第403話状況確認

「第二王女って言うと、坊の妹との賭けに負けたって言う、あれかい?」

「ああ。それだ」

「親に捨てられたと思っての腹いせ、ってことかい。あるいは、望郷の念が昂って、かねえ」


 婆さんの言葉に俺が頷くと、婆さんはそう呟いてからゆっくりと首を振った。

 直接的な関わりは無いはずだが、それでもあの王女様に何か思うものがあるのかもしれない。


「そのスキル……天職とはなんでしょう?」

「『扇動者』。対集団用の洗脳系スキルだな。なんでも、一人一人に対する効果は弱いけど、集団を動かすことができるらしい」


 婆さんとは違いエドワルドは姉王女の事情なんてどうでもいいようで、天職について問いかけてきたので俺の知ったことを答えた。


「ただ、問題が一つ。どうやらその王女様、第十位階になったらしい」


 そう。あの姉王女様、どう言うわけか第十位階になったらしいのだ。普通なら何十年とスキルを使い続けてようやく辿り着けるような境地だってのに、明らかにおかしい。

 まあ、そのスキルを使うペース次第では何十年って時間は短縮できる。実際、俺だって数年でできたからな。

 でもそれは、どれほど頑張っても、数年はかかるということだ。

 にもかかわらず、あの姉王女が第十位階というのは、正直訳がわからない。


 妹に負けて追い出された怒りや悔しさから死に物狂いで鍛えたとしても、全然時間が足りないはずだ。


「第十位階? ……前は違ったんだろう?」

「ああ。どうしてそうなったのかまでは俺が聞いた限りでは口にしてなかったけど、自分は第十位階なんだと自慢してた」


 しかし、理由はわからないが、実際に「私は第十位階になった」と周りに言いふらしているんだからまず間違いないだろう。


「それが嘘の可能性は?」

「あるかもしれないけど、それだと何十万も操れる理由がわからなくなるだろ」


 親父が言ったように、ただ言いふらしているだけで実際にはもっと位階が低い可能性は俺も考えた。でも、結局はそれは無理だろうという結論になるのだ。確かに、第十位階でもなければこんな状況は作れないのだから。


「第七程度を複数集めて……いえ、それも現実的ではありませんね。数万規模の集団を動かせる者を何十人と集めるのは難しいでしょう」


 エドワルドは一瞬第十位階がいなくてもできそうな案を出したが、世間的には第七位階だって十分に高位の存在だ。そんなやつを何十人と用意できるわけがないのだと自分の言葉を自分で否定した。


「それで? 具体的な戦力はどれくらいなんだい? 坊ならそれもわかってんだろ?」


 第十位階の真偽については一旦置いておくことにしたのか、婆さんは別のことを尋ねてきた。


「まあ一応。ただ、今の状況ってなると……フローラ」


 一旦言葉を止めてから俺はフローラの名前を呼び、フローラはそんな俺の呼びかけに応えるように、すうっとどこからともなく姿を現した。


 フローラ——ある意味で俺の娘のような存在であるこの子は、普段は依代としてトレントでできた人形を使っているが、今回は呼びかけに応えて急いで来てくれたようで、その体を捨てて精霊としての本来の姿で駆けつけてくれたらしい。

『本来の』と言っても正確にいうならこの子の本来の姿は聖樹としての姿なので、この精霊としての姿は借り物といえば借り物なのだが、まあそれは今は放っておこう。


「なぁに〜?」


 現れるなり俺をみて笑いかけ、抱きついてくるフローラ。いつもならこうしてくるのは構ってほしいって合図だから遊んでやるんだが、今は状況が状況だ。悪いが一仕事してもらわないと。


 ちなみに、リリアもフローラと同じように構って欲しい時は抱きついてきたり俺の腕を引っ張ったりするが、その時は容赦なくはっ倒してから全身に水をかけてびしょ濡れにしておしまいだ。だってあいつは俺の子でもなんでもないし。たまにならいいが、いつも対応していると疲れるんだよな。


「前に国境方面でのことを聞いたけど、それをまた教えて欲しいんだ。今はどうなってる? どのくらいの数がいるとかわかるか?」

「ん〜、ちょっと待ってね〜」


 俺も植物たちから話を聞いたりすることはできるが、距離が開くと伝言ゲームのようにちょっと間に挟まないといけなくなるので、正確に伝わるかは微妙だ。

 だがその点フローラなら聖樹として世界中の植物に話をつなげることができるので、フローラに頼んだほうが正確だ。


「あっ!」

「なんかわかったか?」

「うん! えっとね……」


 そうしてフローラに頼んでからしばらく待っていると、ついにフローラは閉じていた目を勢いよく見開き、俺の言葉に頷きながら答えた。


 だが、どう説明すればいいのかわからないのか、迷った様子を見せている。


「ソフィア、地図をくれ」

「どうぞ」


 地図があれば指で示しながら話してもらえるだろうと考え、ソフィアから地図を受け取った。


 今までその手には何も持っていなかったはずなのに、俺が頼んだ直後に地図を用意できたのは、ソフィアが『従者』の位階が第六にまで上がっていたからだ。


『従者』の第六位階で覚えるのスキルは《収納》。ここではないどこぞの異空間にものを保管して持ち運ぶことのできる超有能便利スキルだ。ただし、なんでもというわけにはいかず、まず生物は不可で、一定以下の大きさのものでないとだめだそうだ。

 それから、従者として必要なものだけを保管できる、とのことだ。その〝必要なもの〟の基準は、本人の認識によるとのことなので、どこまでを〝必要なもの〟として認識できるのかが従者としての優秀さに繋がる。……らしい。


 まあそんなわけでソフィアは第六位階の従者となったわけだが……俺が言うのもなんだが、ソフィアの歳で第六ってのはなかなかに化け物だと思う。俺の真似して限界までスキルを使って鍛えたんだからそうなるのも理解できるけど。

 もっとも、ソフィアの場合は俺とは違って気絶するまでではなく、翌日に差し障りがあるから気絶間近までではあるが、それでも結構やばいと思う。あんなのを気絶しないギリギリとはいえ毎日こなすなんて、常識からはだいぶ逸脱してる気がする。これも俺が言うことではないと思うけど。


「ああ、ありがとう。——で、フローラ。これで説明できるか?」

「うん! えっと、今はこの辺りにいっぱいいるみたい。それで〜、こっちにこう進んでる〜」


 広げられた地図の上に指を這わせながら、なぜかはわからないがどこか楽しげな様子で今の状況について説明してくれた。

 その敵の様子は、昨日聞いた時よりも進んでいた。まだカラカスの領土内には入っていないが、それでも明らかにこっちへと進んでいる。


「いっぱいって、具体的にはどのくらいの数かわかるか?」

「う〜ん、いっぱい居すぎてよくわかんないけどぉ〜……一万よりもっとおっきくって、それよりももっとおっきいくらいかな〜?」

「そうなると……一万より大きいってのが、まあ仮に五倍として五万。それがさらに五倍で二十五万くらいか?」


 やっぱり言葉だけじゃよくわからないな。直接光景を送ってもらった方がいいだろうか?

 でも、俺もそれだけの大軍になると見ただけじゃどれくらいの数がいるとかわからないんだよなぁ。

 そもそも、フローラの知識って基本的に俺と同じようなもんだし、フローラがわからなければ俺もわからない場合が多い。俺が敵の様子を見たとしても、多分フローラみたいに何人の塊が何個ぶん、とかそんな感じで判断するしかないと思う。


「であれば、前情報と同じ程度の数ですね。もっと多くなっているかもしれないと思いましたが、もしかしたら道中で立ち寄った場所を占領するために置いてきたのかもしれませんね」


 元々の数が二十数万くらいで、道中で洗脳しながら数を増やして進んでるって話だったし、なんだったら総数は三十万を超えてもおかしくないと思ってたんだが、確かに支配して乗っ取るつもりなら、全員を連れてくるわけにはいかないか。


「でも、二十五万……まあエド坊の言った『予備』がいたとして、全部で三十万くらいかそこいらだろう? 今の状況でそんなに多くの兵……いや、人を連れてきて、何を考えてるのかねえ。よしんば本当にザヴィートを奪い取ることができたとしても、南は魔王の被害があるだろうに。放置しておけば死んじまうってのに、何を考えてそんなに大量の人材を持ってきたんだろうねえ」


 婆さんの言葉は、確かにな、って感じがする。

 ザヴィート国内の者達は、洗脳して志願兵として連れてきている者達もいるが、その地にいた全員をってわけじゃない。その街や村を支配するために、洗脳してもある程度はそのまま置いてきて普通の暮らしをさせている。


 だが、最初から引き連れていた奴らはそうじゃない。南の連合は根こそぎ戦力を持ってきた、って感じがする規模だ。今は魔王の被害からの復興に人手が必要だろうに、それだけの数を持ってくるとか正気を疑う。


「単純に、乗り換えるつもりなのでは?」


 だが、そんな俺たちの疑問に対して、エドワルドはなんでもないかのように答えた。


「どういうことだ?」

「南の連合全てを乗っ取ることができたとしても、王国の方が国土の面や政治的な立ち位置で言えば上です。どちらがより欲しいのかと言われれば王国でしょうし、乗り換えようと思っても不思議では無いでしょう。まあ、私は南の連合全てがもらえるのであればそちらを選びますが。そちらの方が金になりそうですし」


 まああっちは海があるし、金になるってのは理解できるが、それはエドワルドの好みなので置いておこう。


 それよりも、エドワルドの言っていることは、今まで使っていた家よりも良い家が手に入るからそっちを使うことにした、ってことだろ? それならば理解できるが、疑問も出てくる。


「あんたの好みはどうでもいいよ。でも、確かにどちらが上なのか、って言えばそうかもしれないけど、だからって捨てることはないんじゃ無いか? まずは南を手に入れた。その後数年、数十年かけて王国も手に入れる。あるいは自身の子、孫を使って支配させれば、どっちも手に入るだろ?」


 王国を手に入れたい、なんて願いだったら、一旦南を一つの国としてまとめ上げてしまえばいい。それができるだけの力があるんだから、難しいことではないだろう。

 そうしてまとめて時間をかけて国を安定させ、国力を上げさせる。それから自分の子供をザヴィートに嫁がせればいいし、なんだったらその時に戦争をすれば良い。そうすれば、南もザヴィートも、両方とも手に入れることができる。少なくとも、今無理やり進軍するよりは良いはずだ。


 だが、エドワルドはそんな俺の言葉に首を振った。


「わかってませんね。エルフのように寿命が長い方……ほぼ寿命が存在しないような方であれば、それでもいいでしょう。所詮は束の間の出来事でしょうから。ですが、普通の人間は違います。自分の子や孫が手に入れたところで、そんなものに価値はありません。自分が生きている間に、自分の手で自分のものにしたいのです。金と同じですよ。いくら稼いだところで、自分が死んでしまえばなんの意味もない。私は私が今を楽しく過ごすために金を稼いでいるのであって、別の誰かのためになんて考えたことはありません。今の私の気持ちが全てなのです。それと同じようなものだと考えれば、理解してもらえるでしょうか?」

「……なるほどね。確かに、そうだな。エルフと付き合いがあるせいで、考え方もズレてたみたいだ」


 自分が幸せでないのなら、全ての出来事に意味はない、か。その考えは、理解できるな。俺だって、俺が幸せでないのなら、楽しいと思えないのなら、どんな素晴らしいことでも無価値に思えるし、自分の幸せのために今まで動いてきたんだから。


 子や孫が栄華を極めようと、それは自分の幸せではない。なら、意味がない。だから自分が楽しめるように強引でも奪いに行くと決めたわけだ。


「仮にその追い出された王女が王国に固執しているのであれば、尚更でしょう。他の全てを捨ててでも本来の自分のものを取り戻す。そして復讐をする。やることの規模は違えど、そんな人間は、今まで飽きるほど見てきました。それはあなた方もでしょう?」

「ま、そうだな。そんなやつはこの街に大勢いるし、いたな」


 エドワルドが親父と婆さんのことを見ると、親父はエドワルドの言葉に同意するようにそう口にした。

 確かに、ここはそんな捨てられた奴ら、裏切られた奴らが集まる場所だったな。

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