるんだな。自覚があるんだったら最初っから聞くなよな。雑魚」


 しかし、一度は耐えたものの、見下され、馬鹿にされるように言われると我慢できなかったようで、今度は睨みつけるだけでは済まず、強烈な怒気を俺へと向けてきた。

 それはもはや怒気という程度に収まるものではなく、殺意とすら言えるものだ。それくらいに強く、そして禍々しい。


「……私が誰だかわからないようね」

「いいや? 知ってるさ。——姉上」


 ニヤッと笑いながら教えてやれば、目の前の姉王女は怪訝そうに眉を寄せて俺のことを睨んできた。


「……姉上? 何をばかなこと……っ! ……まさか、お前は……」


 だが、俺が『姉』と呼んだことを否定しようとしたその途中、ようやく『俺』が誰なのか気がついたようで目を見開いた。


 前情報として『弟がここにいる』、『弟はトップとして扱われている』ということを知っていたにもかかわらず今になって気がついたのは、そもそも前提として、その弟が本当のトップではないと信じ込んでいたからだろう。


「こうして直接言葉を交わすのは初めてですね。お探しの弟です。もっとも、言葉を交わしていないだけで、顔は合わせたこと自体はありましたが」


 姉王女が『弟』に気がついたことで、俺も王族らしく普段とは違って恭しい言葉遣いで語りかける。

 まあ、こんな状況だし、今まで王族として過ごしてこなかったから、全体的に胡散臭さがすごいと自分でも思うけど。


「何を言って……私はお前など見た事もないわ」

「そうか? お前がフィーリアに負けた大会。あの時の参加選手は覚えてないのか?」

「まさかっ! あの時のっ……」


 よほどフィーリアに負けた時の事が気に入らないのだろう。俺の言葉を聞くなり、それまで以上に怒気を漲らせ、親の仇でも見るかのように俺を睨みつけてきた。


「思い出していただけて何よりです。忘れられたまま一生お別れになるってのは、ちょっとどうなのかなと思わなくもないんで。いや別に忘れられたままでも困らないんですけど、一応兄弟としての礼儀というか?」


 これで……まあないだろうなとは思っていたけど、俺に対して『家族への愛情』のようなものを向けるようだったら、多少扱いを考えてもよかったとは思っていた。もうちょっと穏便なやり方というか、今後の手加減というか、まあそういうの。

 いやほんと、ないだろうとは思ってたし、実際に『家族だ』って意識なんてかけらもなかったけど、考えとしてはそう思っていたんだ。


「……ふざけたことを。やはり、あの愚妹の兄ね」

「愚妹ねえ……。今のこの状況を見るに、姉上の方が『愚か』だと思いますけど?」


 完璧とは言えないが一応南部の統一はできたわけだし、適度なところでやめておけば十分な暮らしができただろうに。それでも攻め込んできて、こうして負けてるんだから、『愚か』としか言えない。

 もっとも、こいつの場合はそれは『幸せ』ではなかったんだろうけど。だからこそ、こうして攻め込んできた。


「このっ……無礼者がっ! 誰に向かって口を聞いていると思っている!」


 そんな俺の言葉が気に入らなかったんだろう。歯をむき出しにして、王族らしからぬ様子で怒鳴りつけてきた。


 だが、残念なことにそんなのは全くもって怖くない。


「当然、あなたですよ。姉上様」

「お前みたいな出来損ないに、姉などと呼ばれる筋合いはないわ!」

「出来が良いか悪いかは別として、血縁的に繋がりがあるんだから姉で間違いないと思うけどなあ」

「戯言をっ! お前のような捨てられた出来損ないと私は違う! 私は捨てられたわけではないのよ!」


 わかっていたけど、この姉王女、自分が父親に見放されて他国へと送られたことがよほど気に入らない……というかトラウマになっているらしい。まあだからこそザヴィートへと戻るため——手にするためにこんなことをしでかしたわけだが。


 あんな父親に捨てられたところで、と俺は思うが、こいつにとってはそれは重要なことなんだろう。俺だって親父や母さんに捨てられたとなったら、多分壊れる。少なくとも、おかしな方向に進むことは否定できない。


「ま、姉上様は俺のことを弟として認めたくないようなので、兄弟としての関係はここまでにしておきましょうか。——では改めて、俺がこのカラカスの王であり、魔王を名乗っている者だ」


 ただ、それはそれだ。理解はできるし同情もできなくもないが、敵としてここを攻めてきたってんだったら、俺はこの国の魔王として対処しなければならない。どうやら、『弟』と話をする気もないみたいだし、もういいだろ。


「傀儡のくせに、よくも言い切れたものね。それとも、自身が傀儡だと気づいていないのかしら? はっ! それは随分と滑稽なことね!」

「傀儡? ……ああ、そういえばお前の中ではそうなってるんだったな」

「私の中では? 何を言っているの? 事実としてそうでしょう? それとも、自分の実力だけで王になれたとでも思っているのかしら?」

「いや、別に自分だけの力とは思ってないさ。俺がここで王様やってんのは、みんなのおかげというか、あいつらのせいというか……。まあともかく、俺自身の力だけってわけではない。出生が王子だったってのも関係しているのも理解してる」


 俺が俺だけの力でやってこれただなんて、かけらも思っていない。

 みんなの助けがあってこそ王様なんて地位でやってられるわけだし、みんながいなければやっていけないんだから、ある意味ではこいつのいうように『傀儡』なのかもしれないな。


「それなのに、よくもまあ『王』だなんて名乗れたものね。自分の力で戦うこともできないくせに『王』を名乗るなんて、情けなくはないのかしら?」

「別に? 王って、元々自分の力だけでなるものじゃなくて、周りをうまく使ってこその王だろ? 力がないなら他の奴らに手を貸してもらって補えばいい」


 そもそも王様って戦うような職業じゃないし。戦で兵を鼓舞する時は別としても、王が剣を握る時って、そりゃあ国が滅ぶかもしれない状況まで追い詰められた時だろ。


 王が剣を握るのは、敵を倒すためじゃない。生き残るため、或いは、一人でも多く道連れにするためだと思っている。だって、王を守るのは騎士の役目だろ? 王の命を守るために騎士が存在し、王は自分の命を守らない分他のところで仕事をする。だから、剣なんて握る必要はないんだ。


「まあ、もっとも? さっきから言ってることだが、お前は勘違いしてるけどな」

「私が何を勘違いしているというのかしら?」

「俺が戦えないって思ってるってことだよ」


 そういうなり、姉王女は眉を顰めた。こうも堂々と宣言するってことは、それなりに戦えるのかもしれないと思ったのだろうが、それでも俺に対な若さのやつが高位階ではないはずだ、という常識的な考えがぶつかって悩んでいるんだろうな。

 うん。その考えはいたってまともで、常識的だ。だが、あいにくと俺は常識の埒外の存在なんだ。お前には残念なことにな。


 そうしてお互いが黙ったまま睨みあいになった。

 睨み合ったままわずかに時間が流れ、少しは冷静になったのか姉王女はこの場から逃げようとわずかに足を動かした。


「そういえば、さっき『私が誰なのかわかっているのか』なんて聞いてきたけど……」


 だが、ここまできて逃すわけにはいかないと、俺は口を開くことにした。

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